馴れ合いじゃないけど、仲良くはする
私たちは、親睦会とかを開くような間柄じゃない。
ここへ来ているのは、デビューするため、そして、その後も、上へ昇りつめていくためだ。
周りは全員、仲間であって同時にライバルで、新しいものを吸収できる目標だ。
仲間ではあっても、馴れ合いをしに来ているわけじゃない。でも。
「詩音先輩。おはようございますっ」
「おはよう、凛ちゃん」
気にかけるくらいはしてもいいよね。
もちろん、凛ちゃんに限った話じゃなくて、頼ってくれたり、憧れてくれたり、目指してくれたりは、とても嬉しいことだから。
それは、私たち自身が、誰かの希望になることができていたということでもある。そういうアイドルになりたくて、ここまでやってきたわけで、とりあえず、自分の道は間違っていなかったという指針になる。
「あれ? 詩音先輩、今日は制服なんですね」
今、私が着ているのは、ユニットの衣装とか、嘘制服じゃなくて、普段、学校に通うのにも着ている制服。つまり、着替えていないということ。
もちろん、このままレッスンをする、ということじゃない。
「うん。事務所のスケジュール表にも書いてあるんだけど、今日はこれから雑誌の撮影とインタビュー、それから、ラジオ番組の収録があるから」
今は、奏音が来るのを待っている。
学年が同じだから、時間割がほとんど同じなのは確認しているけど、距離的に、私のほうが近いからね。
「これから三つも? 今日、学校があったんですよね?」
「学校はあったけど、大変な仕事でもないし」
これから登山ですとか、運動会ですとか、そういうことだとちょっと大変かもしれないとは思うけど。
撮影も、スタジオで済ませるタイプのもので、ロケに出かけて、ということじゃない。今のところの予定としては、だけど。
ラジオにしても、スタジオで座って、台本と、ときどきアドリブで話すだけだから、大変なところはなにもない。
「それって、制服で行くんですか?」
「もちろん、現場で着替えるよ」
奏音とも衣装が揃わないし。
それに、この制服のままで写真なんかに写ったりすると、いろいろと問題があるから。着るとしても、制服っぽい衣装、嘘制服になる。トレカなんかの撮影にも使うことのあるものだ。
私たち自身の年齢は公開されているから、中学生だということ、出身地、年齢くらいはわかっても問題ないけど、さすがに、ピンポイントで特定までされるとね。さらに大きな問題になりかねないし、プライバシーの件もある。
当然、移動もスタッフの人が車で送ってくれる。現地集合、みたいなことは、まあ、ほとんどない。今まで遭遇したことがないだけで、本当はあるのかもしれないけど、少なくとも、私たち『ファルモニカ』が、あるいは、『LSG』がデビューしてからは、そういうことはほとんどない。
もっとも、私たちがデビューすることになってしまった――というのも、変な言い方だけど――ステージに関しては、仕方がないんだけど。もともと、私たちは出演する予定じゃなかったからね。
「あれ? でも、それって、今、私が見ていても良いんですか?」
焦りが見える凛ちゃん。
「良いというか、この養成所とか事務所の人は身内だし、知っている人も多いから、気にしなくて平気だよ」
べつに、悪いことをしているわけじゃないんだから。それを言い出すと、普段、ここへ制服で来たときに更衣室で一緒になる生徒とかはどうなるのっていう話になるからね。
それに、同じ養成所、同じ事務所に所属する相手の情報をリークするようなこともないはずだから。
問題になって、自分たちのデビューとか、仕事に差しさわりが出たり、問題になって恨まれるというか、白い目を向けられることになるのは、私からだけじゃなくて、今、デビューしている全員を敵に回すことになるわけで。
言うまでもないけど、事務所からも覚えが悪い。
自分のデビューも遅くなるとか、悪ければ、辞めることにもなるような、自分の首を絞める行為だし。
もちろん、未成年のうちは、そういうところにも気をつけるべきなのはわかっているし、蓉子さんたちがしっかり配慮してくれていることにも感謝している。生徒それぞれにも、注意や説明がされているから、大丈夫だとは思うけど。事務所のホームページなんかにもしっかり中が載っているし。
「それに、凛ちゃんは知ったところで悪さをしたりはしないでしょう?」
「はい、それはもちろんです」
まだ、数度しか顔を合わせたことのない凛ちゃんだけど、悪い子じゃないことは、目を見て話せばわかる。
私を騙しきる演技力があるということなら、それは結局、気をつけていてもどうにもできないからね。むしろ、将来が楽しみでもある。女優とか。
まあ、私程度を騙しとおせたからなんだ、ということなら、それはそのとおりだけど。
「どうしたの? なんだか、ぼうっとしているみたいだけど」
「えっ、あ、いえ、詩音先輩がお綺麗なので、見惚れていただけですっ」
凛ちゃんは慌てたように顔の前で手を振る。
べつに、悪いことをしているわけじゃないんだから、堂々としていればいいのに。
奏音とか、由依さんとか……さすがに、凛ちゃんは後輩だし、あそこまではしないと思うけど。
「ふふっ、ありがとう」
「やっぱり、慣れているんですか?」
なにに、っていうのは、聞くまでもないよね。
「まあ、アイドルって、見られるのが仕事みたいなところはあるから。凛ちゃんも、慣れておいたほうが良いよ」
撮影なんかのときに、カメラを向けられるだけで緊張するとか、声をかけられてしどろもどろになるとか、そんなことだと、ままならないから。
真雪さんみたいに、普段は隠れがちでも、仕事のときにスイッチが入る、みたいな感じだと良いんだけど。なんというか、格好良いよね、そういうのも。私には無理だけど。
私の場合は、仕事――アイドルを始めてから視線を集めるようになった、ということでもないから、最初から気にすることがなかった、という事情もあるけど。
好意的なものにしても、排他的なものにしても。
私は普段から、アイドルでありたい。
「はいっ、頑張りますっ」
弾ける笑顔が浮かぶ。
さすがに、アイドルになろうと養成所に来るだけのことはあるというか、ここで、私なんか全然、みたいなことを言い出すようだと、ちょっと心配だったけど。
そういうキャラクターも、ありえなくはない。というより、実際にいる。
でも、ここはカメラの前じゃないし、自虐というか、謙遜というか、あるいは、そんなこと全然ないよ、みたいに言われるの待ちとか、そんなことよりは全然良い。あくまで、私見だけどね。やっぱり、堂々としているほうが、格好良いし、可愛いし。
「あっ、頑張るのは、視線に慣れるとか、そういうことじゃなくて、ダンスとか、歌のレッスンのことですけどっ」
「わかってるよ」
そもそも、視線に慣れるレッスンって、なんだろうね。少なくとも、この養成所ではやっていないかな。
はっ、と気がついたように、凛ちゃんが顔を上げて、周囲を見回す。
「すみませんっ、なんだか、詩音先輩を独占してしまっていたみたいでっ」
「全然。むしろ、皆、もっと話しかけてきてくれていいのにね」
いや、私から行けばいいっていうのは、そのとおりなんだけど。
まだ、由依さんのようにはいかない。
「詩音ー」
聞こえると同時に抱き着いてきたのは奏音。
「こんな感じで」
「それはさすがにできませんよっ」
まあ、私も由依さんとか、六花さんにこんな態度を取ることはできないから、凛ちゃんにも無理を言ったっていうのはわかっている。




