張り出された結果
結果が張り出されたのは翌週のことだった。
今まで、レッスンの成果での評価をされたことはあっても、しっかりとしたテスト形式での評価をされるのは初めてのことだ。しかも、今回は個人ごとだけじゃなくて、全体的な順位付けまでされるわけで。それで緊張するなというほうが無理だろう。加えて、張り出しでの掲載まで。
すでに発表は終わっていて、いまさら、じたばたしたところでなにもならないことはわかっているんだけど。
私だって、養成所に通っている全員の名前を憶えているわけじゃない。そもそも、レッスンの時間が合わず、この前、初めて顔を見ただけの子もいるわけで。そして、その子たちも今日ここに来ているわけじゃないんだから、それで覚えろというのは、なかなかに難しい話だ。
もちろん、パフォーマンスも見たけど、あれだけの人数、普段から関りが薄いと、余程印象にも残らない限り、なかなか、ね。
「こうして張り出されて、奏音はどれだけ顔と名前が一致する?」
今日、レッスンのために集まっているのは、せいぜい十数人程度。皆、特別な、それこそ、この前のレストのようなことでもなければ、全員が同じ日にレッスンを入れているということは、まず、起こらない。そのうえ、時間帯までいろいろとあるわけだから。
「顔を合わせる頻度が高い、いつものレッスンで顔を合わせる人たちは覚えているんだけどね」
「私も」
プロ? のアイドルの人たちは、握手会だとかのイベントでよく顔を合わせるファンの人の顔は覚えているっていう話はよく聞くけど。
「でも、詩音のことは皆が覚えていると思うよ」
「それは……まあ、たしかに、今まで会ってきた人に忘れられたことって、ほとんどないけど」
仲が良かったかどうかは別の話として。
それに、それは、歌がうまいとか、ダンスが上手だとか、そういう理由じゃなくて、単純に、外見の問題……アイドルにはそれが大事だと言われたら、それはそのとおりなんだろうけど。
「でも、向こうが覚えていてくれても、こっちが覚えていなかったりしたら、感じが悪いよね」
「詩音の場合は仕方ない気はするけど……」
そういう奏音こそ、金髪に染めていて、結構目立っているんだけどね。まあ、髪を染めているのは、奏音だけじゃないけど。
奏音は気を取り直したように。
「上に誰がいるのかなんて、知っていても仕方ないよ。少なくとも、今はまだ。だって、私たち、この前のテストが初めてだったんだから。自分の順位だけ知っていて、上にどれだけいるのかってことがわかれば十分じゃない?」
「それもそうだね」
もちろん、上にいる人に教えを乞うことはできるだろう。
だけど、そのくらいの判定基準であれば、この前、自分の目で見た人の中からも判断できる。
「それはそれとして、自分たちの順位が気にならないと言えば、嘘になるよね」
「そうだよね」
私たちだって、ここに通って同じレッスンを受けているライバル同士なんだから、自分がどれくらいの位置にいるのか、気になることは間違いない。
もっとも、新人である私たちに、そんな上の順位は期待していないけど。
というより、上にいてくれたほうが挑み甲斐があるというべきかな、今はまだ。少なくとも、焦って良いことはない、ということだけはわかる。
「ええっと、一番は一色六花、二番朝日奈由依、由依さんだ。それで、三番が長瀬純玲、四位が真雪さん……」
掲示されるのは順位と名前だけで、詳しいプロフィールとか、たとえば、年齢なんかはわからないから、年上なのかとか、そんなこともわからない。まあ、私たちより年下ってことはないだろうけど。
私は十三番、奏音は十一番だった。ちなみに朱里ちゃんは十番で、奏音の一つ上だ。ほかに、私たちより上に知っている名前はなかったから、違う日か、違う時間帯にレッスンに来ている人たちなんだろう。
初めてのテストだったにしては、上出来すぎると思う……納得しているかどうかはべつにして。
納得しているかどうかっていうのは、この順位付けに文句があるなんていうことじゃなくて、初めてのテストだろうとなんだろうと、十三番なんて順位に納得できるのかという話で。
ここへ来ているからには、一番にならなければ意味はない。
「奏音に負けた……」
「やった、詩音に勝った」
同じユニットとして試験を受けたとしても、こうして判断されたということは。
やっぱり、歌唱力の差が大きかったんだろうなとは思う。
とはいえ、本当に歌唱力だけで、私と奏音とを比べたら、それはもう、十三番と十一番なんて差にはならないと思うから、それだけ、ダンスのほうは私のほうが良かったんだと思うことにしよう……いやいや、そんな、後ろ向きな考え方じゃダメだ。
「これからは奏音にも歌を教えてもらおうかな……」
「えっ? そんな時間ないよ」
奏音が驚いて、焦ったように手を振る。
「わかってるよ、ちょっと言ってみただけ。ちゃんと、蓉子さんに相談するよ」
もちろん、他のトレーナの人たちにも。
とりあえずは、個人的な評価のことを、しっかり聞きに行くところからかな。
「それより、これってどう思う?」
「どうって、なにが?」
奏音は本気でわからないというような顔をしている。
「奏音、いったい、私たちがなんのためにテストを頑張ったのか、忘れたの?」
「なんのためって、そんなの、自分たちの現状を知るためでしょ?」
ほかになにがあるの? と奏音はほかの疑問はなにもないように首を傾げる。
これは、本気で忘れているね。
「朱里ちゃんとその周囲の険悪、でもないけど、悪くなりがちな雰囲気をどうにかしようと思ってたんでしょ」
それで、私たちの成績が良ければ、話も聞いてくれるかもしれないって。
「そういえばそうだったっけ」
「そうだったっけ、じゃないよ……もう。たしかに、この成績を見た後だと、私たちにそんなことをやっている暇があるのかとは思うけど」
朱里ちゃんの順位は私たちより上。
たしかに、あそこで朱里ちゃんと言い争いになっていた人たちよりも上なんだけど。
それ自体は、実力勝負の世界のことだから、なにか思うところがあるわけじゃない。いや、悔しさとかはあるけどね。
「しばらく様子を見てみない? これを見たら、皆、そんなことしている場合じゃないと思い直すかもしれないし」
「そんなに簡単な話かな……」
まあ、でも、私たちには余計なことをしている暇はないし、奏音の言うとおり、大事になったり、朱里ちゃんがあまりにも困っているなんて状況でもない限りは、放っておくほうが良いのかもしれない。
朱里ちゃんのことは気になるけど、自分のことを一番に気にする必要があるのは間違いないんだから。
それこそ、朱里ちゃんじゃないけど、友達ごっこをするためにここに来ているわけじゃないんだし。
「でも、そうだね。朱里ちゃんのほうが、私たちよりずっと大人だもんね」
なんと言っても、高校生だ。由依さんの一つ下でもある。
まあ、小学生から中学生に上がったところで、私への周囲の反応がそれほど、劇的に変わった、みたいなことはなかったから、それが他人になったところで、それほど違いがあるとも思えないけど。
「それから、蓉子さんもいるし。きっとうまくやってくれるよ」
「なんだか、全部人任せみたいで思うところはあるけど、たしかにそのとおりだね」
蓉子さんは、そういう精神面でもサポートとして心強い。
問題は、たとえ、他人から促されても、朱里ちゃんが自分から自身の問題を話そうとはしないんじゃないかってところだけど。
このときは、まだ、そのくらいに考えていた。




