アイドル冥利に尽きる
「そういう熱も、詩音ちゃんたちが持ってきてくれたのよね。だから、感謝しているのよ、本当に」
私と奏音は顔を見合わせる。
六花さんはそう言ってくれるけど、それは、買い被りというか。
「養成所の仕組みとしては、私たちが入るより前から順位制だったんですよね?」
急に変わったのなら、なにか発表がされているはずだったけど、そういうものはなかったし。
「ええ。でも、あまり大きな声では言えないけれど、私を含めて、詩音ちゃんたちが入ってくるまではデビューできていなかったでしょう? グラビアの仕事があったのも、由依ちゃんと真雪ちゃんだけだったし」
由依ちゃん、という呼び方に少しだけ不思議な感じがした。
蓉子さんとか、スタッフ陣は抜いて考えると、由依さんをそんな風に呼ぶことができるのは六花さんだけだろう。
いや、六花さんと同じ年齢とか、もう一つか二つくらいなら上の人はいるけど、最年長グループに属していることは間違いないから。
それは、事務所の歴史がまだまだ浅いからと――そのへんの話はどうでもよくて。
「ですが、技術的なことであれば、私たちがデビューしたときには、皆さんのほうが上でしたけど」
単純に、タイミングの問題だっただけなんじゃ……?
今でも完全に勝っているとは思っていない。そう言えるのは、奏音の歌だけだ。
「そうかもしれないわね。でも、大切なのは技術じゃない。いえ、技術だけじゃない。それは、二人ともわかっているわよね?」
技術、というのは、表現力とか、リズム感とか、ステップの上手さとか、そういうことだけど、アイドルにとって重要なのは、それだけじゃない。
アイドルに限ったことじゃないかもしれないけど、それこそ、熱とか、興味とか、知識とか、いろいろと、まあ、ビジュアルというのもあるけど、そういうところの話なんだろう、六花さんが言いたいのは。
「絶対にアイドルになるという気持ち。向上心、精神力。周囲の環境が変化する中、どれだけそれを持ち続けることができるのか。それが大切な資質なんだと、私は思っているわ」
もちろん、それ以外にも要因はたくさんある。人を惹きつける魅力というのは、それこそ、人の数ほどあるわけだから。
笑顔だとか、歌唱力だとか、ダンスだとか、トークなんかのコミュニケーション能力、協調性……。
それらは、他人から学ぶことができるけど、気持ちは自分の中から湧き出るもので、他人から言われて持つものじゃない。
「そういう熱を詩音ちゃんたちが持ってきてくれたのよ。まあ、私がそう感じているだけかもしれないけれど」
逆に言えば、六花さんはそう感じてくれているということ。
「だから、悔しい気持ちもあるけれど、感謝しているのは本当よ。これからも、ライバルで、仲間であり続けたい」
「六花さんが私に悔しいと思うことなんてあったんですか?」
美人だし、歌もダンスも私よりずっと上手だし、知識も、経験もたくさんあって、直接会うことが少ないからわかりにくいけど、こうして、後輩のことも気にかけてくれて。
たしかに、養成所に入ってからデビューまでの期間ということなら、私のほうが早いけど、それだけだから。実際にデビューしたのも、六花さんたちのほうが早いわけだし。
結局、この世界では、結果が全て。むしろ、普段の努力なんて、ファンに見せることはほとんどない。せいぜい、たまに、事務所のPRのために動画にするくらいで。
CDの売り上げとかも、詳しい数字は知らないけど、同じくらいだろうから。ファンミーティングの並んだファンの数では私たちの負けだったし。
「もちろんあるわよ。私だって、最初からできたわけじゃないのよ? 今だって日々研鑽よ」
「それは、私も同じですけど……」
私が入所したときから、六花さんは一位だった。
でも、最初から一位の人間なんて、絶対とは言わないけど、そうそういない。
「詩音ちゃんが好きかどうかわからないけど、初めて詩音ちゃんのことを見たときには、すっごい美少女だなっていう感想だったのよ」
初めてっていうのは、私にとっては、養成所で初めて行われたテストだけど。
あれだけたくさんの人がいるっていうことにも驚いたけど、初めて、ほかの人の全力のパフォーマンスを間近で見られたから。
そのときは、六花さんの名前も知らなかったから、記憶は曖昧なんだけど。
上手な人は何人もいて、その中の一人、くらいの印象で。
「それは、その、ありがとうございます……?」
褒めてくれている? んだとは思うけど。
どう返答したものかと迷っていると、六花さんは小さく笑って。
「アイドルにとってルックス、ビジュアルは、一番大切。でも、それは、単純な見た目だけという話じゃなくて、その人からあふれ出る、もしくは、滲み出る、強い気持ちが、より可愛く魅せるということもあると私は思っているの」
「そうですね」
全力で取り組んでいる人は格好いいし、可愛いし、きれいだと思うから。
それは、ビジュアルに恵まれている人間のきれいごとでしょ? とか、容姿があってこその話なんでしょ? なんて言われるかもしれないけど。
これを言ったら身もふたもない話になるけど、アイドルをやっている時点でビジュアルに関して――歌やダンスも同じだけど――は一定以上には認められているということ。
その中で、よりいっそう輝くために、という話だよね。
「もちろん、奏音ちゃんの歌声もね」
六花さんが、今度は奏音を真っ直ぐに見つめる。
やっぱり、養成所内の総合順位が一位であるアイドルにもそう聞こえているんだ。そもそも、歌だけに限った評価なら、奏音は一位なわけだからね。
「奏音ちゃんの歌は、本当に特別に聴こえる。テストのときにしか聴いていなかった私でもそう思うんだもの。一緒にレッスンしている子たちは、もっと強い想いを抱いているはずよ」
六花さんの視線がちらりと私へ向けられる。
それはもう、パートナーとして、今、一番近くで奏音の歌を聴いている私が、一番よくわかっている。
それは、憧れとも言えないほどの、自分と比較しようという気がそもそも起こらない、ただ、受け入れるだけのもの――だった。
それでも、今、私は奏音と一緒にユニットを組んで、同じ歌を歌い、協力してアイドル活動をこなしている。
「でも、それで、敵わないなあ、で終わっていたらいけないのよね。今の自分の実力では敵わないことを認めつつ、それでも、と踏ん張れる人だけが、上にあがっていける。そういう気持ち、機会をくれたのよ。二人が意識しているかどうかはわからないけれどね」
それは、アイドル冥利に尽きるということだろうか。
私だって、由依さんに慰められたことがあったから、偉そうなことを言うつもりはまったくないんだけど。
「それでも、誰もがデビューできるわけじゃないから、ときに夢じゃなくて呪いになるかもしれないけれど」
六花さんの呟いた言葉は、聞こえてはいても、私にはまだ完璧にはわからなかった。
アイドルという職業には、どうしたって、年齢というものが立ちはだかる。それは、わかっているつもりだけど。
いつか、六花さんと同じだけの経験と日々を積み重ねたら、わかるときがくるのだろうか。
「せっかくの打ち上げなのに、なんだか、重くて暗い話になっちゃったわね。ごめんなさい」
「いえ。とてもためになりました」
六花さんの考えに、一端でも触れることができて、嬉しかった。
「私と詩音の二人で、絶対、この世界のトップに立ってみせます」




