夢を夢では終わらせない
一色六花さん。
個人順位では養成所内で一位。ベージュカラーの髪を背中まで伸ばし、年齢も由依さんの一つ年上という、掛け値なしの最年長。もちろん、美人。
私とはレッスンの日付が違っているから、『LSG』や『ファルモニカ』の仕事の都合で時間があったときくらいしか、顔を合わせることがない。
「あら、気が合うわね」
六花さんも、たまたま、私が目に入ったわけじゃなくて、話がしたいと思ってくれていたのかな。
「六花さんも私と話をしたいと思ってくれていたんですか?」
「話……そうね。詩音ちゃんとは普段は顔を合わせないし、目が合うのはポスター越しがほとんどだもの。本物はいっそう可愛い――美人さんね」
言うまでもなく、事務所には『LSG』のポスターも、『ファルモニカ』、それから『iシナジー』のポスターも飾られている。『iシナジー』のものは、最近増えたものだけど。
「テストのときは……個人で目が合う、という感じではありませんからね」
奏音とは、目が合えばわかるけど。
「今日はありがとうございました。とっても楽しいステージでした」
三ユニット合同でのステージ。
奏音とのユニットのステージも楽しかったけど、合同ステージのほうが、興奮の度合いは高かった。
どれも大切なステージであることに違いないけど、初めてのことが多かったから。
個人的に、たくさんのアイドルと共演できたっていう理由もあるけど。
二人――単ユニットでのステージは、それそれとして魅力に溢れているけど、大勢が揃ったパフォーマンスを披露してくれるステージも大好きだから。
「ふふっ、自信家ね、詩音ちゃん」
「そういうつもりはないんですけど」
ただ、自信がありそうな様子に見せようとしているというか。
「そうではなくて、自分のパフォーマンスに対してはまったく疑っていないのね、ということよ」
私たちのライブ、パフォーマンスに六花さんたちが加わることによる相乗効果に対しては感謝しても、自分たちのパフォーマンスによる、六花さんたちのライブやパフォーマンスへの好影響については、まったく心配していないということ。
「それは、傲慢すぎたでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。そういう意味で言ったわけじゃないのよ」
六花さんは頬笑みを浮かべて。
「自分のパフォーマンスを信じる心は、見ているファンの人たちにも届くはずだもの。だから、今の気持ちは、詩音ちゃんが心からこのイベントを楽しめていたという証拠よね。自分が楽しめないものを他人には披露できないでしょう? だから、きっとファンの人たちは楽しんでくれたわ」
「それは、六花さんたちもステージ、イベントを楽しんでいたということですか?」
わざわざ聞かなくてもわかる。
なんとなく、他人から向けられる感情が負のものか正のものなのか、わかるから。
「ええ。充実した一日だったわ。でも、次はもっと大きなところでやりたいわね。今回、かなり抽選に漏れた人たちがいたから。でも、そうすると、少し会場が遠くなってしまうところが難点かしら」
もう次のイベントのことを考えている。
私は、単純に、アイドルとして活動するのが楽しいからっていう理由だけど、六花さんは、ファンの人たちに向けて考えているんだよね。
ファンの人たちのことを意識していないわけじゃないけど、どうしても、自分の楽しさのほうが優先されがちというか。
いずれ、独りよがりなパフォーマンスになってしまわないよう、意識もしっかり持っていないといけない。
そのへんのことも考えて、養成所ではテストが行われているんだろうけど、それだけというのもね。
私自身がアイドルのファンだから、どんなことでも楽しめるよね、できるだけ無理せず体調にも気をつけてほしい、という意識が先にあるからかもしれない。
「八人のライブは、結構、スペースが必要ですからね。私たち同士の距離が近いのも、それはそれで、私的には嬉しいんですけど」
もっと、一人一人のパフォーマンスをはっきり見たい、という人にとっては、広い場所、広いスペースを使って、私たちそれぞれがのびのび踊ることのできるような場所が、と思っているかもしれない。
腕とか、身体かの動きによっては、隣の人、もしくは、スペースの関係上、二列とか、それ以上になってしまうと、隠れてしまう部分が出てくるからね。
観るからには、自分の推しにはずっとはっきり見える位置にいてほしい。
「それなら、後ろの列には段差をつけてみるとか? 移動が大変になりそうだけど」
「広い段差にすると、今度は、前後で、アイドル同士の距離が開いてしまって、そこの入れ代わり立ち代わりが難しくなりますからね」
ダンスによっては、その場所に留まっているだけじゃなく、前後左右、メンバーと位置をシャッフルするところも出てくるだろう。
そうなったとき、段差があると移動が若干、見苦しく感じられてしまう、かもしれない。そもそも、段差の上り下りで、フラットな立ち位置のときより、雑音も増えるはずだし。
「いっそ、完全に、後方の高所、前方の低所、と分けてしまうと、それはそれで、見辛かったりするものね」
「はい。そうすると今度は全員を一度に視界に入れるのが難しくなります」
ここで言っているのは、メンバーの顔ということだ。やっぱり、アイドルにとって、ルッキズムは大切で、その要は当然、顔面だから。身もふたもないけど。
それでも、全員を一度に視界に入れようとしたなら、今度は、距離が遠くなる。物理的に、後方の席になるということで。
全部を一度に満たすことはできない。なかなか、難しい問題だ。
個別に追ってくれるカメラの映像を映せるスクリーンが複数展開されているような、超大型の会場、ということなら、また話は違うんだけど、まさか、そんなところでやるほど人気が出ているとは自惚れていない。
いずれ――あと、一年か、二年か、なんにしても――実現してみせるけど。
あるいは。
「ランウェイみたいなところを進んで、客席中央で、円形のステージにぐるりと並ぶようにパフォーマンスができれば、一番なんですけど」
そうすれば、そもそもの客席の位置的な問題での、近い遠いは別にして、それぞれのアイドルとの距離は同じにできる。
全員で円形に並ぶなら、センターとかも関係ないし。
「ぜひ、このプロダクションでライブドームを作る、なんていうことになったら、そういうステージを考えてほしいです」
「それは、ちょっと鬼も笑わなそうだけど、素敵な夢ね」
六花さんも苦笑を浮かべる。
自分でも、大言が過ぎるかな、とは思うけど。
でも、言ったから叶うということもあるし、言わなければ絶対に敵わないんだから。言うだけならただだし。
まず、ドームを建てるとなったら、ここの近くの土地を買わないといけなくなる。さらに、建築の費用も、なんてことになると、いったいどれだけかかるのか。
その費用で、百万回ライブ開催したほうが良くない? まあ、百万回というのは、不可能なんだけど。人間の寿命的な話で。
アイドルでいられるのは、せいぜい、十年とか、十五年とか、そこらで、毎日ライブをやったとしても、三万回か、最大だって、十万回程度。
実際には、レッスンとか、休みの日も設けないと壊れるわけで、もっと少ない。
クラウドファンディング? にしても、私たちの人気がもっと出てからの話だ。
「自分たちのライブ会場が持てるということは、好きなときに、好きなイベントが開けるということだものね」




