初めてのテストを終えて
その日はテストだけで一日が終わった。
人数が多かったということもあるし、そのほとんどがユニットじゃなく、個人だったことも関係しているだろう。
一組三分くらいだとしても、四十人くらいもいれば、二時間はゆうに越える計算だ。
アイドルのライブと同じくらいの時間になったのは偶然かもしれないけど、デビューすることができたら、このくらいはずっとパフォーマンスを続けられるくらいの体力は必要になるということだろうか。もちろん、合間に休憩がないなんてことはないだろうけど。
「皆さん、お疲れさまでした。思いどおりにできたこと、できなかったこと、それぞれ抱えていることだと思います。とはいえ、これはテストですから、順位は付けさせてもらうことになります。ユニットとして発表した人であっても、個人での成績になります」
全員のパフォーマンスが終わり、蓉子さんたち、トレーナーの人たちから総評をもらう。個人に対してのものは行われず、気になるのなら、後ほど、個人的に尋ねてきてほしいということだった。
順位で発表されるのは、あくまで、順位だけで、それ以上のことは、評価シートとして事務所では保管されるけど、私たちに直接渡されるようなことはない。
「今日は以上で解散となりますが、トレーニングをしたいという方は残っていただいてもかまいません。あいにく、私たちは作業がありますから、トレーナーを勤めることはできませんので、節度と常識をもって、利用するようにしてください」
お疲れさまでした、と蓉子さんたちが退出すると、当然、皆、今のテストの話を始める。
緊張してうまくできなかったとか、振り付けを失敗したとか、音程を外したとか。
「詩音、どうする?」
奏音が周囲を見回す。
「できればもう少しやっていきたいけど、スペースがね」
一組づつ発表して、それを皆で見学するだけのスペースはある。
ただ、これからどれだけの人が残るのかわからないけど、さすがに、全員が同時にできるかどうかは。
「スペースなら大丈夫だと思うよ」
皆、周囲に気を使っているのか、たしかに、まばらにスペースが空いている。
「……とりあえず、ランニングに行こうかな」
疲労感はあったけど、所詮は一曲分歌って踊っただけだから。
むしろ、精神的なものだったとしても、体力は必要だということだと思うから。
それに、ずっと室内で、ほとんど座りっぱなしだったから、気分を変えて、運動をしたいということもあるし。
「もしかしたら、戻ってきたときには、人も減っているかもしれないし」
もし、まだたくさん残っているようでも、それならそれで、今日のところはストレッチだけを済ませて帰ってもいいかなとは思っている。
簡単なものなら、家に帰ってからでも、できないこともないから。
「じゃあ、私もそうしようかな」
私と奏音は一緒にランニングに出かける。
蓉子さんがついてきたりはしないけど、いつものコースだし、報告しておけば問題もない。
外は、真っ暗とは言わないけれど、それなりに陽も落ちてきていた。
自分たちが数分程度のパフォーマンスだったから気づいてなかったけど。
「結構、時間遅いね」
「これはクールダウンも兼ねて、終わったら帰ったほうがいいかもね」
奏音も同意見ということだし、このクールダウンを兼ねたランニングで今日は終わりにしよう。
こうして自分たちのパフォーマンスを終えて、皆のパフォーマンスを見て、心に浮かぶことと言えば。
「楽しかったね」
「うん。最高、ではなかったけど」
走りながら、疲れていることは事実だけど、つい、笑みが溢れる。
パフォーマンスとしての反省点はあるけれど、気分としては最高だった。
これが無料で観られたなんて。いや、実際には、レッスン料がかかっているんだけど。
「次回はもっとうまくやれるよ」
「次回も二人でやるつもり?」
どうだろう。
今回の反省点を次回に活かすという意味では、また、奏音と二人でやりたい気持ちもある。二人で合わせるのが楽しかったということもあるし。
それとは反対に、今度はソロでやってみたい気持ちもある。
やっぱり、単独のステージには憧れもあるし、いろいろと経験してみたい。
それに。
「私は詩音とも勝負してみたいけどね」
「私も同じことを思ってた」
今回はユニットの相方だったけど、奏音と真正面からぶつかってみたいとも思っている。ソロでも、別の人と組んだりしても。
奏音の歌は、こう言われるのが好きかどうかはわからないけど、本物の才能だと思うから。
「もちろん、奏音とのユニットもまたやりたいけど。あとは、他の人とも合わせたりしてみたいな」
ユニットにはユニットの、ソロにはソロの面白さがあると思う。
普段のレッスンは、同時にやる人数こそ、それなりだけど、基本的には、ソロのスキルを磨くものだ。
「そうだよね。それぞれ、吸収できるものも違うし」
今日のテストで全部見られたとは思わないし、まだ、新人の私たちは、より多くの人から、より多くのことを学ぶことができると思う。
実際、今日のテストでも、学びになることは多かったから、すぐに練習したいと思ったし、こうして走っているわけで。
「……順位がつくのは仕方ないよね」
奏音がつぶやく。
「奏音は順位がつかないほうがいいと思ってるの?」
「そういうことでもないんだけど……」
歯切れが悪いというか、私の反応を伺っている感じとでもいうんだろうか。
「私は順位はつけるべきだと思う」
もちろん、個別の評価シートがもらえるということだから、反省点とか、振り返りとかはできるだろう。
でも、ある程度の競争意識はあったほうが、より成長には繋がるはずだから。
「それとも、奏音は順位が下だったらやる気をなくすとか、目に見えた評価をされることで、空気が悪くなったりとかすると思う?」
「そういうこともあると思うよ」
でも、それはなにも、この業界に限った話でもないし。
「事務所だって、デビューしてもらえるようにレッスンしているわけでしょう? はっきり言えば、デビューしてくれたほうが事務所としても儲かるとか、評判が良くなるとか、そういうこともあるだろうし」
慈善事業じゃないんだから。もちろん、レッスン料なんかはあるわけだけど、実際にデビューして、人気になるなら、それに越したことはないわけだし。
そういう実績があれば、生徒も増えるだろうから。
「詩音の言うこともわかるけどね。この世界、結局はどっちがうまい? どっちが可愛い? とかって言われ続けるんだから」
私たちは望んでその世界に身をおいている。
どんな評価も真正面から受け止めていかなくちゃならない。
もちろん、ただの誹謗中傷だとか、SNSなんかでの無責任な発信とか、そんなものまで全部真面目に受け止めて心を病むなんてことにまでなったらいけないけど。
だから、そのあたりは、しっかり注意されているんだろう。
「そんなことで一喜一憂している暇があったら、ダンスや発声練習をしていたほうが、ずっとましだよ」
反省は必要だと思う。相手との差もしっかり見つめる必要はあるだろう。でも、まだ、必要以上に落ち込むような段階じゃない。むしろ、高い壁があるほど、そこに向かっていける指標になる。
もちろん、これは初心者である私の意気込みで、私なんかよりずっと長く通っている人には焦りとかもあるんだろう。それが全部わかるとは言わない。
「詩音、前向きすぎない? いや、いいことなんだけどさ」
奏音は少し呆れ気味だった。
「アイドルだからね。いつだって、笑顔でいないと」
少なくとも、今はまだ。




