私が(あなたが)隣にいるから
残念なのは、目の前にはカメラとかしかなくて、観客がいないっていうところかな。
アイドルのライブって、見てくれているファンの人たちと一緒に盛り上がることも含めて成立するみたいなところもあるから。
配信を見てくれている人たちのSNSとかは盛り上がっているかもしれないけど、それとはべつで。
「アイドルの花形といえば、やっぱりライブ」
「その、直前のステージ裏に突撃してみたいと思います」
今はリポーターのような真似をしている柏原要さんと白石美緒さんが、マイクを携えて、客席側へとやってくる。
アイドルのステージはもちろん楽しみだけど、こういう、裏側的なところを映してくれるのもファンとしては嬉しいんだよね。
まあ、今の私たちが裏側にいると言えるかどうかは、微妙だけど。
アイドルの立つステージを表とするなら、それ以外は裏側と言えなくもないわけで、完全に間違っているわけでもないだろう。
一応、グループごとのインタビューみたいな形式にはなっているけど、全員、広いとは言えないテントの下に集まっているわけで、なにを話しているのかということは、スクリーンを見るまでもなく、筒抜けだ。
ラストステージ、ライブにかける意気込みとか、緊張しているのかなんていう、当たり障りのない質問が続く。
「詩音ちゃん、奏音ちゃん。周りは先輩ばかりだけど、自信のほどはどうかな?」
スタイルとか、キャリアとか、そういう部分は負けているけど。
「ステージに立つからには、一番になるつもりで歌って踊ります」
「経験値では負けていても、シンクロ率では負けないつもりです」
さっきは七問『しか』合わせられなかったけど。
今度は、仕切りもなにもない、目が合って、手が触れて、声の届く場所にいるんだから。
やっぱり、ライブ、ステージこそ、アイドルの真骨頂だから。もちろん、それは私たちに限った話じゃないけど。
「奏音、緊張してる?」
「多少はね。詩音は全然平気なの?」
パフォーマンスがどうのっていう部分では、緊張はしていない。
「たしかに、水着で歌って踊るのは初めてだからね。違和感がないかな、とか、動線間違えないかな、とか、そういう心配はあるよ」
この番組のタイトルを聞いた時点で、ライブがこういう形になることは予想できたから、練習しておくべきだったかな、とか。今さら言っても遅いけど。
「パフォーマンスは心配じゃないんだ。さすがだね、詩音」
「それは、今心配しても仕方ないっていうか、今気にすると影響が出そうだからね。大丈夫だよ、奏音。ちょっと、衣装が小さいだけで、いつもどおりにやればいいだけだから」
ステージの水はけとかも、スタッフの人たちがしっかり見てくれているから、濡れていてとか、砂が散らばっていて滑るとか、そういうことにはならないだろうし。
「それに、隣には最高のパートナーがいてくれるんだから」
どこでやろうと変わらずに。
今後、ユニットが解散して、なんてことになったら話は変わるけど、今のところ、その心配はなさそうだから。
「私が隣にいるのに、奏音は心配なの?」
「……さすが詩音。そこは一番安心してるよ」
言ったでしょう。自分が自分のことを信じていないと、見てくれる人には伝えられないって。
「じゃあ、大丈夫だね。いつも言ってるけど、私も奏音が隣にいてくれるから、安心してできるんだから」
アイドルのステージは、仲間と一緒に作り上げるものだって、奏音もわかっているでしょう。私には奏音がいるし、奏音には私がいるよ。
夏の暑さを吹き飛ばす希望になるように、吹き飛ばして楽しむ姿に憧れをもってもらえるように。
奏音は少しだけ瞳を揺らして。
「ねえ、詩音――」
開きかけた口元に、建てた人差し指を押し付けて、奏音を黙らせる。
「ある意味、私たちの本職とも言えるけど、言葉は力だからね。奏音がなにか胸のうちに抱えていることはわかるけど、今は口にしないほうがいいよ。私が今すぐにこの場で解決っできそうなことならかまわないけど、多分、そうじゃないよね?」
完全にはわからないけど。家族のことなんだろうなっていうことは想像できても、その具体的な内容というか、奏音の本音まではわからない。
そして、家族のことだというのなら、今ここで解決できるとは思わない。会場に奏音の家族が見にきてくれているわけじゃないからね。
私にできるのは、せいぜい、一時的にでも奏音が不安を解消できるように抱きしめてあげることくらい。
しばらくそうして、少し離れてから、肩を掴んで見つめ合い。
「終わったらいくらでも付き合うからさ。奏音の笑顔を曇らせるようなことは、今は考えてほしくないかな」
アイドルに大切なのは、なにより、笑顔だっていうことは、わかっているはず。
もちろん、自信とか、ルックスとか、技術とか、そういうものも必要だけど。
「詩音」
「私たちのパフォーマンスでシナリオなんて吹き飛ばそう」
もちろん、どのグループも手ごわい。光るパフォーマンスを持っている。それだけじゃなくて、やっぱり、アイドルとして魅力がある。
表情とか、見ているだけでも伝わってくる感情とか、耳に残る素敵な声とか。
それでも、私は、私と奏音のユニットの力を信じている。
「本当に詩音は、もう……そうだよね。今、このときを楽しまないと損だよね」
この先、こんな機会あるかわからないからね。
もちろん、ほかのアイドルの水着のパフォーマンスなんてものを観られる機会も。そのために、この場所での観覧を許可してもらったわけだし。
写真なんかは、むしろ、当然のようにあっても、水着でライブ、っていうのは、かなり珍しいから。
動画配信サイトのほうのアーカイブでは今後も見られるかもしれないけど、生で直接っていうのは、なかなかない。
自分たちのライブも控えているから、叫んで応援、みたいなことができないのが残念だけど。それが可能だったら、それこそ、声が枯れるまで騒いでいたと思うから、むしろ、良かったとも言えるかもしれない。
進行の都合上、私たちの出番と前後するユニットに関しては、最初から最後まで全部落ち着いてこの場でっていうわけにいかないのは、まあ、仕方ないのかなって。
せめて、一番だったらなあ、とは思っても、それは、もう仕方がない。
どうせ、奏音のパフォーマンは正面からしっかりとは観られないんだから。
もっとも、奏音とは、いつも一緒にレッスンしているわけで、正面どころか、三百六十度、どこからでも――衣装ではないとはいえ――見放題だけど。
いや、見ようと思えば、衣装だって見放題だよ?
ともかく。
「やっぱり、歌がたくさんあるっていいね」
「うん」
こっそり囁くと、奏音も頷く。
せっかく、こんなに、夏! みたいな場所なんだから、夏っぽい歌を歌いたかったっていうことはある。
実際、見ていても、ほとんどのグループが、元気いっぱいというか、笑顔満開というか、そういう感じの選曲をしている。
私たちの歌も、夏っていう解釈はできなくもないかもしれないけど……はっきりそれとわかりやすいわけでもないから。
とくにトラブルなんかもなく進み、ようやく七番目、つまり、私たちの番だ。
「七回戦の七番目だって。縁起良いね」
「さっきのクイズも、ラッキーセブンの七問目は正解したし、今日のラッキーナンバーかもね」
私個人としては、そういう、占いとか、運性なんていうものは、あんまり――ほとんど信じていないけど。
格好つけとかじゃなくて、運命は自分で切り開いていくものだって信じているから。




