これですっきりライブに臨むことができる
今のは、沙穂さんなりのツンデレだったと思って良いのかな? そちらのほうが、私の精神衛生上、良い気がしたので、そう思っていることにした。
今回の件が、沙穂さんたちの思惑じゃなくて、上の大人たちの考えだということのわかるものだ。
そうだろうとは思っていたけど。
そもそも、自分の実力を疑っていないなら、あらかじめ、根回しというか、話をしておく必要がない。本番で実力を示せばいいだけだから。
そして、私が見ている限りということだけど、沙穂さん――出演している人たちは皆、多かれ少なかれ、そういう部分はあるけど――からは、自信が見て取れた。もちろん、根回しは済んでいるから大丈夫、などといった感じのものではなくて、自分たちの実力に対するものが。実際に一緒になっていくつもの勝負をこなしてきたんだから、そのくらいはわかる。
つまり。
「あんまり関係が良くないのかも」
「どうかしたの、詩音」
あんまり、余所の都合を気にするものでもないし、私たち自身、そこまでの余裕があるわけでもないけど。
「えっと、沙穂さんたちが自分たちの実力に自信を持っていることは間違いないと思う」
「それは、沙穂さんたちに限ったことでもないと思うけど」
わざわざ、『自信』という言葉を使ったからだろうか。
さっきの、六回戦の記憶も新しい中、奏音にも、私が答えた質問のことを思い返して、ということは伝わったかもしれない。
直接言葉をかけてもいいんだけど、ことがことだし、奏音に自発的に思ってもらったほうが良いことは間違いないわけで。
ともあれ、時間も限られているし、すぐに続ける。
「自分の実力を疑っていないなら、わざわざ、根回しして勝つように仕組む必要はないでしょう?」
だって、普通にぶつかれば勝つんだから。
そんな、余計な手間をかけてまで、下手なリスクを負う必要はない。
なにより、そんな風に勝負をしても面白くない。
トランプで勝負でもするときに、カットのイカサマを仕組んで勝つようなものだ。
真剣勝負で、仕事――つまり、お金がかかっているわけだから、そういうことをしようというのも、わからないとは言わないけど、当人にとって、それが面白いかどうかということなら、間違いなく、楽しむことはできないだろう。そういう性格だったりする場合は違うけど。
とはいえ、賞金がかかっているわけでもないし、この番組的に勝利したところで、なにか、商品的なものがあるわけでもない。目立つとか、ユニットの宣伝ということなら、ライブ対決という、自分たちの実力そのものを直接喧伝できる勝負がある。
観客は、自分の感動に正直だ。その歌が自分の心に響いたと感じたなら、ファンになることは間違いないだろう……少なくとも、私はそう思う。
そして、自分で選んでやっている、続けているくらいだから、沙穂さんたちも、アイドルのことは楽しいと思っているはず。
「だから、上の意向で、それも、あんまり乗り気じゃないんじゃないのか、って思ったっていうこと?」
「うん。あくまで、憶測だけど」
そして、わかったからといって、なにか変わることでもない。せいぜい、私の心持ちくらいだろうか。
やっぱり、尊敬できるアイドルだと。
「それで、詩音は嬉しかったんだ。なんていうか、いつもどおりというか、単純すぎるとは思うけど」
「今のも含めて、沙穂さんの演技だとしたら、完敗だけど」
でも、完全に騙されて、気がつかなかったのだとしたら、それはもう、本人にとっては真実ということだから、結局、この場合はどっちでもかまわないということだ。
ようするに、奏音の言うとおり、いつもどおりだね。
それは、アイドル個人個人の意見でどうにかできるようなものでもないんだろう。
この番組で目立つこと、つまり、勝つことが、自社の、あるいは、グループのイメージ戦略に繋がっているから、個人個人の感情よりも優先される、と判断されたなら、そして、実際に上がそういう根回しをしているのなら、アイドル当人たちには、どうにかできるようなものでもない。
アイドルの仕事は、画面に映ること、アーティスティックな部分で、それ以外のことは、スタッフがやるわけだから。
幸いというか、私たちの事務所では、そういうことは見られない。
せいぜい、私たちがデビューを決めるときの条件のような、若干の配慮――とまで呼ぶことのできるものかどうかは、怪しいけど――があるくらいで、それは、所属しているアイドル(あるいは、アイドル未満)に対して、多かれ少なかれ、同じような部分はあるはずだから、露骨に贔屓とは言えないだろうし。
つまり、誰がデビューすることになるのだとしても、その程度の贔屓というか、配慮はあるということ。
私たちは、私たち自身のことしか知らないけど、もしかしたら、『LSG』とか、『iシナジー』でも、似たような課題は出されていた可能性はある。
「奏音はどう思った?」
「この収録中、沙穂さんたちが本気だったかどうかっていうことだよね?」
奏音に聞き返されて、頷く。
「それはそう思うよ。だって、そういう勝負が多かったじゃん。そもそも、手を抜く理由がわからないし」
料理にしても、アスレチックにしても、手を抜いてあの結果は出せないはず。
連想ゲームとか、しりとりとかなら、事前に打ち合わせもできなくもないとは思うけど。
「まあ、ミスコンの結果だけは、納得してないけど」
「まだ言ってる……」
奏音が言っているのは、奏音自身の結果じゃなくて、私の結果についてだ。
「私の詩音が一位じゃないなんて、見る目ないよね」
「私は奏音のものじゃないんだけど」
はっきり言っておかないと、後で、あのとき否定しなかったよね? なんて、逆言質に利用されかねない。まあ、言っても言わなくても、同じことかもしれないというのなら、それはそのとおりなんだけど。そのくらいには、奏音のことはわかっているつもりだ。
もちろん、奏音ははっきり無視した。
「とにかく、詩音がすっきりとライブに臨むことができるっていうなら、都合よく考えていたらいいんじゃない?」
「そうする」
なにより、見てきた沙穂さんたちの実力はわかっているつもりだから。
もちろん、一番の楽しみというか、一番はっきり判断できるのは、これからやるライブになるんだろうけど。
もとより、私たちにできることは、全力のパフォーマンスを披露すること。
はっきり言って、今回の参加者の中で――アイドル業界そのものということで考えても、おおよそそのとおりだけど――一番の新人で、実力不足なのが私たちだ。負けるつもりでステージに上がることはないけど、だからといって、勝つことのできる保証もない。
全力をぶつけたところで、最下位になるかもしれない。
それなのに、ほかのことに気を割いている余裕はない。もともと、そんなつもりもなかったけど、より、すっきりしたというか、つっかえていたものがとれたというか。
「奏音こそ、まだ、悩んでいることがあるわけじゃないよね?」
言うまでもなく、アイドルのパフォーマンスについてだ。いきなり、私生活のことに言及したりはしない。同じ理由で、気にはなるけどね。
「うん。詩音と組めば最強なんだってこと、見せつけに行こう」
思惑もなにも乗り越えて、私たちのパフォーマンスが最上のものであったと証明する。それは、このステージでしかできないことだ。
もちろん、『リリカルパッション』を含めて、参加者の実力は知っているつもりだ。それも踏まえたうえで、私たちなら。




