二人が合わさるライブの力
由依さんや真雪さんは、最年長者というか、先輩の立場として、あからさまにどちらかの側に立って、なんていうことは難しいだろうし。
たとえ、心情的には、どちらかに肩入れしているとしても。
「えっと、それって、私たちが月末の成績で上位になれば、小さな諍いを気にしているような暇でもないと気づいて、止めるだろうってこと?」
奏音が困ったような笑顔を浮かべる。
奏音の言いたいこともわかる。見通しが、考えが甘いんじゃないかってことだよね。
「うん。まあ……そんなに簡単にいくかどうかはわからないけどさ。でも、成績が上位になったほうが、皆、話を聞いてくれるとは思うんだよね」
「それはそうかもしれないけど」
気合とか根性でどうにかできるようなものでもない。
努力なんて、皆やっていることは努力とは言わないし、それでは差を縮めることはできない。
「でも、そうだね。結局、私たちにできることなんて、良いパフォーマンスを見せることだけだよね」
「あ、うん、そうだね」
言い出した奏音のほうが、一歩引いている感じなのは、なんなんだろうね。
「奏音?」
「さすがに、こんなに簡単に信じるとは思ってなかったっていうか……」
簡単にとか、信じてるとかってことじゃなくて、私たちにできることがほかに思いつかなかったってだけだから。
言葉による説得が無理なら、あとは、歌かダンスしかない。
「そんな、歌とかダンスに力があるのは創作の中だけの話で――」
「嘘だよね。奏音もそうは思っていないでしょ?」
もし、本当にそう思っているんなら、アイドルなんて目指したりしないはず。どうしようもなくて、目指すようなものじゃないし。
ステージに立つ彼女たちの歌やダンス、パフォーマンスには、特別な力があると信じているんだよね。
もちろん、私自身を救ってくれたライブの力を、私は誰より信じているけど。
音楽やダンスが、次代を越え、国を越え、人種を越え、延々と続いてきているのは、そういう力があるから。
「詩音って、なんていうか、アイドル一直線というか、見た目と反対に、熱血なところがあるんだね」
「熱血とか、そんなことじゃないから」
アイドル一直線は否定しないけど。どちらかと言えば、すべての道はアイドルに通ず、みたいなほうが近いかもしれない。
それはともかく。
「……月末のテストって、個人の技能を見るもので、私たちで協力して、なんてことはできないと思うけど」
「それでいいんじゃない? 今は、私と奏音は、仲間で、ライバルだし。もちろん、朱里ちゃんや、ほかの皆とも」
つまり、どっちが、皆の心に響かせることができるのかの勝負ってことだ。
「なんか、不純じゃない?」
「むしろ、本来の歌やダンスの役割って、そういうものじゃない?」
奏音は、いまいち、その力を信じきれていないみたいだけど。
けど、私が今、一番その可能性を感じているのは、私より、奏音の歌に関してだからね。いや、もちろん、自分のことは信じているけど。
「アイドルのライブでも、皆に楽しんでもらえるために、とかってよく言っているよね。現実では、ライブを一緒に聴いたから仲直り、なんてことにはならないけど。話しを聞いたりするのは、多分、由依さんとか、蓉子さんが、私たちがなにを考えたりするでもなく、やろうとしているはずだから、私たちには私たちにできることをしよう」
「わかったよ。じゃあ、曲決めよう。それから、動画とかも見て、振り付け入れないと」
奏音は少し考える素振りを見せてから、手を合わせて。
「ああ、あれにしよっか。『FLEUR』の『スポットライト』。詩音、好きでしょう?」
「それは、好きだけど……」
あれはべつに、喧嘩している人を仲直りさせようっていう感じの歌じゃないからなあ。
いや、もちろん、どんな歌でも力はあるけど、そのあたりもこだわって、相手の心に届けるものにしたほうが良いんじゃないかな?
「今回みたいな場合は『BRIGHT STAR』とかのほうが良いんじゃない? 『akane』の」
「やっぱり、詩音って、ほかのアイドルも好きなんだね。ほかのっていうか、アイドルがって感じかな」
そりゃあ、べつに『FLEUR』の曲だけを聞いて、勉強してきているわけじゃないし。
堀江瑞樹さんとか、Ave Angeさんとか、EVEさんとか。アイドルだけじゃなくて、歌手とか、声優とかも。
音楽自体についても、ジャンルだって、J-POP系のアイドルソングだけじゃない、バラードだって、アニソンだって、ロックだって、それから、演歌なんかも勉強しているよ。
「だって、アイドルがいてくれたから、今の私がいるからね。でも、それは、奏音だって同じでしょう?」
好きじゃなかったら、アイドルなんて目指さないよね?
それとも、今のアイドルなんて全部認めてないから、自分でアイドルとはこういうものだと世界中に知らしめるために、やっているとか?
「詩音のステージに力が、惹きつけられるものがあるのは、認めるよ」
「奏音の歌も特別だと思ってるよ」
奏音がそう言ってくれるのは、素直に嬉しい。
「そんな私たちが二人合わされば最強じゃない?」
「そんなに簡単なものでもないと思うけど……まあ、最初から自信を持っていなくちゃ始まらないか」
でも、合わせるには、一つ、交渉しなくちゃいけないことがあるけど。
「テストを二人で合同で、ですか? かまいませんよ」
蓉子さんからの許可はあっさりとおりた。むしろ、こっちが拍子抜けするくらいに。
「もちろん、ソロで活動されているアイドルの方もたくさんいらっしゃいますけど、グループでの活動をされている方たちも、同じくらい、たくさんいらっしゃいます。実際、うちの養成所でも、グループでのテストというものもありますし。そもそも、普段のテストも、合同でやることを認めていないことはありませんから。ただ、個人個人でやる人たちが多い、というだけです」
もともと、養成所の目的としては、アイドルとしてデビューさせること。その形式にはこだわっていないということなんだろうね。
実際、アイドルとして活動しているうちによりアイドルらしく成長していって、ということ大いにあることだし。
あとは、通っている人種からして、一人で戦うことにプライドを持っている人が集まっているというところかな。我の強い人が集まってるから。
「ちなみに、曲のほうはこれでかまわないのでしょうか?」
「たしかに、こちらから出そうと思っていた課題曲とは違いますね」
それはそうだろう。数え消えないほどにあるこの世の曲の中から、偶然、私たちが選んでいたものと、蓉子さんの選んでいたものが一緒になる確率は、相当低いというか、そんなものではないはず。
一応、アイドルの養成所で行われる試験の話で、その事務も引き受けている蓉子さんの選曲、ということはあるけど。
今の段階で、生徒個人個人に自由に選曲させてとか、あるいは、作曲までさせて、なんてこともしないだろうとは思っていた。
「それで、詩音さんと奏音さんは、本当に、歌で、ダンスで、仲直りさせることが可能だと思いますか?」
「はい」
私と奏音は、声を揃えて、即答した。
そもそも、仲直りというと、少し違う気もするけど。
「むしろ、私たちにヘイトが向いて、余計な諍いが新しく生まれたりしないかとは、少し、思っています」
なにを勝手にとか。
半ば、発表の場を私物化するようなものだからね。
皆の雰囲気が悪いから、と言えば、一時的には静かになるかもしれないけど、ほんの一瞬だ。




