『太陽』『水着』『美少女』
ただ間がスモークガラスで仕切られているだけだから、声は届く。あからさまな相談じゃなければ、なにか言われることもないということも確認済み。隣を見るという程度は、誰もがやっている。番組側としても、スモークガラスで仕切っているから問題はないという判断なんだろう。それならそれで、十分に利用させてもらう。
もちろん、細かい表情とか、小さな動作は無理だろうけど、たとえば、水着を引っ張るといった程度であれば、問題はなく伝わるだろうから。
もっとも、水着を示したから、それがなんだろう? となる可能性はあるけど、それだけわかれば、とりあえず、水着関連ではあるんだろうということで、水着という単語は外さない、かもしれない。
じゃあ、一般的な水着のイメージは? やっぱり、水辺とか、夏とか、そういうことになるんじゃないかと。
少なくとも、水着という単語から、冬を想像する人は少ないはず。
結局、奏音が書いてきたのは、『太陽』『水着』『美少女』だった。
少なくとも、ニュアンスは伝わっていたと考えて良い。
「……美少女って、なに?」
一応、聞いておきたいことはあるけど。
これって、次回のシングルのコンセプトっていう内容だったよね? 歌のコンセプトに『美少女』はないんじゃない?
もちろん、絶対にない、とは言い切れないけど、万人に届けようっていうのに、『美少女』は向かないと思う。
「だって、詩音、自分のことを指してたんじゃないの? それで、この番組で詩音といえば、美少女っていうことでしょう?」
たしかに、『アイドルバトライブ』というこの番組で、三回戦の勝負は『ミスコン』であり、そこで私は二位だったわけだけど。
でも、私だけを示したいなら、あるいは、『美少女』という単語を伝えたいなら、わざわざ水着を引っ張る必要はなかったと思うけど。
そもそも、水着を示した時点で、私のことも同時に示しているとは思わないような。
とはいえ、それは私の考えであって、奏音がどう考えたとしても、奏音の中で正解であれば、そこに議論の余地はない。
それに、方向性という意味では、完全に一致とは言わずとも、かなり近い。
それに、これは、答えが一言一句、完全一致ではなくても、ニュアンスが伝われば正答として扱われる、という説明がなされている。
私の答えである『夏』『海』『水着』と、奏音の答えである『太陽』『水着』『美少女』は、近いと言えなくもない。少なくとも大外れではないだろう。
ただ、こういう書き方が良かったのかという疑問はある。
完全一致でなくてもいいとはいえ、同一のものであると認められる必要はある、とは言われている。
たとえば、『水着』という単語に関しては完全に位置しているわけだけど、『夏』と『海』と『水着』を合わせたところから、『太陽』はともかく、『美少女』とはならないだろう。海水浴は大抵、晴れている日に水着でやるものだから。
だから、まあ、学校のテスト的に言うなら、部分点はもらえるかもしれないけど、満点解答とは言い難い、と言ったところかな。
「こうして見てみると、『ファルモニカ』の解答は面白いというか、なんとなく、惜しいっていう感じですよね」
「若干違うような気はしますけど、でも、コンセプトというだけなら、誤差の範囲内というか、すり合わせれば同じものを見ているような……一応、確かめてみましょう」
多分、はたして『ファルモニカ』の答えはポイントになるのか? みたいなメッセージと共に、私と奏音の答えが比べられた画面が映されていることだろう。
司会のおふたりが確かめると言っていたのは、要するに、スタッフにということ。
とはいえ、これは学校のテストではなく、バラエティ番組の中の企画の一つ。この程度は誤差として認められるのでは? とは思う。
もちろん、『太陽』は一年中出るものだし、『水着』を着るのも『夏』や『海』に限った話でもないかもしれない。ましてや、『美少女』なんていう限定的な話じゃなく、水辺では大抵の人が着用するわけで。
とはいえ、これをコンセプトに歌詞を書いたなら、似たような雰囲気のものになるだろうとは、予想はつく。
あとは、スタッフ側のイメージの話になってくるだろうね。
あるいは、購買層である、視聴者はどう思ってくれているのか。
「お待たせしました。『ファルモニカ』のこちらの解答は、正解となります」
「これらの単語を元に歌を作れば、コンセプトやイメージはかなり近しいものになるだろう、という判断ですね」
間にスモークガラスの板があるから、直接はできなかったわけだけど、そのガラス板越しに、私と奏音はハイタッチする。
もちろん、声はかけられないけど。
「さすが詩音。よくわかったね」
「奏音の考えそうなことはね」
といったようなことを伝えたいんだろうな、というのはわかる。
まあ、咎められなかった程度とはいえ、ジェスチャーはあったから、以心伝心と胸を張れるかどうかは、微妙だけど。
とりあえず、今の問題でわかったことは、この程度の誤差であれば正解扱いになる、ということだ。
残念ながら、他の出演者の表情は見ることができない。一応、全員の答えはスクリーンに映し出されているから確認できるけど。
とはいえ、歌のコンセプトなんて、それこそ、言葉の数だけあるわけで、私と奏音の答えがちょっとズルだっただけで、普通はなんの相談もなく揃うことはない。
たとえば、スポーツでは、審判が見逃したなら、それは反則ではないということ、少なくとも、そういう扱いではないということになる。
今回のこともそれと同じだ。私がやったのは、所詮、スモークガラス越しに隣を見ただけで、奏音も上を向いて、水着を直して、私のほうを見ただけだ。
逆に言えば、この程度の意思疎通であれば、これまでも、そして今後も許容範囲だということ。どこまでが範囲内なのかという基準はわからないし、今回のことでより厳しく見られるようになるかもしれないから、あんまり、頼りすぎるのは良くないだろうけど。
こんな問題でここまで合ってしまうと、私たちこそ、不正というか、内通を疑われそうだけど。
そしてなにより、今回のことは、完全にそんなことはしていない、とは言い切れないのがね。
まあ、後のことは終わってから考えよう。まだ、六回戦ということでも、ゲームは残っているんだから。
「それでは、続けていきましょう。六回戦も折り返しの、第五問です」
「お題はこちら。『尊敬している人』。これは、また、分かれそうですね」
なかなか、揃えにくい質問を持ってくるよね。
歌のコンセプトということでもそうだし、今回の『尊敬している人』だって、私たち個人が関わりのある人なんて、それこそ、数百人とか、もっとたくさんいるわけだから。
一般的なのは、両親とか、教師とか、あるいは、自分の夢の先にいる人とかだろうか。
ファンっていうのは、尊敬しているという部分はあるにしても、相手をそういう対象として見ているわけでもないから、この場合、他のアイドル、たとえば、私なら『FLURE』とかを挙げるのは違うだろう。そもそも、アイドルという括りなら、『FLURE』だけを尊敬しているわけでもない。
そうすると、身近な人になる。
それも、この番組というか、勝負の趣旨を考えたなら、私と奏音、両方が知っている人。
だとすると、事務所の先輩? でも、お題が単独を指しているみたいだし、グループを挙げるのはまずいのかな。そもそも、『LSG』と『iシナジー』のどちらに対しても、尊敬とか、憧れとかの気持ちはある。
でも、『iシナジー』はまだデビュー前だから、名前は出せない?




