余計なことをしているような余裕はないということを
今回のこと、多分、相手が求めていたのは共感してくれること。もしかしたら、辞める前の背中を押してほしかったなんてことも、考えられなくはないけど……まあ、ありえないだろうね。
まだ一緒に頑張ろうよ、とか、そうだよね、辛いから私も辞めたい、とか、辛いことがあるなら話聞くよ、とか。
でも、年齢も、経験も、ずっと下だった私には、彼女の気持ちが今理解できているとは言えない。人生経験からくるアドバイスなんて、もってのほかだ。
だから、彼女の気持ちに寄り添うことはできない。もちろん、口先だけならなんとでも言えるけど、そんなことをしても意味はないからね。
結局、厳しいかもしれないけど、嫌ならやめろ、そうなってしまう。
だから、私にできるのは、よりレッスンに打ち込むことだけだ。
「詩音ちゃん、奏音ちゃん」
レッスンの合間の休憩時間、望さん、本人じゃなくて、その周りというか、派閥の人たちが来て。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
私は奏音と視線を交わす。
これって、考えるまでもなく、あれだよね。今のこのギスギスとした関係性の中、自分たちの派閥のほうに、今のところはどっちにもついていないような私たちを取り込みにきたってことだよね。
今のタイミングで、わざわざ、養成所の先輩であるこの人たちが、ひよっこ同然の私たちに聞きたいことなんて、それくらいしか思い浮かばない。
朱里ちゃんも、年齢は違えど、私たちと養成所では同期だっていうことを、忘れているわけじゃあないと思うけど。
「なんでしょうか?」
とはいえ、先輩は先輩。
もしかしたら、全然違う話ということだって、考えられなくはないからね。
ダンスの振り付けの話とか、歌唱のときに気をつけていることだとか、そんな話なら、延々とできると思っているし、他の人とそういう話をするのも楽しみだ。
「うん。今のここの雰囲気のことなんだけどね」
とはいえ、現実はやっぱり、そううまくはいかないもので。
先輩は、一応、言葉を選んでいるみたいではあったけど、簡単に言えば、最近朱里ちゃんが調子に乗ってるから一発きつめのをかましておかない? みたいな話だった。
アイドルにとって、コミュニケーション能力は必要不可欠。ここは、学校とは少し違うけど、それを実践、あるいは、特訓する場でもあるとは思っている。
だけど、こんなことにまで、話を合わせたりする必要ってあるんだろうか?
正直、まったく興味もなければ、関心もない……とまでは言わないけど、こうして、こっちの練習の邪魔をしてこないなら、勝手にやっていてくれればいいとすら。
だって、この人たち、私たちより、二つも、三つも、あるいは、もっと年上なんだよ?
子は鎹っていうのは、両親の――家族の間だから使える言葉だからね。
もっとも、今のこの養成所の雰囲気が良くないものだとは思っているけど。できれば、仲良くと言わずとも、前向きな雰囲気ではいてほしいと思っている。
だって、これだけ、アイドルを夢見ている子たちが集まっているんだから、もっと、建設的な雰囲気は作ることができるはずだ。
技術を教え合ったり、情報を交換し合ったり、知識を共有したりして。ほかの人のやる気を見て、自身に負けん気を灯すのも良いだろう。
「そうですね。ギスギスしていますね」
とはいえ、アイドルというのは、それでも笑顔を浮かべるのが仕事だから。
もちろん、なんでもないように振舞っていても、それはそれで、この人たち、周囲に感心がないのかな? とか、そんな風に思われるかもしれないけど、もう、そこまでいったら、私たちにどうこうできることでもない。
ステージとか、舞台とか、カメラの前では嘘をつかなければいけないこともあるかもしれないけど、今、この場で自分を誤魔化す必要性は感じていない。それでも、言葉は選んだけど。進んで波風を立てたいわけでもないし。
「うん、そうなんだよね」
私の言葉をどう受け取ったのか、あるいは、自分たちに賛同してくれる気持ちが強いと思われたのかもしれない。
「だからさ、詩音ちゃんも、奏音ちゃんも、朱里ちゃんと仲が良いでしょう? 三人は同期みたいなものだし。それで、朱里ちゃんにもちょっと話とかしてもらえないかなって」
とりあえず、表面上だけでも、良い雰囲気でやりましょうってことだよね。私たちから、朱里ちゃんのほうを説得して。
それって、なにか意味があるのかな。
べつに、私に友達が少ないから、こういう考えになるわけじゃない……と思うけど。もし、もっと、友好関係の広い人なら、違うんだろうか。あるいは、そういう風にうまく関係を続けられているから、多くの関係を保っていられるってこと?
「はい。わかりました。じゃあ、私たちから、朱里に話してみますね」
私が、できる限り、驚いて見えないように奏音へと顔を向けると、奏音は視線で黙っているようにと言ってきた。もちろん、実際に、言葉に出したわけじゃない。
それは、相手にも伝わったと思うけど。
「ありがとう、よろしくね」
そう言って、先輩が去っていった後。
「奏音? どういうつもりなの?」
さっそく、奏音を問いただした。もちろん、小声で、ストレッチとかをして誤魔化しながら。
「だって、話長そうで、面倒くさそうだったから。それに、私、朱里と話をしてみるとは言ったけど、説得するとは言ってないし」
奏音は、やれやれと言った感じの口調で、あっさりとそう口にした。
私だって、遠慮する必要はないと思うけど。
「詩音だって、私と同じような考えでしょ?」
「それはそうだけどね……」
諍いなんてしているような暇はない。アイドルにかけられる期間は短いんだから、デビューすらしていない私たちに、そんな、余計な時間をとられているような余裕はない。
「でも、嫌な相手とも、コミュニケーションはしないといけないと思う」
「詩音も言うね」
だって、ほかに言いようがないというか、あくまで、そういうこともあるよねってくらいの話だからね?
「なにか、具体的な方法でもあるわけ?」
「ないけど、こういうときは、自分のことに集中しているのが一番だよ」
私も昔――今も、あんまり馴染めているとは言えないけど――疎外されていたことがあったからね。
そもそも、朱里ちゃんも気にしてないと思うし。
「それって、結局、無視してるってことじゃないの? 今、コミュニケーションをとるとかなんとか、言ってなかった?」
「違うよ。ちゃんと、朱里ちゃんと話はするよ。でも、それで奏音は、私たちがなにか言ったところで、朱里ちゃんが意見を変えたりすると思う?」
私は、この前話した感じだと、それはないと思っている。
朱里ちゃんとは――私よりストイックかもしれないけど――そういう部分は似ている部分もあると思うから。
「思わない」
「だよね」
だから、あちらが期待している話し合いとやらには、最初から無理があったんだよね。
話し合いって、片方を論破するのが目的でないなら、双方の妥協点を擦り合わせるのが目的だから。
でも、これって、妥協点を探るような問題じゃないし。
「私も、意見を変える必要とかはないと思う。でも、それならそれで、相手を納得、説得させるだけの理由が必要になるでしょう?」
たとえば、パフォーマンスで圧倒させるとか、そういう感じの。
余計なことに、いつまでもつまらない感情で囚われているのは、意味ないどころかマイナスだと思わせられるくらいの。
そうして、養成所の雰囲気も良くなるなら、私たちにとっても得になるわけでしょう? ライバルはいてくれるほうが嬉しいから。
まだ、始めたばかりの私たちにとって、見上げても見えない上だとか、突きあげてくる下だとか、そんなことを気にする必要は全くないんだから。
一番下っ端で、最も遠慮なく言えることのある私たちにしか、できないこともあるはずだ。




