『アイドルバトライブ』三回戦 ミスコン
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「さて、皆さんお待ちかね、三回戦は『ミスターのない、ミスコンテスト』です!」
休憩で下降したテンションを吹き飛ばすような、頭上の太陽にも負けないくらいの笑顔と声で、司会の柏原要さんと白石美緒さんが宣言すると、会場内のボルテージも一気に上がったように感じられた。
「参加者の皆さんには、それぞれ、順番にステージの上でパフォーマンスを披露していただきます。それぞれの持ち時間は二分以内。短くてもかまいませんが、過ぎれば強制的に終了となります」
「パフォーマンスの内容については、とくに制限はありません。それぞれ、自分の魅力を存分にアピールしてください」
いやあ、楽しみだね。
ただでさえ、魅力的なアイドルが、その自分の魅力を惜しまずどころか、よりいっそう、際立たせるようにアピールまでしてくれるなんて、そして、それを間近で見られるなんて。
「なお、今回の勝負は、ユニットではなく、個人で出場していただき、メンバーの順位に応じた点数がそれぞれ入るという仕組みになっています」
「人数の不利があるとは思いますが、そこは皆さんアイドルですから、それぞれのユニット、パートナーの点数と合計して、人数で割った平均点で勝負が決まります。つまり、人数の多さは関係がない、ということですね」
私たちは知っていたけど、視聴者に向けて、あらためて、勝負形式の説明がされる。
アイドルといえば、仲間とのステージ。それが大切だっていうことだね。もちろん、この後も番組は続くわけだから、ここでどうなろうと、喧嘩をしたりしない、あるいは、その様子を見せない、ということも。
「それでは、『アイドルバトライブ』三回戦、スタートです」
私たちはステージに揃って姿を見せる。
一気に画面が華やいで、ひな壇にいる参加者から、拍手が送られてくる
「ねえ、奏音。やっぱり、このステージって、おかしいよね」
「それは……詩音、多分、なにか違うこと考えているでしょう?」
隣の奏音に小声で話しかければ、奏音は賛成しかけて、すぐに、言い直した。
もちろん、私が言いたかったのは、八百長があるからなんていうことじゃない。
「なんで、私たちの立ち位置からだと、アピールしている人たちの後ろ姿しか見られないんだろうね」
当然だけど、私たちはステージの上に並んで立っていて、そこから一人づつ、ランウェイを進んでアピールする形式になっている。
そうすると、私たちの立っている場所から見えるのは、参加者が進んでいく後ろ姿だけ。スクリーンはあるけど、それも私たちの後ろ側だ。
もちろん、私だって、わかっている。これは、画面の向こう、視聴者に向けての放送なんだから、参加者である私たちじゃなくて、審査員とか、ファンの人たちとかに向けて、演技をする必要があるんだということは。そして、このステージに全員並んで立っているのは、少しでも長く、視聴者に私たちの姿を見せるように映すためだっていうことも。
でも、それならそれで、私たちだって、待機場所くらい、向こう側にひな壇でも用意してもらって、そこで見せてくれたらいいと思うんだけど。
姿を映すくらい、二画面というか、画面の下とか、上のほうにでも別枠で作ってくれたらいいよね。
それだと小さくなるわけだけど、どうせ、アピールしている人を集中的に映すわけだから、その間はどうしたって、他の人の姿は小さくなるか、あるいは、見切れたりするわけで。
そんな感じなら、べつに、無理に映さなくても良いよね、と思うことは変じゃないだろう。
「それは、後ろに立っているからでしょ」
奏音がごく普通の答えを返してくる。
さすがに、カメラの前、溜息をつくようなことはしなかったけど、視線でそれがわかるくらいには、私たちはユニットだということだ。
言うまでもなく、奏音にも、私がなにを言いたいのかということはわかっていながらの返答だ。
「それに、ここからだって、ちょっと横に顔を向ければ見られるでしょ。見にくくはあるけど」
「そうじゃなくて、私はアピールしているところが見たいの」
並んだアイドルの水着姿は、たしかに、壮観だ。それが近くで見られるのは、まさに至福と言っていい。
でも、それはそれ。せっかくなんだから、一番の見どころを見たい。
だって、ライブに置き換えたら、アピールってようするに、ファンサのことだよね。
正面にいれば、直接受けられるんだよ? もちろん、カメラに向かってやるわけだけど、正面に近い位置で見られるなら、それでも十分。
「あとで、アーカイブを見返したら?」
「それは、見返すけど、そうじゃなくて、生で見たいの」
といったような会話を、全部、笑顔を浮かべたまま、口先だけでやり取りする。
カメラに会話を拾われるわけにはいかないからね。もちろん、インカムのスイッチはオフにしている。べつに、この待機場所? でオフだったところで、アピールの最中にオンにしていれば問題はないはず。
「言っていても仕方ないでしょ。それより、詩音に限って、万が一にも大丈夫だと思うけど」
「万が一にも大丈夫って、言葉おかしくない?」
また、現代文の勉強をさぼっているわけじゃないよね?
「詩音なら、よっぽど馬鹿なことを考えていない限り、問題ないと思うけど」
それでも、奏音は言い直して。
「今はステージに集中して。詩音の一番可愛いところは、私だって楽しみにしてるんだから」
「一番可愛いところって言われても……」
自然体っていうこと? もちろん、ステージの上で、いきなり、大好きなアイドルについて話し始めるとか、そんなことをするつもりはない。
どう考えても、時間が足りないから。
この場で、アイドルについて語るとすれば、やっぱり、参加しているアイドルの話になるとは思うんだけど、全八組分を話すには時間が足りないし、だからといって、私の一番好きな――どのグループも好きだけど、あえて選ぶなら、ということで――アイドルということで、この番組とは全然関係ない相手の話をし始めるのもねえ。
どうせ、私がとくに好きなアイドルグループがどこかなんていうことは、事務所のホームページとかにも載っているわけだから。
「いつもどおりでいいってこと。むしろ、気負ったり、演技したりなんてしないほうが良いかな。まあ、気合入れて、可愛いに全振りした詩音も見てみたいけど」
「なにそれ」
アイドルとして、それなりには演技というか、立ち居振る舞いも勉強してはいる。もちろん、本職の役者の人とは比べものにもならないけど。演技よりは、歌とかダンスに時間を費やすべきだ(と思っている)からね。
とはいえ、もともと、媚びるようなことをするつもりはなかった。
私だって、視聴者なら、わかってはいても、アイドルの自然体な様子を見たいと思うから。
「じゃあ、日曜朝の美少女アニメの名乗りのシーンを借りてアレンジして」
「必要ないから。詩音は詩音のままでいいから」
残念。ちょっと、面白いかな、なんて思ったけど。
これは一応、ユニットとしての勝負でもあるわけだし、奏音にだめと言われたら諦めるしかない。
今までの勝負とは違い、サクサクとステージが進む……ように感じられる。好きなことをしている時間は過ぎ去るのも早く感じられるあれだ。
もちろん、今までの勝負だって、楽しかったことは事実だけど、これはライブと並んで、まさにアイドル、っていう勝負だからね。『アイドル』というものの本職というか、まさに芸能界という中で、さらに、あからさまなルッキズムの権化というべきか。
「では、お次は『ファルモニカ』月城詩音さんです、どうぞ」
名前が呼ばれ、意識が切り替わる。




