なにをしに来ているのか
アイドルとは、イメージで売っている仕事でもある。
実態はどうあれ、他人の悪口を言う、といったような噂がついているのは、非常によろしくない。
ましてや、ここの事務所と養成所は繋がっている。そういった話は、すぐに届くことになるだろう。
半面、だからこそ、あからさまにいじめみたいな、あるいは、嫌がらせみたいなことは起きにくいんだけど。それこそ、朱里ちゃんが言っていたいみたいに、ここになにをしに来ているのかって話にもなってくるし。
とはいえ、この雰囲気は、由依さんや蓉子さんみたいに、外から言われてどうこうできるものでもないんだよね。真雪さんも積極的に関わってくるようなタイプじゃないし。
ライバル意識や対抗意識はあって当然、むしろ、あるべきと思っているけど、これは違うよね。
いくらここがまだ養成所、アイドルとしてデビュー認知されているわけじゃないとはいえ、それがわからない朱里ちゃんでもないと思うんだけど。
「では、朱里さん。お話を聞かせていただけますか?」
レッスンの時間を終え、そのままそれぞれ解散、帰宅――と、いつもならそんな流れになるんだけど、今日は蓉子さんに引き止められていた。
事務所じゃなく、まだ養成所であるにもかかわらず、そこの雰囲気の維持、改善まで手掛けているのか。
まだインターンなのに? 本当に、蓉子さんには足を向けて寝られない。
それはひとまず、おいておくとして。
「蓉子さんに聞いていただくほどのことでもありません。彼女が辞めたがっていたので、背中を押してあげたまでです」
でも、それって、相手が崖っぷちに立っていた場合、突き落とすって呼ぶんだけどね。
一応、私と奏音は中立の立場として、どちらの供述の場にも参加することになっている。
本当に。
「……私たち、喧嘩の仲裁じゃなくて、アイドルデビューのためのレッスンに来ているはずなんだけど」
「あはは……」
奏音に耳打ちされて、私は笑うことしかできない。
実際、安くはない料金を払ってここへ通わせてもらっているわけで、こんな事情聴取みたいなことで時間を潰されるのは、契約違反にもあたるだろうことは、間違いではないと思う。
とはいえ、事務所側としては、当然、デビューまで導いたほうが業界内の評判も良くなるわけで、こんなくだらない――こんなことにかまっている暇ではないというのは、私たちとも同じようなものだろう。当然、預かっている立場としての責任なんかの話もある。
「これはしばらくかかりそうだね」
「うん」
私は、スマホで母にメッセージを送っておく。
位置情報的には、養成所にいるわけで、誘拐されたり、ましてや、迷子になっていたりなんてことではないことは伝わっているだろうけど、いつもより帰りが遅くなれば、心配はされるわけで。
隣で、同じように奏音もメッセージを送っている。
「背中を押すというのは、具体的には」
「辞めたければ黙って辞めればいいじゃない、それから、仲良しこよしのお友達ごっこに巻き込まないで、みたいなことも言いましたね」
朱里ちゃんは悪びれる様子もなく、淡々と説明する。
実際、私も、朱里ちゃんが悪いとは思っていない……いつもどおり、口調は厳しかったなあとは思うけど。
「……そうですか。ここは養成所であって、学校ではありません、ましてや、事務所でもありませんから、皆さんの雰囲気が悪くなろうと、こちらからこれ以上の干渉をすることはありません。ただ、アイドルとしては、ストイックさが必要なことはもちろんですが、なにより、コミュニケーション能力が必要なのだということは、わかっていてくださいね。私に言われるまでもないことだとは思いますけれど」
蓉子さんはまた別室へ向かう。今度は、彼女たちのほうに話を聞きに行ったんだろう。
私と奏音の息を吐くのが重なる。
「ドラマやら漫画やらだと、ここから、お互いぶつかり合って、認め合って、仲直りして、より強い絆で結ばれて、みたいなイベントがあるけど、現実だと、なんとなく距離とってそれまでよね」
「ちょっと、奏音、なんてこと言うの」
嘘から出た実とも言うんだからね?
「だって、よっぽど仲の良い友達だとかってことなら話はべつだけど、私たち、ここに通っている全員と友達ってわけじゃないし。さすがに、足を引っ張り合っていてくれてラッキー、とまでは言わないけどさ」
彼女たちも、レッスンの時間が終われば、帰宅せざるをえなくなる。
ここに泊まったりもできないし、家で自主練とかならともかく、蓉子さんだって帰宅するわけだし、そもそも、鍵はかけられるわけで。
「そう言うってことは、詩音は仲直りしてほしいと思ってるの?」
「それはそうだよ」
皆で仲良く、なんて雰囲気を望んでいるわけじゃない。
ただ、人が多いほうが、いろんな歌やダンスを見たり聴いたりできるわけで。
今はまだ、参考にできる相手なんて、多いに越したことはないからね。
もちろん、デビューの座を争っているライバルだってことはわかってるけど。
「はあ。詩音って、損な性格してるよね」
「損かな? そこまで言われるほどじゃないと思うけど」
それは、奏音ほど現実主義的じゃないと思うけど。そういう意味でも、奏音は朱里ちゃん側に近いってことだよね。
私だって、どっちかって極論を求められたら、朱里ちゃん側につくだろうけど。でも、仲良くしてほしいと思っているのも本当だから。たとえ、ライバルであっても。
むしろ、奏音のほうこそ、仲直りしないでいいとでも思ってるってこと?
「とにかく、なんとなく距離とって終わり、なんてさせないからね」
全員がデビューできるとは限らないってことはわかってるけど、それでも、私は、こんな雰囲気のままここに通っていたくはない。
「なにか考えがあるの? 蓉子さんに任せておいたほうが良いんじゃない?」
仕事も忙しいだろう、由依さんや真雪さんにまで頼ることはできない。所詮、私たちは、プロじゃなくて、養成所に通っているうちの一人にすぎないから。
「そんな大した考えがあるわけじゃないけど、でも、少なくとも、双方の話を聞かないと始まらないよ」
その場にいたわけだから、大筋は理解できているけど。
ただ、時間をおけば、両者ともに冷静になって話もできるかなと思っているだけ。間に第三者を挟めばなおさら。
私にだって、メッセンジャーくらいのことはできる。
「朱里ちゃん――」
「私の意見は変わらないわよ。もちろん、意思もね」
まあ、正直、そのことはあまり期待していなかったというか、予想どおりというか。
そもそも、どちらかといえば、私たちは朱里ちゃん寄りな考えのわけで。
「わかってる。でも、一応、しっかり、意思を伝えあったほうが、すっきりはするでしょう? だから、もう一回くらいは、向き合って、話し合ってね」
私たちにできることなんて、限られているけど。
「……向こうにその気があればいいけどね」
朱里ちゃんが呟く。
「私は早く帰りたいだけだよ」
奏音が身もふたもないことを言う。
私だって、それは思っているけど。
「言われてすぐに変わるような意思でもないでしょ。今日、この時間だけで片が付くとも思ってないわ。もし、本当に片が付くようなら――」
朱里ちゃんは言葉を呑み込んだけど、私にはそこに隠された言葉がわかった。
所詮はその程度の気持ちだということでしょう、そう続けようとしたんだよね。多分、私たちの前だから呑み込んだんだとは思うけど。
「それより、あなたたち、帰りの時間は問題ないの?」
私と奏音は顔を見合わせて、小さく苦笑して。
「はい、連絡はしてありますから」




