オーディションを受けよう
アイドルになるために、ほとんど必須になるだろうことは、養成所というところに入ることだった。
養成所というのは、アイドルになるために必要なスキルであるうちの、ダンスや歌のレッスンを受けられる場所だ。
そのほかにも、オーディションを受けて合格するとか、それこそ、直接スカウトされる、芸能事務所に入るなど、方法はあるわけだけど。
結局、アイドルになった後、ダンスや歌のスキルは必要になるわけで、それなら、それらも教えてもらえる養成所というのが、スカウトやら、オーディションやらを待つよりは近道ではないかと考えた。それに、養成所は事務所と直結している場合もあるらしいし。
その最低限というのがどの程度なのか、見学に行ったことのない私にはわからなかったけれど、ダンスは教室で、歌は自分で、とにかく、できる限りのことはしてきたと思う。もちろん、体力作りも同じことだ。
そして。
「詩音。本当にアイドルになるつもりだったら、養成所というところに入ってみたらどうかな?」
養成所というもの自体は、父や母のスマホで調べることができたから、存在は知っていた。
むしろ、どう切り出そうかと考えていたところだった。
「うん」
一も二もなく頷いて、その数日後には、私は養成所のオーディションへ向かっていた。
オーディション自体は無料での参加で、ネットでの応募も受け付けていたため、それ自体はなにも難しいこともなく。
ただ、さすがに、私も中学生になったばかりで一人で最初から全部というのは難しく、母に付き添ってもらう必要はあったけれど。
「行ってきます」
「ええ。応援しているわ」
オーディション自体も保護者は観覧したりしない。
私がついたときにはすでに、複数人の子たちがいて、すでに一人でいたり、親子で連れ添うようにしていたり、それぞれがこれからのオーディションに備えているみたいだったけれど。
扉が開き、新しい人が入って来るなら、注目はされるだろう。もしかしたら、試験官や面接官、スタッフの人かもしれないし。
けれど、私はただの子供であって、こんな子供が、しかも、両親に連れ添われて訪れたような子が、試験官であるはずはない。
もともと、保育園では遠巻きにされていたこともあり、こんな風に、初対面から、ちらちらと伺いみるようなものだったり、あるいは、はっきりとした注目の視線を受けるというのは、最初はそうであっても、継続されてということにはならなかったのだけれど。
小学校に通っていたころも、友達はいたけれど、大の仲良し、という感じではなかったから。
とはいえ、気にしていても、どうにもできないとはわかっていたし、ここにいる子たちは、オーディションを受けに来た子たち、つまり、ライバルだ。
あるいは、注目されているというこの状況は、使えるかもしれない。
「月城詩音と言います! 今日は、よろしくお願いします!」
アイドルに大切なものの一つは、笑顔、そしてコミュニケーション能力だ。
もちろん、それはどんなことにおいても一定には必要なことかもしれないけれど、イメージが売りのこの世界で、他の相手に悪印象だとか、嫌われていたりでもしたら、仕事にならない、ありつけないことも多くなるだろう。
それに、もし、オーディションに合格して養成所に入ったなら、もちろんデビューを目指す同期のライバルということは変わらないけれど、一緒にユニットを組んで、なんてことになるかもしれない。
それなのに、最初から喧嘩腰で、ライバル調子で、近付かないオーラみたいなものを発してしまうのは、よくないだろうから。
「すっごい! 白い髪だ!」
それでも、こんな風にはっきり言ってくる子には直面したことはなかったけれど。
大抵、遠巻きにこそこそと話しているか、関わってこないか、あるいは、ほんの少しの悪意を持ってこられたりしたこともあったけれど、ここまで、興味津々という様子で来られることはなかった。
「ねえ、どうしてるの? 染めてる? なんで白にしたの? 触ってみていい? よく見ると目も青いんだね。カラーコンタクト? もしかして、日本人じゃないの?」
そういう彼女の瞳は、好奇心と興味に溢れていたけれど、そこに負の感情などは見当たらなかった。
もちろん、私は心理分析なんかの専門家でもないし、彼女もアイドルになろうと思ってここに来ているのだから、嘘や誤魔化しは得意かもしれないけれど。
「あっ、ごめん。私は如月奏音、よろしくね、えっと、詩音ちゃん」
詩音ちゃん? なんて、初対面で呼ばれることはなかったけれど、そんなことで戸惑ったりはしない。
「こちらこそ、よろしく、奏音ちゃん、それとも、奏音さん、かな?」
聞けば、彼女も私と同じ、中学一年生らしい。
「同い年なんだ。じゃあ、あらためて、よろしくね、詩音」
「うん」
最初からライバルとして、一定の距離を保とうなんてことは考えていなかった。
この場の何人が合格するのかわからないけれど、できることなら、全員と仲良くなっておきたい。
「はぁー、それにしても、すっごく可愛いね、詩音」
「奏音も可愛いよ」
実際、奏音はカリスマ性のあるビジュアルをしていると思う。
もちろん、この場に集まってきているのは、これからアイドル、つまり、ルッキズムを売り物にしようと思っている子たちであって、顔が良いこと、それに自信があることなんて、ある意味、前提みたいなところはあるかもしれないけれど。
実際、他の子たちを見回してみても、奏音に対して、そこまで、引けを取っているとは思えない。
「私は染めてるわけじゃなくて、祖母が外国人の、クォーターとかってやつなんだけど、奏音はどうなの?」
「私は、よくわからないけど、染めてたりするわけじゃないよ。でも、目立つのには丁度いいから、良かったと思ってる」
どうやら、今の私とは、似たような思考をしているみたいだ。
「しおん……しおんって、どうやって書くの? もしかして、詩歌の詩に、音楽の音?」
「そうだけど」
そんなに珍しい名前でもないと思うんだけど。
奏音は私の手を握って。
「私の奏音も、奏でるに音楽の音って書くんだよ」
「そうなんだ」
それぞれ、読み方は違うけど。
「じゃあ、私と奏音がユニットを組むんなら『アンサンブル』とかになるのかな?」
「あんさんぶる?」
正しい綴りはensemble――ようは、合奏とか、合唱とか、演奏の調和具合、みたいなことを指す単語なんだけど。
「私の、詩音の音と、奏音の音が重なるからね」
「へえー、すごい。そんなこと、よく知ってるね」
一応、私は祖母の血を四分の一引いているクォーターなわけで、多分裕福なんだろううちは、海外旅行、つまり、祖母の実家があったところを見に行ったこともあったからね。
もちろん、今は祖母はこの国で暮らしているし、生家とかが残っていたりするわけでもないんだけど。
それに。
「昔から、歌うのは好きだったから」
それに関係する言葉も自然と覚えたって感じかな。
そう答えると、奏音は、いっそう、目を輝かせて。
「詩音も歌うの好きなんだ。私――あっ、ごめん、なんでもないの、やっぱり忘れて」
しかし、答えを濁した。
そこまで言ったのなら、いまさら、隠す必要もないと思うんだけど。
そもそも、ここはアイドルの養成所に入るオーディション会場で、歌も審査項目にあるんだし。ここにきている時点で、歌とかダンスは、皆、好きなんじゃないだろうか。
「奏音?」
気にはなったけれど、人の隠し事を暴こうとするほど、悪趣味じゃない。