推しの活躍を祈るのは当然
それぞれのグループで人数が違うわけだから、直接やり取りをする体力勝負のようなものはないだろう。
たとえば、水上騎馬戦みたいなものだと、三人以上――それでも、頑張れば、だけど――ならば騎馬を組むことができるけど、私と奏音でやったら、せいぜい、サボテンか、かかしか、肩車程度。
しかも、水の中(あるいは、水上かもしれないけど)だから動きにくくなるわけだし、不利なんていうレベルじゃないハンデになる。だからといって、スタッフの人が助っ人で参加する、なんていうことにもならないわけで。
もちろん、番組側で、各ユニット間の人数格差なんていうものは、あらかじめ把握されているはずだから、心配するだけ無駄だろうね。
今回の『シーサイドアスレチック』も、個人個人のタイムを競うもので、必ずしも、ユニットのメンバー同士で協力し合う必要はない。
アイドルのライブ、ステージは、仲間と一緒に作り上げるものだけど、いつも一緒にいるというだけじゃあ、成長はないわけで。
それに、私と奏音みたいに、ユニットを組んでいて、仲も良いけど、ライバルでもあるという関係性もある、というより、それが普通だと思っているから、普段から近くにいて、なにかと競いがちな相手と同時に挑戦させるというのは、良い活躍、友情、競争、そういったものを自然に演出できることにも繋がるから。
個人的には、一斉スタートで、ほかのユニットの人たちとも交流を深めたかったところだけど、そうも言ってはいられない。一応、待機場所だったりで、話したりできるといえば、できないこともないから。
幸い、今日は気温もそれなりに高くて、ただ待機しているだけでも、寒くて風邪でもひきそうになる、なんていうことはない……もちろん、ステージから落ちて、海にどぼん、なんてことになっていたら、話は変わるけど。
「……そう考えると、後のほうが不利かも」
「どうしたの、詩音」
隣にいる奏音がわずかに首を傾げる。
「ステージの特徴とかをよく見られるから、後の順番のほうが有利かもしれないって思ったけど、多かれ少なかれ、私たちが通った後って、濡れたり、砂まみれになったりするでしょう? 通り過ぎた後に掃除する様子も見られないし。そうすると、滑りやすくなったりで、後のほうが不利になるかもしれないから、そう考えると、必ずしも後のほうが有利っていうわけでもないところでバランスが取れているのかなって」
「意外と真面目に考えてたんだね、詩音」
意外と?
「私はいつだって真面目に考えているでしょう?」
「てっきり、ほかの人たちの水着姿に見惚れて眼福、もうこれで今日は良いかな、なんて思ってるんじゃないかなって思ったんだけど?」
まったく、奏音は冗談がお上手だね。そんなの、少ししか思ってないよ。
「そんなわけないでしょう。あの件があるんだから」
小声でも言えないことだけど。
とはいえ、奏音にはそれだけで伝わる。昨日話しているからとかっていうことじゃなくて、ユニットを組んでいるからかな。
私はさらに、慎重に、周囲に気を配りながら。
「もしかしたら、あの障害物自体になにか仕掛けがあるかも、なんて考えたりもしたんだけど」
「たとえば?」
そうだなあ。
網になっている綱のところだけど、実は、ある部分だけすっぽ抜けやすくなっていて、そうでない部分には印がついているとか。
雲梯のところも、滑りやすくなるように、オイルが塗られているとか。水上だから誤魔化しやすいし。さすがに、こっちはすっぽ抜けると大変だから、そこまではやらないにしても。
飛び石みたいになっているところも、わずかに距離を離すだけで、難易度の調整はできるわけで。
「――まあ、さすがに、疑いすぎだっていうのはわかってるんだけどね」
「露骨にアイドルを危険にさらすような仕掛けにはなってないんじゃない?」
そうだよね。
「あとは、ユニットごとでは同時スタートっていうのが」
「それは普通なんじゃない? 一応、アイドル同士が競い合うっていうことだし、ユニットごとで点数が出るんだから」
まあ、そうなんだけど。
実際、アイドルのライブは、仲間と一緒に作り上げるものだから、ユニットのメンバー同士で結束、協力して、障害を乗り越えていくっていうストーリー自体は、アイドルとしての要綱を満たすようなものではあると思う。
さすがに、中継のある中、露骨にはやらないと思うけど、同時にスタートだと、互いを妨害できるからね。そういうのは、絵的には、あまり望まれていないということなんだろう。
「それにしても」
「うん」
あらためて、見てみるまでもなく、皆、私たちより年上なんだよね。
一歳、二歳くらいしか違わない人もいるけど、この年齢の一年は結構大きいと思う。具体的には、女性的な魅力の部分とか。
普段、由依さんとか、真雪さんで見慣れていて、もちろん、あの二人は本来、そっちの道のプロであったほうが先なわけだけど。それぞれの想いはべつにして。それだって、直接どうこう聞いているわけでもないし。
それでも、私たちと比べたら、身体のメリハリがはっきりしているというか。
「大丈夫だよ、詩音。運動能力的には、私たちのほうに利があるから」
「そうだね」
もちろん、普段のレッスンとか、トレーニングのこともあるし、全員、私たちより先輩で、鍛えていた期間的にも、向こうに分があるわけだけど。
それでも、すくなくとも、体重は私たちのほうが軽いはずだし、風もそこまでないから、バランスを崩すほどに吹かれる、なんていう事態にもならないはず。
「そろそろ行こう、詩音」
「うん」
私たちの順番が次の次なので、待機場所から、スタート前の待機場所に移動する。運動会で、生徒観覧席から入場門まで移動するようなものだ。
私たちの前の順番のグループは、件の『リリカルパッション』。
「あ、詩音ちゃん、奏音ちゃん、いらっしゃーい」
にこやかに手を振ってくれる『リリカルパッション』のメンバーの人たち。
皆、それぞれのメンカラーに合わせた色の水着を着ていて、とても素敵だ――じゃなくて。
「沙穂さん、頑張ってください。応援していますから」
小倉沙穂さんは、ピンク色をメンカラーにしている、『リリカルパッション』のリーダーだ。
髪もピンクがかっていて、ツインテールに結わいている。
もちろん、私も牽制とか、皮肉とか、そんなつもりで言っているわけじゃない。ほかのアイドルの活躍が見られるのは、本心から嬉しい。人目を憚るに注用がないなら、拝み倒していたかもしれない。
まあ、それは冗談――じゃ、ないこともないかもしれないと言い切れることでもないんだけど、ひとまず、おいておく。
「ありがとう。でも、詩音ちゃんたちも、負けませんとか言ってなかった?」
沙穂さんが悪戯気に笑う。
「それとこれとはべつです。ファンとして、推しの活躍を祈るのは当然です」
「詩音は誰にでも言っているので、あまり、気にしないでください」
流れ作業のように、奏音からのツッコミが入る。
「あはは。二人とも仲良いんだね。やきもち妬かなくても、盗らないよ。多分」
沙穂さんは冗談めかして。
私も『リリカルパッション』の中に入っていこうとは思っていない。今は。昔は、アイドルグループの中に入れたら楽しそうだな、なんて、考えることはあったけど。
いや、今もその気持ちがまったくないわけじゃない、たとえば、シャッフルユニットとかは、面白そうだし。
でも、今の私は『ファルモニカ』だから。




