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輝きが向かう場所  作者: 白髪銀髪


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聞いてしまった話

 ◇ ◇ ◇



 番組側で、近くの宿泊先――ホテルの部屋をいくつか押さえてくれているということで、私と奏音は会場周辺の確認、空気に慣れるために、前日に蓉子さんに車で送ってもらって現地入りした。 

 一緒にスタッフの人たちへの挨拶を済ませて、蓉子さんは、明日の迎えには来ますと言い残して、戻っていった。 

 私と奏音は、同じ部屋で。


「詩音。探検いこう、探検」


「なに言ってるの、奏音」


 妙にテンションの高い奏音。

 私たちがなにをしに来ているのかっていうことは、忘れていたりしないよね?


「蓉子さんは多分、明日までは来ないんだから、下手な問題が起こるかもしれないような行動は避けるべきだと思うよ」


 夕食とか、お風呂とかにまで行かないで部屋で済ませよう、なんて言っているわけじゃない。

 

「じゃあ、私一人で行ってくるね」


「え? ちょっと待って、奏音」


 本当に出て行こうとする奏音の手首を捕まえて、引き止める。

 

「大丈夫だよ、サングラスと帽子は持っていくから」


「そういう問題じゃなくて……わかったよ、私も一緒に行くよ」


 奏音を一人でなんて行動させられない。

 もちろん、私だって、一人で行動するつもりはない。


「やった。詩音、大好き」


 奏音が首元に抱き着いてくる。

 

「ちょっと、奏音、暑いから離れて」


 あー、と情けない声を上げる奏音を無理やり引き剥がして、一応、変装のために、髪を纏めてマスクをつける。

 

「詩音。日焼け止め塗った?」


「うん」


 塗り残しなく。商売道具だからね。

 綺麗に掃除の行き渡っている廊下を進む。

 もしかしたら、私たちみたいに前ノリしているであろうスタッフの人とすれ違ったりするかと考えたりもしていたけど、今日はまだ、大まかに言えば、オフのはずだから、会ってもわからない。

 当日、顔を合わせて挨拶をした後であれば話は違うけど、スタッフの人の顔まで、覚えているわけでもないし、そもそも、誰が来ているのかということもわからない。

 貸し切りということでもなく、挨拶されるか、スタッフとひと目でわかる格好をしてでもいない限り。

 フロントで鍵を預けて、奏音と向かうのは、会場の下見。

 探検、とは言ったけど、ようするに気分転換の散歩のようなものだから。 

 

「ステージ作ってるね」


「うん」


 ホテルを出てすぐの海岸に作られている特設ステージ。

 海岸自体が広くとられていて、波打ち際までは結構しっかり距離がある。

 物珍しそうに見物している人たちもいるし、海や砂浜で遊んでいる人たちの姿もある。今日はまだ、一般にも開放されているから。

 

「明日も晴れだって、良かったね」


「そうだね」


 雨でも撮影はするんだろうか?

 海のすぐそばだし、危ないから、やらないだろうな。

 とはいえ、企画趣旨からいって、晴れであるのが好ましいのは間違いない。

 

「邪魔したら悪いから、近付かないで、奏音」


「わかってるよ」


 そのくらいで、とは思うけど、気を散らせたり、使わせてしまうのも、忍びない。

 今日はこれから、番組の打ち合わせ、というか、事前の顔合わせみたいなものがあって、夕食はホテルのビュッフェ。その前後、間にはなにも予定はなく自由時間になっている。

 とはいえ、その打ち合わせまでも、まだ時間は十分にあるから。

 

「ちょっと、走ったりしない、奏音」


「私も言おうと思ってた」


 あんまり遅いと危ないと言われるだろうから、夜にはできない。

 そうすると、多分、今が一番良いタイミングだと思う。

 一旦、部屋に戻って、運動着に着替えてから、砂浜だし、転んで怪我をしたりしないように、しっかりとストレッチは済ませて、奏音と並んで海岸線を往復する。

 潮風は、あまり気持ちが良いとは言えず、結構べとつくし、足は取られそうになるし、こけたら貝殻とか、石とか、怪我につながるだろうから、普段以上に気を張るし、トレーニングにはなるのかもしれないけど、あんまり良い環境とは思えない。

 アスファルトの上を走るよりは、身体にとっては、良いのかもしれないけど。

 まあ、普段の街中より、ロケーションが素敵だったっていうのは、そのとおりだけど。

 もっと、南のほうだったら、海の色とか空の色も、もっと住んでいたり、周囲の景色とかも良かったのかもしれないけど、それは言っても仕方がない。

 

「この海岸線って、どのくらいの長さなんだろうね?」


「わからないけど、時間で良いんじゃない?」


 首からかけるタイプのストラップに入れて持ってきているスマホのタイマーをセットする。時間は、だいたい、ニ十分とか、そのくらいで。

 明日、収録があるわけだから、疲れを残したりしてもよくないし。

 走っている間には会話をしたり、なんていうことはない。トレーニングの一環なわけだから、ましてや、今日はここで、ほかのレッスンを受けられるわけでもないから、その分、しっかりやらないと。

 ひとしきり、汗をかいて、近くの水道でのどを潤してから、ホテルに戻る。 

 

「大浴場みたいなところがあるけど、どうする? 行ってみる?」


 一応、部屋にも手洗いと併設されて、カーテンで仕切られているような浴槽はある。

 

「奏音は行ってみたいんじゃないの?」


 顔にそう書いてあるし。


「詩音は行きたくないの?」


「ううん、そんなことないよ。行こうか」


 一応、使ってはいけないとは言われていなかったはず。

 

「あ、奏音、待って。どうせなら、一緒に夕食も済ませに行こう」


 食事はビュッフェ形式だけど、会場に入るために券が必要。

 これは、朝食だけ、という人にはフロントでそのときにもらえるみたいだけど、宿泊客には、その部屋に準備されていて、それと引き換えに、翌日の朝の券をもらうことができる仕組みになっているらしい。

 大浴場へ向かって、一旦部屋まで券を取りに戻ってきて、それからまた向かう、なんていうのは大変だから。


「うん。それにしても、こんなホテルまでとってくれるなんて、太っ腹な会社だよね」


「そうだね」


 もちろん、貸し切り、なんてことは全然なくて、一般のお客さんも利用している。

 

「浴衣の貸し出しもあるみたいだよ。そういえば、浴衣って、この間は写真なかったよね。詩音、着てみる?」


 貸し出しというよりは、部屋に準備されていて、ご自由にお使いください、みたいな感じだけど。

 

「私はいいかな。奏音が着たいなら、着たらいいと思うよ」


 そのときは、カメラマンでもやろうと思うけど。


「ううん。べつにそこまじゃない。詩音が着たいなら、お揃いにするのも悪くないかなって思っただけだから」


 大浴場の利用者はほとんどいなくて、貸し切りみたいな状況だった。

 

「詩音の家のお風呂場より広いね」


「あたりまえでしょう」


 比べること自体、間違ってると思う。

 広々とした浴場と、サウナとか、ひととおり試して。


「んー、さっぱりした」


 そのまま、食事会場へ向かおうとしたところ。


「あ」


「どうしたの、奏音」


 奏音が荷物を、というより、ポケットを探し始めて。


「ごめん、詩音、チケット落としてきちゃったから、先行ってて」


「なに言ってるの。私も付き合うよ」


 どうせ、大浴場まで、そんなに距離があるわけでもない。

 無事、チケットは浴場の着替えの籠の中にあって、一緒に戻ろうとしたとき。


「――ええ。わかっています。優勝するのは『リリカルパッション』さんになっておりますので」


 そんな声が聞こえてきた。

 べつに、私たちは悪いことをしているわけではないけど、つい、女風呂のほうの暖簾をくぐるのを躊躇してしまう。


「知ってる?」


 奏音が私の肩を突いて、耳打ちしてくる。

 本当に、不本意ではあったけど、私は頷いた。

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