『付き合わせて』じゃない
私と奏音――というより、高校生未満の生徒は、個人的なSNSの利用を禁止、あるいは制限されているけど、朱里ちゃんとみなみさんはどちらも高校生。事務所側からの制約はない。
つまり、デビューに際して、自分たちでも、SNSで宣伝をかけることができるということだ。
さっそく、公式のSNSでも告知しているし、二人で撮った宣伝も上げられている。
「良い曲ですね」
まだ発表前だから、一部分、おそらくはサビの部分だけだろうけど、『相乗効果』の、PVもどきのような動画がアップされている。
「早く通しで聴いてみたいね」
奏音なんかは、すでに、鼻歌のように口ずさんでいる。
たしかに、このPVに使われている映像は三十秒程度のものだから、いつもの、四分とか、五分くらいある曲に比べたら、圧倒的に短いわけで、それでもすぐに覚える奏音にとって、朝飯前のことなんだろうけど。
「はぁー、すごいねぇ、奏音ちゃん」
みなみさんも、普段は半開きくらいの目を丸くしていたし。
「私たちも結構時間がかかったのに」
朱里ちゃんが言っているのは、多分、デビュー曲でも、歌詞からこだわったということなんだろう。
デビュー曲に関して、私たちはコンセプトだけで、作詞作曲はプロの人たちに頼んだわけだけど、このPVによれば――嘘をつく理由もとくになく――作曲はともかく、作詞は朱里ちゃんとみなみさんでこなしたということだ。
その、自分たちで作った歌でさえ、実際にメロディに乗せて歌うのに手間取ったというのに、初めて聴いて、譜面を見たわけでもないのに、それだけで耳コピしてしまった奏音が異常だということだ。
「奏音は異常だから、一緒にしてたらだめだよ、朱里ちゃん、みなみさん」
奏音と付き合う中で、学んだことの一つだ。
もちろん、負けたままで良しとしているつもりはない。
でも、基本的にというか、普通の人は、反復して、練習して、ものしていくものだ。それを全部すっ飛ばす奏音が異常だというのは、客観的な事実だろう。
「異常って、ひどくない、詩音」
奏音が恨めし気に私を見て、そんなことを言うのはこの口か、と頬を引っ張る。
「ひゃめれー」
まったく、アイドルの頬を引っ張るなんて。奏音には困ったものだ。
ひとしきり弄んで満足したのか、奏音が手を離す。そのときまで、朱里ちゃんも、みなみさんも、見ているだけで助けてはくれなかった。
「助けてくれてもいいのに」
頬を揉みながら、薄情な同期に視線をぶつける。
「仲の良さそうなところに水を差すのもどうかと思っただけよ」
朱里ちゃんは悪びれもせず、肩を竦める。
「私も引っ張って見ていいぃ?」
みなみさんにいたっては、そんなことまで言い出し、答えも待たず、私の頬を摘まむ。
「すごーい。よく伸びるねぇ」
「あー、詩音のもちもちは私のものなのに」
憤っているところ悪いけど、奏音のものでもないからね。だとすると、悪いと思うこともないのか。私は被害者なわけだし。
あまりにも奏音からのスキンシップが常態化していて慣れそうになってきていたけど、そもそも、無駄に頬を引っ張るのをやめてほしい。
「えっとぉ、じゃあ、お礼に詩音ちゃんも、私の頬っぺた引っ張っていいよー」
みなみさんが、はい、と頭を傾けて、頬を差し出してくる。
「いえ、その、ありがたいですけど、止めておきます」
今はまだ、四人だけ――私と朱里ちゃんを除けば二人だけ――で済んでいるけれど、ここで、私がそのお礼とやらを受け取ったなら、静観している人たちまで加わってきかねない。
決して、みなみさんの提案が魅力的じゃないとか、そういうことでもないけど、今、ここでは止めておく。
「朱里ちゃん」
「なによ。私はべつに、引っ張りたいとか、感触を確かめてみたいとか、そんなこと思ってないわよ」
まだそこまで言ってないよ。というより、朱里ちゃんはどちらかと言えば、止めてくれる側だと思っていたのに。
「……そうじゃなくて、デビュー曲の感触はどんな感じだった? あとは、みなみさんとの一緒に合わせた感想とか」
二人とも、そんな必要はないと言うだろうけど、推薦というか、提案した手前、二人の相性が気にならないと言えば嘘になる。
歌うときのシンクロ度合いとか、ダンスのイメージだとか、アイドルに対する考え方とか。
私の趣味が混ざっていないとは言わないけど、同期の、同じ事務所のライバル兼仲間として、そして、私の推し活のために。
「自分たちで作詞もしたし、PVの構図もおおよそに口を出したりもした。納得できるまでリテイクもこなしたし。みなみには、付き合わせて悪かったと思ってるけど、納得のいく出来にはできたわね」
ストイックな朱里ちゃんが自信をもってそう言うのなら、まず、間違いなく、ものは最高に近いものができているんだろう。
でも。
「詩音。思ったことがあるのなら、遠慮なんてする必要はないのよ」
「え?」
顔に出ていたかな、と頬を自分でむにむにとして見る。
残念ながらというか、自分で自分の頬の感触を確かめてみても、奏音のようにお気に入りにはならないけど。
「たしかに、年齢は私やみなみのほうが上だし、入所に関しても、みなみは先輩、私は同期ではあるけど、アイドルとしてデビューしているのは詩音のほうが先でしょう? 先人の言葉は聞いて然るべきだと思うわ。遠慮なんて必要ないわよ。作品のクオリティのためだもの」
みなみさんは私の二つ上、朱里ちゃんに至っては、三つ上だ。
それでも、こうして言い切るのは、朱里ちゃんが本当にストイックだから。
「詩音だって、文句とか、批判はともかく、アドバイスとか、気づきは教えてほしいでしょう?」
「それじゃあ、遠慮しないで言わせてもらうけど、付き合わせてみなみさんに悪かった、なんて考え方はしないほうが良いと思う」
一人一人が独立した個人で、それが二人で発表することになった、ということじゃなくて、二人で一つのユニット『iシナジー』としての活動なんだから。
「みなみさんも、朱里ちゃんと活動するのは楽しかったと思う。私だって、奏音に歌の練習に付き合わせて、私ばっかり得しているなあって思うときはあるけど、『付き合わせて』なんて、思わないようにしているから」
だからこそ、ユニット内での、コミュニケーションが大切になるわけだけど。
ユニットを組む相手は対等だ、いや、対等でなければ、ユニットなんて組むことはできない。言いたいことの言えないような関係は、健全とは言えないから。
そして、それはほとんど確実にファンにも伝わるもので、そうなると、悪い雰囲気の連鎖から抜け出すのが難しくなってくる。
「だから、たとえばだけど、『私に付き合いなさい』くらいの気持ちでいるほうが良いんじゃないかと思う」
アイドルのダンスや歌は『仲間と一緒に』踊って歌うものだから。
「そうね。たしかに、みなみに失礼だし、侮辱だったわね」
朱里ちゃんは、それをあらためてみなみさんに伝えるようなことはしなかった。
それこそ、傍から見ていた私の感想にはなるけど、みなみさんのほうは朱里ちゃんに遠慮しているような感覚はなかったから、きっと、大丈夫だと思う。
ユニットを組んだのは、奏音の感覚がきっかけだとは思うけど、一緒に活動している中で培われてきている朱里ちゃんとみなみさんの絆、あるいは、信頼というようなものもあるんだろう。
もともと、朱里ちゃんは言葉というより、パフォーマンスのほうで雄弁なタイプだから。もちろん、口もよく喋るけど。




