三日三晩は語れるかな
でも、Y字バランスって、結構、見栄えも良いし。
体操とか、ダンスとかをやっていなくても、ぱっと見で、なんかすごい柔らかそう、って伝えられるから。それから、狭いスペースでもできるし、激しく動いたりもしない。
総じて、軽い感じでやりやすく、それなりにすごく見える。
それより。
「真雪さんって、決めたときには結構大胆なんですね」
一応、カメラの前だということは、そのとおりではあるけど。
「……それ以上、言わないで」
真雪さんは顔を隠して小さくなってしまった。
もしかして、いつも、撮影の後にはこんな感じになっているのかな。
やっぱり、一度は由依さんや真雪さんの撮影現場も見学してみたいな。後学のため――本当にやるかどうかは、さておき――なんていう理由で、蓉子さんに連れて言ってもらえたりはしないだろうか。
「え? どこのバレエ教室に通っているのかって……それは言えませんよ。個人情報ですから」
こういう露骨なコメントは無視したほうが良いのかな? と由依さんにアイコンタクトを取ったところ、視線だけで、躱して、と言われたので、誤魔化した。
私たちの通っている養成所が、私の家から一番近いところだったということは、多分、知られているはずだけど、それでも、具体的な家の場所までは特定できないはず。養成所の位置自体は、動画のリンクにもホームページが載っているし、宣伝のためということもあるから、それは仕方のないことだ。
バレエ教室も同じ理由で、家から遠く離れたところには通っていない。
こう言うと失礼になるんだけど、バレエは、アイドルになるための、運動能力とか、バランス感覚とか、綺麗に見せるコツだとか、そういうところを鍛える、学ぶために通っているというところがあるから、高名な先生がいるからとか、設備が整っているからとか、そういう理由では選ばなかった。重要なのは時間だ。
私は、人差し指を口の前に立てて、ウィンクしてみせた。誤魔化すためだね。
「かーわーいーいー」
奏音が抱き着いてくる。
「奏音、あざといから離れて」
アイドルにとっては、ある種、あざとさというのも、武器になるときもあるけど。
「本気なのに……ていうか、それを詩音が言うんだね」
奏音が不満げに口を尖らせる。それは、まあ、うん、私もアイドルだからね。
とはいえ、私が頭を押せば、すんなりと離れてくれたから、本当にポーズだけだ。今は、だけど。
「本当に二人は仲良しさんね」
由依さんは微笑まし気で。
「もちろん。同期で、同年代で、パートナーですから。ね、詩音」
そして、ライバルだ。
奏音の視線に応えるように頷いて見せる。
「うん。奏音は最高のパートナーで、ライバルだよ」
願うなら、この先もずっとこんな関係を――いや、もっと、強い関係になっていきたい。
「由依さんと真雪さんは、あんまり、ライバルっていう感じはないですよね。おふたりとも、グラビアの仕事もしていますけど」
タイプが違うから、ファン層が被らないとか? そんなこともないと思うけど。
そもそも、ファン層が被ろうが被らなかろうが、ライバルかどうかの気持ちには関係ない。
より競い合う気持ちが高まるという意味では、そういうこともあるかもしれないけど、やっぱり、個性というか。
私は、グラビアの人気投票なんていう企画があるのかどうかは知らないから、詳しいことはわからないけど、事務所に置かれている、由依さんや真雪さんの載っている雑誌で、なんとかグランプリ、みたいな見出しが躍っているところを見たことはある。
現役高校生とか、現役中学生、現役大学生なんていうのは、そうなんだ、みたいな感想しかなかった――そのときのグランプリは、由依さんでも真雪さんでもない、別の人だった――けど。
とにかく。
「うーん。ライバルっていうのなら、ほかの事務所の子たちのほうを意識するほうが強いからかしらね。もちろん、真雪ちゃんをライバルだと思っていないっていうことじゃないけど、どちらかと言うと、可愛い後輩、頼れる仲間、そういうイメージのほうが強いのよね。真雪ちゃんは、どうかしら?」
「そんな、私が由依さんをライバルだとか、畏れ多いです。考えたこともありません」
真雪さんが必死そうに否定する。
「同期で、ライバルだと思ってくれていたんじゃないの?」
由依さんは楽しそう。
どこか、獲物を追い詰めている、みたいな雰囲気はあるけど。
でも、直前に、由依さん自身で、ライバルというよりは、って言っているんだよね。
これって、多分だけど。
「真雪さんは、きらきらと、見てくれる人を勇気づけられたらって、言っていましたよね」
深くは切り込まないで。
「それは、真雪さん自身を素敵に見てほしいからですよね。もちろん、真雪さんはいつだって素敵ですけど」
「うん。真雪さんの魅力って、やっぱり、そのギャップだよね。スイッチが入ったときに見せる」
奏音も同意と頷いて。
「ただ、残念なのは、そのオフのところをファンの人に見せるときが少ないっていうところだよね」
オフの日のショット、みたいなコンセプトでグラビアが組まれることもあるけど、それとは違うからね、あたりまえだけど。
真雪さんのオフっていうのは、つまり、カメラを向けられていないときのこと。それは、グラビアという媒体では不可能なことだ。もちろん、アイドルでも。
真雪さんは、ラジオでもしっかりしているから。
「うん。だから、こういう動画って貴重だと思う」
これも、カメラの前と言えばカメラの前だけど、仕事モードじゃない真雪さんが、ファンの目の前に映っているというだけでも、かなり希少価値は高い。さすがに、SNSで拡散されるほどかどうかは、わからないけど。真雪さんも、個人アカウントは持っていないから。私たちと同じ、事務所からの保護の関係で。
「二人ともいつも全力でオープンしてますって感じだものね」
由依さんが微笑む。
「それは、もちろんです。好きなことをやっているのに、盛り上がらない人なんていますか?」
「私は詩音ほどじゃないし――私は詩音に全力全開だって? それはそうかも」
奏音はコメントを拾って、私を見つめる。
「詩音の話題だったら、三日三晩は語れるかな」
奏音なら、いつか本当にそんな企画動画を撮りそうで怖いところがある。
三日も私たちの仕事がないことがっていう意味じゃなくて、もしかして、それは私も隣で聞いていないといけないのかな、みたいなことで。
「それって、誰が聞き手をやるの?」
「そんなの、詩音に決まってるじゃん」
奏音は、あたりまえのことのように、言い切った。
まあ、そうなるだろうことはわかってたんだけど、自分のことをそんな風に語られているのを聞き続けるって、結構恥ずかしいんだけど。奏音はわかっていて言っているはずだけど。
でも、それは、奏音だけ。
「由依さん。もし、本当に奏音がそんな風に暴走しそうなときは止めるのを手伝ってくれますか?」
年長者の頼れる先輩に助けを求める。
「ええ。もちろんよ」
由依さんは素敵な笑顔で。
「詩音ちゃんを説得して、奏音ちゃんを止めるのを止めたらいいのよね?」
「由依さん!」
奏音は素敵な笑顔で、由依さんと握手までしている。
「いい加減、諦めたら? 詩音。詩音を恥ずかしがらせたいわけじゃなくもなくもなくもないけど」
「そこは言い切ってよ」
安心させてほしいんだけど、奏音は誤魔化すように笑って。
「とにかく、詩音の素敵なところを発信しようっていうんだから、むしろ、詩音はそれをありがとうって感謝してくれてもいいんだよ?」




