負けたら罰ゲームがあるとは聞いてない
一応、ダンスと歌の対決とは銘打っているけど、実際には、人気投票だよね。
こう言ったらあれだけど、観てくれている人たちのほとんどは、ファンではあっても、プロのダンサー、振付師、ボイストレーナー、なんていうことはないだろうし、専門的な、身近なところで言えば、学校の音楽のテストのように点数をつけるのは無理だと思う。
普段の、トレーナの人たちが見てくれることも、あるかもしれないけど、リアルタイムで全員っていうのは無理だろうし、見たとしてもアーカイブで、ということになるだろうから。
そもそも、音楽って、結局は好きか嫌いか、何度でも聴きたいのか、数回も聴けば十分なのか、そんな判断しかできないものだから。
養成所とか、カラオケとかでは、無理矢理点数をつけているけど、養成所はともかく、カラオケなんて、どれだけもともとのメロディラインを正確になぞることができているのかっていう、それだけのことでしかないはず。機械である以上、仕方のないことだろうけど。
それとも、そのうち、カラオケにもAIによる点数判定なんてものが加わるようになるとか? 今も似たようなものではあるけど。
なんにしても、今は関係のないことだ。
どっちのほうが好きだったのか、それだけでいい。
それで、人が判断する以上、個人の想いを完全に無視することはまずできないはずだから。
私たちの考える上手な歌っていうのが、観て、聴いて、判断してくれる人たちにも好まれるのかどうかはわからない、おそらく、私たちとは、観ている点、聴いている点が違うから。
それは、良いとか悪いとかっていうことでもない……こともないのかな。結局、私たちのパフォーマンスって、観てくれる、聴いてくれる、ファンの人たちありきのものだから。
自己満足なだけのダンスや歌では、アイドルとは言えない。
「それじゃあ、皆、誰が良かったのか、コメントで教えてね」
一斉に流れるコメントを、私たちが分担して、それぞれ、自分の名前を数える。
同一アカウントからの複数回の投票とか、そんなことを気にしてはいられない。そのあたりは、観てくれている人たちがどれだけ私たちに配慮してくれるのかっていうことにかかっている。
言葉を飾らずに表現するなら、こういうのは一人一回でしょう? という常識に、どこまで従ってくれるのかっていう。
「さっそく、コメントありがとう。でも、数えるのは私たちだから、一人一回までにしてね」
そう思っていたら、由依さんがはっきり言った。
「はーい。ここまでで集計しまーす。結果、一位は……じゃーん、なんと、私です! 皆、ありがとう」
由依さんが自分で発表してしまった。
私たちは、一切、集計結果を誤魔化してはいないし、自分でコメントするなんてこともしていない。
「それでは、負けた皆には罰ゲームがあります」
「え?」
なにそれ、聞いてない。
私たち三人が揃って由依さんへ顔を向けるけど、由依さんは笑顔で。
「一発芸をしてもらいます。じゃあ、詩音ちゃんから、どうぞ」
バラエティ番組の芸人さながらな、無茶ぶりだった。
一発芸と、いきなり言われても、私たちの本職はアイドルなわけで、歌とダンスは今披露したし、一発芸と急に言われても……ままよ。
「ええっと、それじゃ、はい、Y字バランス」
片足で立って、もう片方の足を頭の上まで持ち上げる。
今は私服ではあるわけだけど、動画を撮ること、内容に歌とダンスは入ってくる予定だったから、それなりに動ける格好、つまり、Tシャツにハーフパンツという格好だから、問題はない。
アイドルのダンスのための特訓ということで、ダンスの教室にも通っているから、このくらいはできる。
それはバレエじゃないの? と思う人は多いかもしれないけど、ダンスだって、なんだって、運動には柔軟性が必要なわけで、股関節の可動域を広げる特訓という括りで考えるなら、それほど的外れでもないはずだ。
それが一発芸になるかどうかは。
「詩音、相変わらずすごいね」
「レッスンでも、似たようなことはやるけど、そこまでできる人は、私たちの中――いいえ、養成所にもいないものね。詩音ちゃん以外に」
「えっと、罰ゲームってこんな感じなんですか、由依さん」
称賛してくれる奏音と、驚いている由依さんと、質問する真雪さん。
「べつに、詩音ちゃんの真似をする必要はないわよ。無茶ぶりに答えるのも仕事のうちよ、真雪ちゃん」
「……わかり、ました」
真雪さんは切り替えるように目を瞑り、開いた後、カメラに向かって、ポーズを決める。
手で髪をかき上げて、身体を逸らし気味にしながら、しなを作ってみせる。表情のコントロールまで完璧だ。
ようするに、グラビア写真っぽいポーズをとってみせたのだ。
「百点」
「もう、詩音は甘いんだから」
まさか、動画を配信中の中で、写真を撮ったりすることもできなかったのが悔やまれる。見ている側だったら、スクリーンショットにでも残すことはできたのに……後で、アーカイブ見直そうかな。
反射的に口にすると、奏音から即座に突っ込まれる。
仕方ないでしょ。それに。
「じゃあ、奏音は何点だったの、今の真雪さん」
「百点」
奏音はしれっと笑顔を向けてくる。
「同じだよね?」
「なに言ってるの、詩音、大丈夫?」
よし、喧嘩を売ってるんだね?
「いいから、奏音も早くやりなよ、罰ゲーム」
「じゃあ、三点倒立」
なんて、いきなり本当に始めるものだから、しまわれていなかった服の裾がまくり上がる(あるいは、落ちるというべきだろうか)のを、慌てて押さえた。
元の姿勢に戻った奏音が。
「ありがとう、詩音」
「ありがとう、じゃないよ。せめて、服を仕舞ってからやってほしかった」
もうすこしで、放送コードとかに引っかかってたからね? それとも、コンプライアンスかな。
「そんなこと言ったら、詩音だって結構危なかったよ?」
「なにが?」
スカートだったら考慮したかもしれないけど、今の格好なら、べつに、大丈夫だと思うんだけど。そもそも、奏音も百点って評価だったよね?
「由依さんたちはどう思います? 詩音のほうが危険でしたよね?」
奏音から話を向けられた由依さんは。
「うーん。私としては、二人とも、元気があっていいわね、みたいな感じだったけれど。それとも、普段のレッスンで見慣れているからかしら」
一応、言っておくと、普段の、養成所のレッスンから頻繁にY字バランスをしている、なんていうことはない。三点倒立も同じく。
柔軟運動は――Y字バランスがということじゃなくて――レッスンに組み込まれていたりもするけど、一般的な、準備体操程度の範囲に留まっているはず。
ただ、それとはべつに、柔軟性を必要とするレッスン、あるいは、レッスンの中で必要とされる柔軟性、バランス感覚はあるわけで、由依さんが言っているのは、そういうところだろう。
あとは、いつもということではないけれど、空いている時間なんかに、遊びの中で、とか、見せていることはあるから、それのことかもしれない。実際、見た感じが格好いいということで、求められることはあるし、減るものでもないものだし、頼まれたら見せているからね。言うまでもなく、奏音にだって、見せたことはある。
まあ、奏音が焦っている感じだったのは、これが動画に撮っていて、配信しているからだろうけど。
「由依さんもこう言ってることだし」
「はぁ。まったく、詩音はまったく」
なんて、私は不機嫌です、というポーズで、私の頬を引っ張る奏音。




