頼もしい先輩にお願い
そして、翌日。
早すぎる日程ではあるけど、反対するような人はいなかった。
むしろ、誰も――そもそも、通常時において、配信業に積極的ではない真雪さんを除いて――が、乗り気であり、普段、私たちよりも遅い時間、あるいは、別の曜日であるはずの、六花さんと純玲さんまで、レッスンに顔を出していた。参加はしなかったけれど。
六花さんと純玲さんに関しては、誰が伝えたのかなんてことは、考えるまでもないので、当人に対応してもらう。
「詩音ちゃん、奏音ちゃん、少しいいかしら?」
レッスンも終わり、由依さんに話しかけられたけど、聞くまでもなく、話の内容には予想がついた。
「由依さんが――先生が決められたことなら、従います。ですが、できることなら、少人数での講義のようにしてくださると助かるのですが」
今回、由依さんたちと一緒に配信するのは、単純に、知名度とか、動画に関してのノウハウを学ぶためだったりとか、もちろん、お邪魔虫ということもそのとおりではあるけど。
もちろん、本当に講義をしながら動画を撮影するということじゃない。
あくまで、わかりやすい形で示してほしいという願望だ。
それで、由依さんが、他の人が必要だと考えるのなら、受け入れるつもりだ。
「なにを言っているの、詩音?」
奏音はうまく思考が回っていないみたいだ。
「あら。よくわかったわね。私が、六花ちゃんや純玲ちゃんも一緒に、なんて思っていること」
由依さんが少しばかり、驚いた顔をする。もちろん、奏音も。
「それは、アイドルですから。皆さんの結束のことは、観ていればわかります」
「それは、詩音だけだと思うよ……」
奏音から、若干、呆れているような雰囲気を感じるけれど、とりあえず、今は無視しておく。あえて言うなら、私だけなんていうことはないだろう。
たしかに、事務所が同じで、普段のレッスンの様子まで見ることができているっていうのは、他人とは違うかもしれないけれど、由依さんたちは、私と奏音とは違って、普段のレッスンまでメンバー全員が揃っているということは、あんまりない。たとえば、テストのときとかは違うけれど。
それはともかく。
私がなんとなく、察しがつけられたのは、昨日の今日だから。それが由依さんの、つまり、動画配信の先輩としての意見なら、尊重したい。
仲が良いのは良いことだ。それが、見せかけだろうと、本当だろうと。
本来なら、カメラとか、ファンの前で仲良く取り繕うことができているのなら、普段の態度は気にしない、という人もいるだろうけど、それでも、カメラの前でなくても仲が良いとわかって、嬉しさこそあれ、落胆するとか、残念だ、なんて思うことは、相当ひねくれてでもいない限り、ありえないはずだ。
たとえば、スタッフの人に、不仲だなんて思われて、気まずい思いをさせてしまうことはあるかもしれないから、そういう意味では、本当に仲が良いほうが良いだろう。
そもそも、人は社会を作るものだ。それは、他人とのつながりを大切にするということでもある。
とはいえ。
「おふたりも誘われるということは、視聴者数を増やして、話のネタを尽きさせないため、画面が華やかになる、そんな効果を狙ってのことですよね」
個人としては、歓迎したい。由依さんと真雪さん、加えて、六花さんと純玲さん、『LSG』のメンバーが全員揃って企画をするところに立ち会いたいと考えるのは、ファンとして当然だ。
ただし、そもそもの目的である、私たちが動画に――画面に出ることに慣れるということを考えるなら、あまり、人数が多くなることを、手放しでは喜ぶことはできない。
人数が増えるということは、一人あたりに割かれる時間が短くなるということだから。
雰囲気に慣れる、ということなら、ありかもしれないけど、それだけなら、観ているだけでも、なんとなく掴めるものもある。
実際に動画に出演するからには、その雰囲気をこそ、味わっておきたい。それが、一番効果のあることだから。
「あら。画面の華やかさに関しては、私たちだけでも、全然、問題ないと思うわよ」
由依さんは自然に言ってのける。
たしかに、それはそのとおりだと思う。
由依さんと、真雪さんと、奏音が一緒にいるなら、大抵の人は喜ぶだろう。この事務所のチャンネルまで観ているような人なら、なおさら。
「なるほど。たしかに、詩音ちゃんと奏音ちゃんの、個人に割かれる動画の時間が減ることを考えると、人数は少ないほうが好ましいということね」
それでも、由依さんには、すぐに私の考えていることがわかったらしい。顔に出るようなことでもなかったとは思うけど。
もちろん、ただ単純に、私たちが目立ちたいと思っている、などということではないという考えも。
「それなら、六花ちゃんと純玲ちゃんには声をかけないでおきましょう。もしかすると、真雪ちゃんにも遠慮してもらったほうがいいかしら?」
真雪さん本人としては、動画には積極的に出演したくはないんだろうな、とは思う。
もちろん、真雪さんだって、アイドルとして活動しているわけだから、そういう願望がまったくない、ということではないだろうけど。
以前、真雪さんと話をしたときのことを考えたなら、活動に積極的になりたいという気持ちもあるというのは、本当だろう。
真雪さんの本心がまるっきりわかるということでもないから、推察だけど。
とはいえ、真雪さんの性質というか、性格というか、カメラの前ではスイッチが入るということを考えた場合、出演してもらっても問題はないと思うけど。
事務所とか、メディアの前以外の真雪さんのことを知っているわけではないから、プライベートでもそうなのか、つまり、カメラを向けられるとスイッチが入るのかどうかという自信はないけれど、『LSG』の配信を見ている限りでは、問題はないみたいだし。
とはいえ、どちらが良いのか、私には判断できない。どちらにしても、良いところも、悪いところもあるだろうから。
「真雪さんはカメラの前では別人と言ってもいいくらいですから、私個人としては、ご一緒できるなら嬉しいというのが本音です。任せっぱなしで悪いとは思いますけど、最終判断は由依さんにお願いしたいです」
経験は間違いなく、由依さんのほうが上だから。真雪さんとの付き合いという意味でも。
動画の配信を観ないということじゃない。由依さんたちの配信だって、ほかのアイドルの配信だって、うまい具合にタイミングが合えば、視聴することもある。
それでも、由依さんが私たちのことを考えて、それが必要だと思ってくれているのなら、それには賛成するということだ。
「悪いなんていうことはないわよ。頼ってもらえて嬉しいわ。詩音ちゃんも、奏音ちゃんも後輩なんだから、私たちに遠慮なんてすることはないのよ」
由依さんが、不敵とも思える、素敵な笑顔を見せてくれる。頼もしい。
「珍しいね。詩音が、他の人の参加を断るなんて」
「奏音は、一緒のほうがよかった?」
私が勝手に決めてしまったみたいな感じになったけど。
実際には、由依さんがそう決断されたのだとしても、その土台を作ったのは私の意見であることは、間違いない。
奏音は首を横に振って。
「ううん。私は、詩音と一緒ならなんでも良かったから。ただ、詩音にしてはって思っただけ」
「今回は目的があるからね。もちろん、普段から関りがあるわけじゃないけど、六花さんと純玲さんのことも、尊敬しているから、また、べつの機会があればぜひ、とは言いたいところだけど」
そのときはそのときだから。




