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輝きが向かう場所  作者: 白髪銀髪


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母と由依さん

 ◇ ◇ ◇



 事務所には、由依さんを含め、所属しているアイドルの雑誌は、ほとんどフリーペーパーみたいな感じで置かれているため、誰がどれだけ――五十冊とか、百冊とかになるとさすがに注意があるだろうけど――持ち帰ったところで、特別なにかを言われるようなこともない。

 とくに、ひと月以上も前の出版物だとか、事務所や倉庫の隅で埃をかぶっていたりするようなものなら。

 それ以外の方法ということでも、事務所にはコピー機もある。雑誌の、この事務所の所属アイドルの記事だけということなら、どこに咎められることもない。

 もちろん、自身の小遣いで雑誌を購入している人もそれなりにいる。

 私自身、同年代の中では小遣いを多めにもらっている部類のようだし、多くはなくても、自分の稼ぎもある。

 養成所のことを家族にも普段から話している。

 つまり、私の家族も、由依さんたちのことを世間一般の認識以上によく知っている、ということだ。多分。わかっていないということはないはず。

 もっとも、直接会ったりしたことは――イベントで見かけたなどということ以外では――ないと思っているけれど。

 そして、それは確かだったようで。


「お初にお目にかかります。朝日奈由依と申します。詩音さんとは、同じ事務所に所属する身として、仲良くさせていただいています」


「これはご丁寧に。詩音の母の香子です。いつも娘から話を伺っております。とても、頼りになる先輩だと。これからも、ぜひ、ご指導とご鞭撻をお願いしますね」


 レッスンを終えてから、提案されるままに、私と奏音、そして、由依さんと真雪さんの四人で、我が家――月城家に帰ってきた。

 レッスンの終わった時間ということで、真夜中というほどではないけれど、陽はすっかり落ちきって、夜と表現するのには躊躇いのない暗さ。

 続けての、真雪さんの控えめな自己紹介も受けて。


「朝日奈さんも、七海さんも、奏音ちゃんも、夕食は帰ってからのつもりかしら? ぜひ、ご招待したいところだったのだけれど」


 母は母で、私の知り合い――それも、親しい間柄といえるだろう相手が、同時に三人も来たものだから、たいそう、上機嫌だ。

 なんだったら、今から泊まると言い出しても、許可を出しそうな雰囲気だ。

 もちろん、奏音はともかく、由依さんと真雪さんが、そこまで言い出すことはない……だろう、多分。

 とはいえ、そこはそれ。

 由依さんも、真雪さんも、奏音も、なんの準備もなしに他家に泊まったりはしないし、できない。

 由依さんは、お気持ちだけ頂戴いたします、また今度ぜひに、とやんわりと断りつつ。


「実は、今度、四人で一緒に配信活動をしようということになりまして。私のほうが、詩音さんとの合同企画を待ちきれず、勇み足に、こうしてご挨拶に来てしまった次第です」


 由依さんたちと、自宅で、配信をするというのなら、レッスンが休み日か、あるいは、レッスンの後ということになる。

 その場合、もっとも、近場である月城家が会場として最も適当だ。

 養成所にも、動画撮影の環境くらいは準備があるとはいえ、他人の目もある。私たちが動画配信を始めようものなら、どれだけ注目を集めるかというのはわざわざ考えるまでもない。

 もちろん、私たちは由依さんたちにご一緒させてもらう立場なわけだから、その由依さんたちが判断したのなら付き合うつもりではあるけれど、由依さんたちにもそのつもりはないみたいだから。


「そんなことで、わざわざ、挨拶に? あっ、誤解させていたら悪いのだけれど、アイドルの活動のことは、私も詳しくはないの。それで、詩音に任せきりになってしまっている部分ばかりで、その繋がりということでもないけれど、詩音が信頼していることはわかっていたし、私のほうから、詩音ことをお願いしたいわ」


 あらためて、母から頭を下げる。

 由依さんと母の間では、さっそく話がまとまってしまったらしい。

 もちろん、必要なのはそれだけではないのだけれど。

 

「それで、その件に関しまして、詩音さんを一時お預かりする許可をいただけたら、と」


 ようするに、お泊りの許可の話だ。

 私たちの誰も、まだ未成年で、勝手に外泊するわけにもいかない。そのため、両親の許可を、ということだ。

 どうやら、由依さんとしては、月城家で撮影する、あるいは、事務所で撮影する、ということは考えていないらしい。

 実際、すでに、由依さんのところや、真雪さんのところで、撮影環境が整っているというのなら、わざわざ、新しく環境を整える必要のあるうちにこだわる必要はない。

 近場というのなら、そのとおりだけれど、それだけのことだ。

 たとえば、機材なんかを運ぶ手間があるとすると、すでに整っている場所に私が移動したほうが、効率も良い。

 そして、レッスンの終わってからと考えると、時間帯的に、宿泊ということになる可能性が高い。というより、それから帰るのには、いろいろと問題もある。この中で、年齢的な問題で、車の免許取得が可能なのは由依さんだけで、由依さんもまだ免許を持ってはいない。

 一応、アイドル活動の延長というか、一環ではあるわけだけど、事務所としての活動ということでもなく、蓉子さんに車を出してもらうのは忍びない。

 加えて、私も、養成所のレッスンのある日以外は、べつの稽古事――つまり、バレエのことだけど――が入っている可能性もあり、あるいは、『ファルモニカ』や『LSG』の仕事との兼ね合いもある。

 その点、レッスンのある日であれば、仕事や稽古はない、あるいは、学校も、終わっているということ。つまり、都合が良いということだ。


「それは、迷惑でないのなら。詩音が決めたことでしょうから、私は後押しをしたいわね。一度、ご家族とお話しさせていただけると、とても助かりはするけれど」


 あいにく、私は、由依さんの自宅も、由依さんのご家族の番号も知らない。

 事務所なら、控えはしているだろうし、役所に行けば、電話帳で調べることもできるだろう。けれど、今に限った話であれば、本人がここにいるのだから、直接聞くのが最も手っ取り早い。

 私個人としては、由依さん本人の番号は知っていて、由依さんのお宅にかける機会はほとんどないとは思っている。

 ちなみに、奏音の場合は、奏音本人という意味でも、恵さん――奏音のご家族という意味でも、連絡先を交換している。

 同じ事務所での、ユニットの違い、という程度の差しかないわけだけど。それから、今まで機会があったかどうかというだけの話だ。


「わかりました。恐縮ですが、少しお待ちいただけますか?」


 由依さんはスマホを取り出して、どこか――おそらくは、自宅か、ご両親のところだろう――へ繋げ。


「母です」


 私の母へと自身のスマホを渡す。

 展開が早く、母はしばし、瞬きを繰り返していたけれど、由依さんからスマホを受け取り。


「もしもし。これははじめまして。私、月城詩音の母の、月城香子と申します」


 そんな風に、歓談といった雰囲気で、話しこみ始めた。

 もっとも、時間のこともある。それほど長話ということにもならず、相応なところで会話を切り上げ、母は由依さんにスマホを返す。


「お話しさせてもらって、どうもありがとう。詳しい日取りは決まっているのかしら?」


「まだですが、近いうち――数日以内に、と考えています」


 本当に早いけれど、思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打てという言葉もある。

 私たちとしても、始めるのなら、それは、早ければ早いほど良いに決まっている。

 


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