遠慮なんてするような関係じゃない
だからやめられない。
「詩音のその、楽しそうに歌ったり、踊ったりするところは、気持ちの良いところだと思うよ」
「え? ありがとう。どうしたの、急に」
気になるところを教えてくれって頼んだのは私だけど。
「ええっと、べつに、変なところは……」
「奏音。いまさら、遠慮なんてしないでいいから。むしろ、はっきり言ってくれないと」
なあなあの関係じゃあ、長く続かないから。
さすがに、ただの罵倒だったらあれだけど、ちゃんと、注意点とか、改善点を示してくれるなら。
「じゃあ――」
「真面目にやってね?」
奏音の瞳が光ったような気がして、無駄な時間を使う前に、釘を刺しておく。
もちろん、笑顔で。
「詩音がつれない……」
「今はレッスン中だから」
レッスン中じゃなければ、いつでも、いくらでもなんていうことでもないけど。
だいたい、奏音の言動のパターンはわかってきているからね。
「ううん、でも、本当にいい歌だと思うよ? 詩音だって、完全に私と一致しているのが最高だって思ってるわけじゃないでしょう?」
「まあね」
それなら、二人で歌う意味がない。
スピーカーのボリュームを上げるか、音声合成ソフト的なものに歌わせておけばいい。
「無理矢理捻り出してほしいわけでもないから。奏音が良いと思ってくれているなら、このまま進めて良いんだっていう指針になるっていうことだから、それはそれで嬉しいよ」
考えて、考えて、捻り出した案が悪いっていうことじゃない。
でも、そういう技術的なことなら、言い方はあれだけど、奏音じゃなくて、蓉子さんたち、コーチ陣にも気付いてはもらえるだろう。
奏音に期待しているのは、その、感覚、センス、そういったところで、なにか引っかかるところがあるのかっていうことだ。良くも悪くも。
もちろん、普通に歌ったり、踊ったりしていて気づいたことも、いくらでも注意してくれて嬉しいけど。
「あ、でも、なにか言ってくれないからとか、そんな風にプレッシャーをかけたいわけでもないから。それを気にしすぎて奏音のパフォーマンスに影響が出ていたら意味ないからさ。もちろん、プロとしての意見は欲しいけど」
とはいえ、自然な感じでっていうのを意識しすぎると、それはそれで、また、自然な感じからは遠ざかるから、言うのは難しいんだよね。
本当に、奏音には自然体でいてほしいんだけど。
「逆に聞くけど、詩音は、私の歌になにか思ったりすることってないの?」
「え、最高?」
そんな、ジトっとした目で睨まなくても。
奏音の歌を一番聞いてきたのは私だよ? もしかしたら、ファンの人の中には、買ってくれたCDとか、ネットの音源とかを何度も再生してくれて、すでに私以上に聴きこんでいる、なんていう人もいてくれるのかもしれないけど。
本当に、心からそう感じている。
「それとも、奏音自身、なにか、自分の中で不調とか、そういうのを感じてるってこと?」
風邪なら、早く帰って休んだほうがいいと思うけど。いや、休むべきだよね。
「そういうわけじゃないけど……はあ。詩音が私のことを好きすぎるのも問題だよね」
奏音は一人で納得したように頷いているけど。
そういう話だったっけ?
奏音じゃなくて、奏音の歌が……まあ、今はそんなことを言い合っている場合でもない。レッスンの時間は有意義に使うべきだ。
とはいえ。
「まさか、奏音の歌が私の歌よりだめだとか思ってる? 自己評価は正当にしないといけないんじゃなかったの?」
もし、もっと細かい部分で、なにかを感じているのなら、悪いけど、私には気付くことはできない。奏音が気になるっていうのなら、そういうレベルの話になってきていると思う。
少なくとも、歌単体での話なら。
「もし、本当に奏音に気になるところがあるっていうのなら、私より、蓉子さんとかに聞いたほうがいいと思う」
奏音が私を信じてくれているっていうのは嬉しいけど、私では、奏音の歌に指摘はできない。
むしろ、外から見てくれる人のほうが、まだ、可能性はある。
とはいえ、歌単独なら、奏音は養成所内の一位。
私を含めて、誰でも指摘できるものかと言われたら、難しいと思う。畏れ多いとか、そんな理由じゃなくて、単純に、奏音の歌がすごすぎて、指摘できるところがないっていうか。
あるいは、そうでないなら、奏音自身で、気がかりを解消するしかない。
「録音はしてるけど、聴いてみる?」
「ううん、大丈夫」
多分、私には奏音から気づいたところ、気になったところを指摘されるけど、私から奏音に、歌に関して、指摘するところがないっていうのが、気になっているんだと思う。
なにも、気にするところ、直すようなところがないって言われて、逆に不安になるっていうのもおかしな話だとは思うけど。
それは、マラソンとかで、先頭を走っていて、前に人がいないから不安、みたいな話なんだと思う。マラソンをしたことがあるわけじゃないから、憶測だけど。
あとは。
「私の趣味が思いっきり丸出しで、反映されている歌だから、奏音には合わないとか?」
技術的なことじゃなくて、気持ち的な部分で、いまいち、乗りきれていないとか。
「ううん。そんなことない。私もこの歌好きだよ」
奏音はすぐさま否定する。
たしかに、私の趣味で書いたものだけど、奏音とも一緒に話し合って決めたものだから。
そのときしっかり、意見があるなら言ってくれとも言っている。そもそも、日頃から、意見をぶつけ合うべきだっていうのは、奏音もそうだと実践していることだ。
それで、言えていなかったなんてことなら、今後はそういうことがないように、しっかり、言い聞かせないといけない。
遠慮しているような関係じゃだめ――私たち自身のためにならないから。
「なんか、いろいろ考えさせちゃったみたいだけど、私もなにか気になっているところがあるわけじゃないから。詩音が私の感覚を信頼してくれているのと同じように、私だって、詩音の感覚を信頼しているからね。詩音から見て、あるいは、聴いて、私の歌で気になるところがあるのかどうか、聞きたかっただけ」
「もちろん、奏音に遠慮なんてしないよ」
そのつもりではいる。
ただ、無意識的に、奏音に、歌に関して、私からなにか言うのはと、細かいところを避けていることは、もしかしたら、あるのかもしれない。それは、改善のしようがないから、それこそ、私以外の意見を聞くべきだけど。
「もし、言語化できない、感覚的に気になっているなら、ノート見返してみる? 今は書いているんでしょう?」
奏音のことだから、書く日と、書かない日とで、間が空いていたりするかもしれないけど。
でも、もし、書いているのなら、初めて聴いたときの感覚と、今思っていることの、差異を発見できるかもしれない。
ごちゃごちゃ考え出す前の、最初の印象って、結構、大事なところがあるから。
「ノート、書いてたっけな……」
奏音と一緒に更衣室まで戻って、荷物を漁り、一応、私も自分のノートを用意しておく。
ついでに、さっきまでの練習でのことをまとめておいて。
「相変わらず、詩音のノート、綺麗だね」
「私のは良いから、奏音は自分のことに集中して」
奏音の感覚は、奏音の中にしかないんだから。
それを具体的に伝えてくれるなら違うんだけど、そういうの、奏音は苦手だし。良くも悪くも、感覚派というか。
「どう? なにか、ヒントあった?」
私自身のまとめはすぐに終わる。単純に、あったこと、思ったことを書き出しておくだけだから。
それに対する感想なんかは、後でいくらでも付け足せる。そもそも、ノート自体、持ってきているだけで、つけるのはいつも家だし。




