スペックをアイドルに全振り?
「ええっと……そう、あれだよ。ファンだから、むしろ、プライベートでは干渉しないようにしているとか」
奏音が、いかにも、なにか捻り出しました、みたいな理由をつける。
「避けられ気味なのは、養成所に通う前からだから」
アイドルを目指して、自分磨きを始めるより前から、ということになる。
それを言うなら、保育園に通っていた初めのころなんて、アイドルなんていうもの自体、知らなかったわけだし。
知ってから、周囲とも打ち解けたというのは、確かだけど。
「男の子も、女の子も、詩音ちゃんくらいの美人さんだと、緊張してしまって、うまく話したりできないのよ」
由依さんが優しそうな笑顔を浮かべていて、どこか、微笑まし気に見つめられている。
「詩音ちゃんからは話しかけたりしないのかしら?」
コミュニケーションを相手側だけに求めるというのは、私の怠慢ととられても仕方ない。
アイドルにとって、コミュニケーション能力は、必要不可欠かつ、重要なものだ。クラスメイトからの人気も集められないようでは、半人前と言われても、仕方がない。
とはいえ。
「……なにを話したらいいのかわからないんですよね。奏音とか、由依さん、真雪さんとは、アイドルの話で盛り上がることができますけど、クラスメイトにその話題を振ったら、自慢みたいになるじゃないですか。だからといって、業界の内情、みたいな話をするわけにもいきませんし」
部活をやっているわけじゃないから、その手の話題はない。
アイドルグループは好きだけど、多分、歌唱やダンスの技術とか、そういう話をしているわけでもないだろうし、かといって、私に誰かと面識があるわけでもない――この事務所以外のアイドルという意味で――から、サインとか、写真とかを頼まれても困るし。いや、そもそも、写真は流出させたら不味いものだ。
「音楽とか、ダンスとか、それこそ、アイドルの話を抜きにすると、なんていうことのない雑談をする、っていうのが……」
課題とか、授業のことなんて、単発だし、すぐに終わることだ。盛り上がりがあるわけでも、次に繋がるわけでもない。
こんな風に考えるから、会話に困るんだろうけど。
「あー……まあ、詩音は、スペックをアイドルに全振り、みたいなところあるよね」
奏音は少し呆れ気味に空を仰ぐ。
そんなこともない……と、個人的には思っているんだけど。まあ、ほかに熱中しているものもないわけだけど。
「しかも、本人も口だけじゃなくて、実力も伴っているから、厄介なオタクって感じ?」
「厄介……」
たしかに、クラスメイトは、あんまり、アイドルの話をしていないような気はする。
気を使われている、っていう部分はあるんだと思うけど。
「……それは、詩音がクラスメイトだったら、ほかのアイドルの話はしないでしょう」
「……詩音ちゃんは、憧れが高過ぎて、自分への評価は、適正にしているつもりで、低いのよね」
「……詩音ちゃんも加えて、ファッション誌での人気投票をしてみたらいいんじゃないでしょうか? 代わりに、私が抜けますから」
奏音と、由依さん、真雪さんがなにやらひそひそと話し合っていたけど、沈みがちで、上の空だった私には、届いていなかった。
「……真雪ちゃんが抜けていたら、代わりになんて、詩音ちゃんは絶対に入らないでしょうね。うちの事務所内でも、人気投票なんてするほど、メンバーがデビューしているわけでもないし」
「……そもそも、詩音も、人気投票で喜ぶとか、そういう気質でもないですしね」
「……ごめんなさい。勝手に詩音ちゃんのことをわかったつもりになっていて、すみません」
せいぜい、真雪さんが、いつも以上に小さくなっていることがわかるくらいだ。
「あの、ご心配をおかけしました。ですが、私も、学校には親しい相手もいますから、だんだんと、親交を広げていけたらとは思っていますから」
もっとも、仕事が入ったりすることもあるから、なかなか、その機会も少ないんだけど。
一応、仕事は学校のほうに、できる限り合わせてくれるみたいだけど、それでも、完全でもないし、今までも、公休扱いの欠席がなかったわけでもない。
「えっと、ほら、あれだよ。動物園のライオン的な? 子供とかでも、可愛いとは思っても、近付きたいとは思わないでしょう? あれと似てる感じっていうか」
「ありがとう、奏音」
奏音もフォローしてくれようとしているのはわかっている。まるきり、慰めのつもりだけ、ということでもなくて、本心も混ざっているみたいだし。
「あの、本当に大丈夫ですから。むしろ、気を使わせてしまって、すみませんというか」
とはいえ、これも私の本心でもある。
慣れているって言うとあれだけど、私だって、この身体で十四年ほど生きてきているんだから。
「詩音ちゃんも、事務所に来ているファンレターは受け取っているわよね?」
「はい。ありがたいと思っています」
埋もれそうなほどとか、箱にいっぱいというほどもないけど、少なくない数のファンレターはもらっている。
それは、奏音と合同で『ファルモニカ』宛というものもあり、私個人宛というものもある。
ちゃんと一つづつ読ませてもらって、事務所からの検閲は入るし、一通一通、しっかりと個別の内容を、ということでもないけれど、返事も書かせてもらっている。
「詩音ちゃんは、CDのリリースイベントなんかで、ファンの人たちとも交流したことがあったわよね。最初は、そんな感じからでいいんじゃないかしら? なんでも、だんだん、回数を重ねるごとに慣れていくものでしょう? それとも、一度できてしまったイメージを崩すのが難しい?」
「ファンの人たちとの交流って、それって、友人と接するのとは違って、一線はあるみたいな感じですけど」
感じ悪くならないだろうか?
「だから、きっかけの話よ。人間は慣れるもの。そうやって、詩音ちゃんと接するのに慣れてきたら、普通に接することも問題なくなってくるわよ。少なくとも、現状よりは良くなると思うわよ。まあ、私は、詩音ちゃんの今の学校での様子を直接見たことはないから、憶測だけれどね」
「そうそう。それに、詩音に話しかけられて、恐縮はしても、悪い気のする人なんていないから。それで、悪し様な態度をとられるとか、露骨に嫌そうに避けられるような人とは、そもそも、関わる必要ないよ。アイドルだって、万人に受けが良いわけでもないんだし」
たしかに、今がゼロなんだとしたら、なんでもいいから踏み出さないと、始まりもしないか。
由依さんと奏音に励まされると力が湧いてくるから、私も単純だな、とは思ってるいる。
「ありがとうございます。なんとか、やってみようと思います」
「そうだよ。もし、なにかあっても、私がいるからね」
奏音が私の顔を両側から手で挟んで、額を合わせてくる。
「詩音ちゃんはまだSNSの個人利用をしていないから、いらない心配だとは思うのだけれど、注意はしてね。決して、連絡先を交換するな、ということではないのよ」
「ありがとうございます、由依さん。はい、気をつけます」
なんというか、せっかくカラオケに行って、楽しくて、気分も高揚していたのに、私のせいで水を差したみたいな感じになってしまったみたいで。
なんて、だめだ。そんな風に落ち込んでいると、かえって気を使わせるし、だからといって、平気な様子でいても、深読みされるというか。
「あの、本当に、強がりとかじゃなくて、奏音も、由依さんも、真雪さんも、養成所の皆さんのことも、頼りにしているので、私は大丈夫ですから」
「うん。私もわかってるよ。誤解はしてないから」
奏音が私を真っ直ぐ見つめる。
ユニットのパートナーとして、あるいは、同じ事務所の先輩後輩として、培った絆がある。それを信じているから。




