これからも増えるってこと
私たちはまだ中学生、一番年上の由依さんでもまだ高校生ということもあって、延長したりはせずに、カラオケルームを出た。遅すぎると、家族にも心配をかけるし、なんだったら、警察にも迷惑をかけることにもなりかねない。
なにせというか、自分で言うのもあれだけど、私たちはそこそこ世間的に有名人になってしまっているから。さすがに、変装とか、送り迎えまでしてもらうほどではないけど。
私は家が近い――十分な徒歩圏内だけど、ほかの三人は、電車とか、バスとか、詳しくは知らないけど、それなりに遠くから通ってきていることには違いない。
「久しぶりにのびのび自由に歌って楽しかったわね」
由依さんは大きく伸びをして、すっきりとした表情を浮かべている。
「はい、最高でした!」
奏音の声も弾けそう。
もちろん、私も最高の気分だった。
あんなに近くで、アイドルの個人的な歌唱を鑑賞できる機会なんて、そうそうない。
「三人とも、時間は大丈夫かしら? もし、心配なら私から連絡してもかまわないけれど」
その由依さんだって、まだ、高校生だ。
それに、美人だし、メディア露出もしているし、遅くて暗い時間に一人で帰るということの危険性は、私たちとそれほど変わらないんじゃないかと思える。
「私は、平気だと思います」
連絡はしていないけど、母からの連絡もきていない。
この時間なら、すでに仕事は終わって帰ってきているはずで、私がいないことも、今日のレッスンの時間も把握しているはずだから、もし、心配とか、なにかあったなら、連絡があるはず。
「私も大丈夫です」
奏音へ顔を向ければ、奏音も同じように頷いた。
「そう。でも、送っては行かせてもらうわね。大事な後輩だし、大切な仲間だもの。なにかあったら大変だし」
私たちに由依さんを送っていくという選択肢がない以上、それを断ることはできない
というより、断っても無駄だ。一番近いのは私の家だと思うけど、由依さんたちはついてくるだけでいいのだから。それを止めることはできない。
「こういうときに送り迎えをしてくれるくらい、売れることができたらいいですね」
奏音が太陽のような顔で言ってのける。
言ってることのスケールはすごいけど。
「専属の運転手まで雇うことのできるくらい売れてたら、こんな夜にカラオケに行って遊ぶなんてできないだろうから、どっちにしても意味ないんじゃないの?」
そんな暇な時間があるとは思えない。
むしろ、そんな暇な時間がないからこそ、売れているということになるわけで。
「あははっ。じゃあ、事務所のあの車にジュークボックスをつけてもらうとか」
「奏音の欲望は果てしないね」
そんなに大きくなると、小回りが利かなくなるっていうことだし、事務所の荷物運びとか、雑務で使うには不便になって、本末転倒な気がするけど。
「それにしても、さっきのカラオケ、私たちの歌も入っていたよね」
奏音が妙にしみじみとした調子で空を見上げる。
都会の灯りに紛れて、あんまり数は見えないけれど、そこには間違いなく、星が煌めいている。
「ねえ、すごくない? 私たちの歌がカラオケに入ってるって、やばくない?」
奏音は興奮した様子で、太陽のように輝いた顔で振り向く。
私たち『ファルモニカ』だけじゃなくて、『LSG』の歌も当然のように入っていたのが、なんというか、実際に聴いた今でも、どこか、現実離れしているような気がしている。
聞いたときには、興奮と感動で余計なことを考えている余裕はなかったけど、こうして、あらためて考えてみると、ちょっと、言葉も出てこないというか。
「……映像はPVのやつじゃなかったね」
そんな感想しか出てこない。
モニターに、歌詞と一緒に、背景として画像が表示されるんだけど、それに使われていたのが、あの曲のPVとして撮った映像じゃなくて、ジャケットの写真だった。
「ちょっと、詩音、感動小さくない?」
「そう言われても、カラオケに行ったの初めてだし、そういうものなのかなっていう感想しかないから……」
たしかに、『LSG』の曲が入っているんだから、同じ事務所の所属である『ファルモニカ』の曲も入っていて、不思議ではないんだけど。
「つまり、これからも増えるってことだよね?」
「今度のCDが発売になったらね」
多分、すぐに、なんていうことではないと思う……けど、わからない。
当日、即座に追加されるのか、あるいは、数日は日をおくのか、それはわからないけど。
でも、追加されるというのは間違いではないと、ほとんど、確信できる。
「二人のセカンドシングルも楽しみにしているわね」
「ありがとうございます。でも、由依さんたちのほうが先ですよね」
また事務所のサンプルをもらえるということになるんだろうか。
由依さんと真雪さんだけなら、私とレッスンの時間は被っているから、生で聴かせてもらえることもあるだろうけど、それはそれとして、CDも持っておきたい。もし、特典があるなら、そのために買ってもいいかもしれない。
「ええ。CDだけじゃなくて、今度は雑誌のほうも、トレカの特典がつくみたい」
「トレカですか?」
それが、トレーディングカードの略だということくらいはわかる。
でも、雑誌単体で、ほかと連動しているわけでもない、プリペイドカードとしての価値はないカードなんだよね?
もちろん、コレクターアイテムだっていうことはわかっているけど。
「ええ。二人はあんまりカードゲームには興味ないかしら?」
「はい。学校で、クラスの男子が話しているのを聞いたことはありますけど」
奏音が曖昧に答えて私のほうを見る。
「私は、あまり、学校ではクラスメイトと――いえ、クラスメイト以外とも、交流がないので」
トレーディングという以上、相手がいて成り立つゲーム? のはず。
「詩音ちゃん。お節介かもしれないけれど、コミュニケーションをとろうとする努力は必要だと思うわよ。事情は、なんとなくわかるけれど……」
由依さんが心配して言ってくれているのはわかっている。
「はい……私もそう思ってはいるんですけど。前にも話したことはあったかもしれませんけど、なんとなく、クラスメイトから、いえ、学校の人から距離をとられているような気がするんですよね」
いや、実際に距離をとられていると思う。あるいは、壁を作られていると言っても良いかもしれない。
それに、どんな話をしたらいいのかもわからないし。
一応、話し相手が一人もいないとか、そういうことでもないんだけど。保育園のころのこともあって、自分でもそうできるよう、努力はするつもりでいるんだけど。
「そもそも、アイドルとして活動する前から、もっと言えば、養成所に入るよりも前からなので」
一応、昔は、ライブの真似事をしてみたりもしていたけど、さすがに、小学校以上ともなってくると、なかなか、そんな機会もなくて。
「ファンレターももらったりしないの?」
「うん。奏音はもらってるの?」
ううん、と奏音は首を横に振る。
じゃあ、なんで聞いてきたんだろう。
「そのあたりは、わきまえているのでしょうね。近くにいるからこそ、ルールは守るという、矜持かしら」
由依さんも、学友から直接もらったことはないということだ。
ただ、事務所や雑誌社のほうにはファンレターは届くし、クラスメイトが――校則に抵触するかどうかはべつとして――雑誌を持ってきて、見たり、話したりは一緒にしている(あるいは、いないところでも話題に上がっているらしいことは聞いているらしい)みたいだけど。




