差を感じるのは向上心のなせること
こんなことを言ったら、奏音は私に合わせようとしてしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。
でも、どうしたらいいのか、具体的なことはなにも思い浮かばない。
「……私も一緒にテストを受けているから、奏音ちゃんの歌のことはわかっているつもりだけれど、隣に立つ詩音ちゃんとは比べられないわよね」
私はただ愚痴を漏らしてしまっているだけだから、慰めとか、励ましの言葉がほしいわけじゃない。
実際、奏音は歌だけの評価なら事務所内でも一番の成績を収めている。養成所のテストには、ダンスだけのもの、歌だけのもの、どちらも合わせたものがあって、もちろん、全部が一度にあるとか、ローテーションしているっていうことでもないけど、歌だけのテストの場合、奏音はいつも一番の成績を収めている。
逆に言えば、それだけ、ダンスとの間に差があるということでもあるんだけど、それにしても、まったく目も当てられないとか、素人同然とか、そんなこともなくて、あくまでも歌と比較しての話だ。
「でも、私から言わせてもらえば、詩音ちゃんの歌だって、決して、奏音ちゃんの歌に見劣りするようなこともないわよ」
「そんなことは……」
由依さんがお世辞を言っているようには見えないことはわかるけど。
それでも、やっぱり、誇張のしすぎだろうとは感じてしまう。
「アイドルのステージは、歌だけで決まるものでも、ダンスだけで決まるものでもないわ。それらが組み合わさって、ファンの人たち、スタッフの人たちとも一緒に作り上げるもの――なんて、言葉じゃ納得できないわよね」
それは、私もわかっている。
そもそも、人の個性だってそれぞれだし、歌が上手い人がいれば、運動が得意な人も、絵を描くのが巧みな人もいる。
そのうえで、一緒にステージに立つ相手のことを信頼して、ときに、寄り添ったり、離れたり、ぶつかったり、支え合ったりしながら、成り立たせるもの。
「でも、本当に、歌やダンスの技術的なことだけじゃないのよ、アイドルのステージは。まあ、私だってアイドル歴は詩音ちゃんとそれほど変わらないから、偉そうに話せることでもないんだけど。皆同じっていうわけじゃないから、見ていて楽しい気持ちになったりするんだと思うのよね」
「それは、上手いとか、下手だとかには関係なく、ということですか?」
売れるためにアイドルをやっているわけじゃない。
もちろん、売れてくれたら嬉しいし、それが次のステージに繋がるんだから、まったく気にしていないなんていうことはないけど。
「詩音ちゃんはアイドル好きよね? あ、自分で活動するのがっていうことじゃなくて、ほかのグループとかを観るのがっていう意味でよ」
「はい」
もちろん、自分で活動するのも今となっては大好きだけど、ほかのグループのステージとか、イベントに参加するのも――ファンとして――大好きだ。
「それはどうして?」
「どうしてって……あのステージの上にだけしかない、特別なキラキラを観たからです」
観た人に力を与えられる、そんな輝きを。
「それを観たとき、歌やダンスのうまい下手なんて、気にしていたかしら? もちろん、歌やダンスの技術が高いのは良いことよ。でも、きっと、歌やダンスのうまさに心が動かされたわけではないわよね」
「はい。それはそのとおりだと思いますけど……」
それを言ったら、と思っていることをそのままぶつける覚悟はなかったけど、由依さんの表情を見ていると、それでも言ってしまいたくなるから不思議だ。
「それは、見ている側からの意見です。一緒にやるということになると、そのうち、実力の差が……すみません。後ろ向きな考えしか出てこなくて」
こんなのはただ、僻んで、不貞腐れているだけだ。
「それだけ、詩音ちゃんの向上心が強いっていうことよ」
由依さんからかけられたのは、私はまだ口に出していなかったのに、まるで、私の心の中を覗いたように、しかも、そのくすぶっていた疑問に答えるような言葉だった。
なんで、私よりも私の気持ちに先に気がつくんだろう。
奏音との、パートナーだからっていう感覚とは違う。
「そもそも、歌を歌う人間にとって、奏音ちゃんの歌になにも感じない人間はいないわ。もし、あの歌声になにも感じないとしたら、真剣さが足りていないか、そもそも、感性がずれているか、ほかの人の歌にまったく興味がないか、どれかでしょうね」
それは、多分、由依さんも同じだっていうことなんだろう。
「えっと、自分も歌を歌うのに、他人の歌に全く興味がない人はいないと思いますけど」
「そうねえ。でも、それだけ自分の歌に自信を持っていて、揺るがない精神性があるのなら、あ、もちろん、上手いとか、下手とか、そういうことを感じないっていうわけじゃないわよ。ただ、それより、自分の中にしっかりとした芯が通っているならっていうことね。ただ、芯が通っているからすごいとか、一概にそうとも言い切れないけれど」
逆に言えば、他人と合わせるのが苦手だっていうことになるからね。
一人のアーティストとしてはすごいことかもしれないけれど、アイドルのステージは、基本的に、ほかの人と合わせるものだから。
「奏音ちゃんの歌は特別なもの。詩音ちゃんはそれを自分のレベルに合わせさせるのは心苦しいと言っていたわよね」
「はい」
だから、自分が追いつくか、あるいは、一緒には歌うことができないか。
「でも、うまいか下手かだけですべてが決まるほど単純でもないわ。聴いてくれた人に勇気を与えられるかどうか。それは、技術ではなくて、歌い手自身の気持ちがどれだけ込められているのかということ。カラオケの採点的な、あるいは、譜面どおりになぞるだけの歌が最高だというのなら、音声ソフトに歌わせていればいいだけだもの」
そんな、目に見えたりもしない曖昧なもの、なんてことを言ったりはしない。
私たちアイドルは、その目に見えないものを送って、他人を元気づけるのが仕事だから。
「それは暴論な気はしますけど」
「ふふっ、それもそうね」
さすがに、音楽ソフトに歌わせておけばいいだけ、なんてねえ。
音楽ソフトとか、音声合成ソフトが悪いって言っているわけじゃなくて、ただ、やっぱり、込められた熱とか、そういうものが伝わるっていうのは、そのとおりだと思っているから。
もちろん、音声ソフトだろうとなんだろうと、作詞とか、作曲者の想いは伝わると思うけど。
ただ、AIとかが進歩してきていると言われても、機械から込められた想いとかっていうのが、よくわからないというか。
ともかく。
「奏音ちゃんも思っていることはあるだろうから、二人でよく、良いことも、悪いことも、小さいと思えることでも、なんでも話し合ったらいいわ。詩音ちゃんは、奏音ちゃんから、恨み言とか、嫉妬とか、話されたとしたら、許せないって思う?」
「いえ。そんなことはありません」
どんなことでも聞き流せるとまではいわないけど、でも、奏音とはユニットを組んでいたいし、奏音の悩みは私の悩みも同じこと。だったら、一緒に考えるくらいはしたい。
もちろん、なんでもかんでも話せる、なんて思ってはいないけれど。
「そもそも、どうやって話したらいいのか……」
単純な悩み相談とか、わからないことがあるなんて話でもないから。
「それはね。奏音ちゃんから、詩音ちゃんの良いところ、素敵なところ、尊敬できるところ、そんなことから聞いていけばいいのよ」
「それは、ただの、面倒くさいだけの人になってしまうような気がするんですけど……」




