オフの日にしたいこと
「詩音。せっかくだし、遊びに行こうよ」
楽しみにしている雰囲気が全身からあふれ出ている奏音には悪いけど。
「奏音。オフって言葉の意味、知ってる?」
私たちが自作の歌詞を提出してから、当然、すぐに曲ができ上るわけじゃない。リテイクとかだってあるかもしれないし、それじゃなくても、各所に確認してもらう必要がある。
そして、曲ができたらできたで、収録やら、撮影やら、イベントやらで忙しくなることは目に見えているということで、一旦お休みを、と蓉子さんから、明日はレッスンには来ないでくださいね、と言われてしまった。
私は、毎日養成所に通っているわけじゃないし、わざわざ、臨時の休日を入れなくても、とは思ったけど、蓉子さんの笑顔には負けて、その日は休まざるをえなかった。
忙しいときには、連日の仕事が求められたり、定期の休日というのはない仕事だから、休むことのできるときに休んでおくというのは正しい在り方ではあるわけだけど。
私だけが休みということじゃなく、当然、『ファルモニカ』としてユニットを組んでいる奏音のスケジュールも同じで、オフになった。だからこそ、遊びに行こう、なんて誘われているわけだ。
奏音と遊びたい気持ちがないわけでもないけど、奏音と遊ぶっていうのは、養成所でのレッスンとか、『ファルモニカ』としての仕事でも似たような感じだし。もちろん、仕事は仕事で、遊び気分でやっているなんていうことじゃないけど。
「自由ってことでしょ?」
「そうとも言うかもね。だから、私は自分の自由を行使して、明日はゆっくり家で休息をとるから」
ベストのパフォーマンスを披露するためには、自分の体調管理もしっかりしていないといけない。
事務所では、蓉子さんも私たちの様子を見てくれていて、その蓉子さんから見て、多分、疲れが溜まってているようにも見たんだろう。
私自身は感じていなくても、まだ、中学二年生だということは変わりなくて。体力的にも、精神的にも。
「普通はオフと言われたら喜びが勝ると思うのですが……」
蓉子さんは、頼もしいですね、と苦笑気味だった。
「あの、朝のランニングくらいは大丈夫ですよね?」
とはいえ、最低限の運動というか、健康管理は必要だ。
多少は運動して、汗を流したほうが、気持ちが良いことも事実。
「はい。その後のケアをしっかりと怠らず、疲れがさっぱり落とせるのでしたら、自由に過ごしていただいてかまいません」
ただし、と蓉子さんは立てた人差し指を見せて。
「明日は養成所に来ることは禁止します。それから、多少の、健康管理程度の運動ならばかまわないとは言いましたが、家なら問題ないか、などと激しくトレーニングをされるのは禁止ですからね?」
「……はい」
家でなら、自由に歌ってもかまわないか、なんて思っていたけど。
私にとって、家で歌うのは、トレーニングだなんて思っていないことで、ある意味、日常みたいなところもあるし。
とはいえ、意図するところが、身体とか、喉とかを休めてほしいということなんだから、それも仕方がない。ランニングも、軽く流すくらいにしないといけないだろう。
しかし、アイドル活動を封じられると、私のやりたいことって、なんだろう。
明日は、一応、学校はあるけど、稽古事はないし。その学校も、午前中だけだし。
今までだって、予定のない日はあったけど、明確に、オフです、なんて宣告されたことはなかったから。
「あの、蓉子さん。オフって、なにをしたらいいんでしょうか?」
「なにもせず、疲れをとっていただくのが、私たちにとって一番ありがたいのですが」
蓉子さんは苦笑気味だった。
オフだと言われているのに、なにをしたらいいのか、なんて聞かれたら、それは、答えにも困るだろう。なにもしないのが正解、みたいな日だから。
「オフかあ……ちなみに、蓉子さんなら、どうやって過ごしますか?」
奏音が尋ねる。
「私で参考になるかどうかはわかりませんけど、そうですね、散歩をしたり、近所のカフェに一杯飲みに出かけたり、友人と買い物や、遊びに出かけたり、のびのびできることをなさればいいと思いますよ」
のびのびって、家でごろごろしていればいいっていうことだけど。
ようするに、『なにもしないをする』っていうことだよね。
とはいえ、ずっとベッドに横になっていればいい、なんていうことではないと思うけど。さすがに、それはちょっと、身体に悪そうというか。
「帰って聞いてみようかな」
一人で考えていてもわからないし、そういう、考えたりするような、頭も休めてほしい、みたいなことかもしれないし。
「そうねえ。それこそ、ベッドに寝転んで本でも読んでいるとか、音楽でも流しながら長くお昼寝をするとか、そういう感じでいいんじゃないかしら」
仕事を終えて帰ってきた母に尋ねてみたら、想像していたような答えが返ってきた。親子だからっていうことじゃなくて、一般的な休みの日に対するイメージがだいたいそんな感じだっていうことなんだろう。
たしかに、休みっぽいし、休みの日の父はそんな感じだけど。
「それって、不健康じゃない? 大丈夫?」
「そんなことはないわよ。むしろ、身体に負担をかけないことを徹底する、という意味では、丁度良いことだと思うわよ。普段の疲れをとるという意味でもね」
そうなのかな。そうかもしれないな。あまりにも、身体がなまるみたいに感じたら、ちょっと運動するくらいは大丈夫だろうし。
考え込む私に。
「詩音は、アイドルになると決めてから、ずっと頑張り続けてきたでしょう? 心は張り切っていても、身体のほうにはしっかりお休みさせてあげることも必要なんじゃないかしら」
母は、そうねえ、と少し考える素振りを見せてから。
「それじゃあ、明日は私とリフレッシュにでも行ってみる? 私も明日は休みだから。お父さんは仕事みたいだけど」
「どこかに出かけるっていうこと?」
出かけるなら、それは、休みとは言わないんじゃ……。
とはいえ、母にはなにか考えがあるみたいだし、私にとって悪いことはないはずだ。考えることを休めるのもオフのうちということなら、あれこれ考えず、任せてしまっていいのかもしれない。
なにより、私自身に、休みの日にやりたいこと、みたいなものがあるわけでもない。
家にいても、多分、トレーニングをしたくなるだろうから、そういうことのできない環境に身を置いてしまうというのは、手かもしれない。
「ええ。詩音が嫌じゃなかったら」
「嫌なわけはないけど、どこに行くつもり?」
それは行ってからのお楽しみ、と教えてはくれなかった。
リフレッシュに行くと言っているわけだし、そんなに遠くとか、行くのが大変なところ、みたいなことじゃないとは思うけど。行くこと自体がすでに負担、みたいなことだと、なにをしに行くのかってことになりかねないから。
「詩音と二人きりでお出かけって、久しぶりね」
「そうだったっけ」
ライブに行ったときには、奏音と恵さんが一緒だったからなあ。
それはそれで、すごく楽しかったけど、純粋に二人きり、という意味では、たしかにそうかもしれない。
「そうやって、すぐには思い出せないくらいには、久しぶりっていうことよ」
それは一理あるかもしれない。
ちょっと考えないといけない時点で、間が空いているっていうことには違いないわけで。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「ええ。ありがとう、詩音。お母さんに付き合ってくれて」
一応、天気も確認したけど、明日は晴れみたいだから、出かけるにしても不都合はないだろう。




