応援歌のイメージ
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一日やそこらで歌詞を――現状では、まだ詩だけど――思いつくことができるわけでもない。
日頃、歌詞について考える時間なんて、ほとんどとっていないからね。それより、ダンスや歌唱のスキル自体を磨くことに時間をかけている。
私たちは、作られた歌を歌って踊って表現することのプロではあるけど、歌詞やメロディ、振り付けを考える練習はしていない。
もちろん、歌詞を考えることに、資格や免許が必要ないことも、誰がいつどこでどんな作詞をしようとも、それこそ、言論とか表現の自由でも規制されていなければ、問題はないはず。
とはいえ、私たちが作ろうとしているのは、アイドルソングであり、応援歌。その枠組みという不自由さはある。
それで、由依さんたちに聞いたり、自分でも調べたり、それから、音楽の先生に尋ねたりもしてみたけど、どうやら、『なぜ、歌詞を書きたいのか』ということが問題になってくるらしい。
一つは、自分の気持ちを閉じ込めておく日記帳のようなもの。ただし、こちらは、誰にも見られないことが前提みたいなものだから、あまり、アイドルソングに向いているとは思わない。もちろん、そういうジャンルを選べば話はべつだけど。
もう一つは、自分の今の気持ちを伝えたいとか、誰かに共鳴してもらいたいとか、承認欲求によるものだ。つまり、大抵はこちらのパターンということになる。
恋の気持ちとか、社会批判、シンデレラな気持ち。
正直、それを表に出して、世界中に発信するとか、人によっては狂気の沙汰と思えるようなことだろう。
それで、歌詞っていうのは、止まった一瞬の場面を捉えるものらしい。
写真に近いのかな? と私は思った。
「応援歌っていうのがテーマで、アイドルソングっていうのがジャンルかな」
歌い手――つまり、私たち――から、聞くほうへ共感を求めるっていうのは、どんな曲でも同じだろう。
でも、それだと、当たり障りのない、もっと言えば、ありきたりの内容になってしまう。
私の場合、ターゲットは決まっている。
そうはいっても、私たちのライブを聞きに来てくれる人は、ありがたいことに、老若男女いるわけだからね。
あまり、特定個人を想って、なんて、歌詞を書いたりするわけにもいかない。
とりあえず、キーワードになりそうな言葉を連想して、書き出していくところからだろうか。
応援、つまり、エール。なにを応援してしいのかといえば、挫けそうになる心とかかな。あとは、夢を叶えていく自分とか、へこんでもまた立ち上がることができる強さとか。
単語っていうことになると、頑張れとか、勝利、挑戦、一歩前へ、全力、諦めない、折れない心、打ち破る、希望、未来、光、飛び立て、踏み出せ、立ち上がれ、駆け抜けろ。
聴く人の気持ちを奮い立たせたり、前向きにさせたりする、力強い言葉がふさわしい。
「これ以上は、メロディを聞いてからかな」
せっかく詩を作っても、メロディのリズムと会っていなかったりしたら、また、作り直しだから。
自分たちでするのが作詞で、作曲ではない以上、変更するのが容易なのは歌詞のほうだ。
メロディのテンポが、三音なら三文字になるような、五音なら五文字とか、そういう言葉の選び方をするほうが、綺麗に聞こえる。
もちろん、三文字とか、五文字とかっていうのは、比喩的な表現で、たとえば、『I LOVE YOU』なんて言葉になると、文字数に起こすと六文字でも、三音分で表現できる、かもしれない。
「とりあえず、掴みとしてはこんなところにしておこう」
あんまり、最初からがちがちに固めると、かえって、やりにくくなるから。それから、合わなかったときのへこみ具合とかも。
あとは、奏音と会って、すり合わせて、蓉子さんにも、事務所の意向というか、この方向性で問題ないのかを確認してもらって。
いざ、固まってきたときに、その雰囲気じゃだめだとか、訴える内容を変更してくれ、なんてことになると、かなり悲しいからね。いや、自分のがっかりとか、落ち込み具合かな。誰かを応援するための歌詞を作ろうっていうときに、自分がへこんだままで届けられる応援なんてないから。
そういうときにこそ、応援歌って必要だよねえ……なんていうのは、さておき。
一区切りつけたところで、メッセージが届いて、確認すると奏音からだった。
「順調?」
そんなメッセージがトーク画面に浮かんでいる。
「方向性は決まったかな」
「どんな感じ?」
「秘密。奏音のイメージに先入観とかを与えたくないから」
「けち」
「けちで結構」
あくまで、私のキャラクターソングじゃなくて、『ファルモニカ』の楽曲なんだから。
私と奏音、二人で考えないと意味はない。
そして、偶然揃うのは問題ないけど、できることなら、最初は違うイメージというか、考えを持っていて、それを突き合わせて、話し合って、作りあげていくほうが、お互い、納得できるものになると思うから。
「だいたい、奏音は作詞できるって楽しみだったみたいだけど? なにか、浮かんでいたことがあるんじゃないの?」
「そうなんだけど、実際、自分で作るってなると難しくて」
言うのとやるとのでは、天と地ほどに差があるっていうのは、わかるけど。
とはいえ、私だって、調べたりしながら、なんとかこなしてる有様で、他人に助言できるほど熟達してはいないし。
「浮かんだ言葉をそのまま、単語とかでも書き連ねていったら? 私もそんな感じだし、あとは、プロにアドバイスもらおうよ」
蓉子さんを含めて、事務所のスタッフの人とか。
いや、それよりも、この件に関しては、蓉子さんたちよりは由依さんたちのほうが頼りになるかもしれない。
私たちの先輩で、すでに、作詞も経験しているはずだから。
「最初から完璧にやろうとしすぎてるんじゃない? 韻を踏むとか、全部通しで作詞しようとか、物語性を作り上げようとか」
最初はフレーズだけ、とかでも良いんじゃないかな。
むしろ、最初から全部完璧にできるなんてこと、ほとんどありえないから。それができるなら、天才っていうことになるけど、それならそもそも、こんな風に私に相談してきたりはしないだろうし。
「べつに、なにも浮かんでなくても怒ったりしないよ。でも、奏音だって、歌いたいことの一つや二つ、あるでしょう? そんな、ふんわりした感じでいいよ」
「歌いたいことかあ」
歌いたいっていうか、伝えたいとか、訴えたいとか、届けたいとか、そんな感じの。
まあ、べつに、好きな単語とかでも全然いいんだけどね。
「なんでもいいのかな?」
「とりあえずはいいんじゃない? どうせ、アイディア出しの段階だから」
実際、私たちが完成形ですって持っていっても、そこから、添削なんかもされるだろうし、今は全然、粗削り以下でかまわないと思う。
「ありがとう、詩音。ちょっと考えてみる」
「あんまり、遅くまで根を詰めてやらないで、ちゃんと寝るんだよ?」
明日、は大丈夫だけど、明後日は写真撮影の仕事の予定が入っているんだから。雑誌のピンナップの数枚って感じらしいけど。
それなのに、寝不足で隈ができているとか、ふらふらしているなんてことになったら、問題だからね。健康管理は大切だ。アイドルは身体が資本なんだから。
「わかってるよ。大丈夫」
「うん。おやすみ」
私はスマホを置く。もし、続けようとしていても、返事もなくて、既読もつかなければ、奏音もすぐに諦めるでしょ。
心配は心配だけど、そもそも、遅くまで起きていようとしたら、恵さんもしっかりと言い聞かせてくれるはずだから。