初めての機会は、いつもそのときその瞬間だけ
「うまくやれるかな?」
「うまくやる必要なんてないよ。いつもどおりで大丈夫」
それだけで、十分、奏音のことを見てもらえる。
それに、実際に会場にいるのは、私たちみたいなアイドルじゃなくて、タレントの人たちだ。そんなに、値踏みするような視線には晒されないはず。
「隣には私もいるから。奏音は一人じゃないよ。それに、中学生の美少女二人組っていうのがちょっと目新しく思えたっていうだけで、皆、そこまで私たちに期待しているわけじゃないよ」
本当はどうか知らないけど。
とはいえ、実際に、私たちなんかよりも先輩で、人気も、知名度もある人たちも出演しているわけで、ある種、カンフル剤的な役割でもあると思うんだよね。
「あんなに練習したし、蓉子さんたちからもOKをもらっているし、CDの売れ行きも好調みたいで、だからこそ、呼ばれたわけだし、あと、奏音は可愛いし、歌もうまいし、奏音を笑うような相手は人とは違う感性を持っているだけだから、気にしなくて大丈夫だよ」
私だって、緊張していないわけじゃない。
練習は本番のように、本番は練習のように、なんてよく言われるけど、テレビ出演の練習なんて、したこともないからね。回数をこなして慣れていくしかない。もちろん、それだけ呼んでもらえるのなら、ありがたいことだけど。
「むしろ、初めての出演で緊張しているほうが可愛いと思ってもらえるかもしれないし」
「言葉とかも飛びそうで」
一応、アンケートには書いたけど、いや、むしろ、書いたからこそ、そのとおりに話さないといけないとかって、緊張感が増しているのかもしれない。
「奏音が詰まったら、全部、私がなんとかするよ」
「詩音だって緊張してるでしょ? 手、冷たいよ」
それは、ね。
初めてのテレビ出演で、緊張しないほうがおかしいでしょ?
「うん。緊張はしてる。でも、大丈夫。隣に奏音がいてくれるから」
一人じゃ立てないかもしれないけど、奏音と一緒なら。
アイドルのステージは、一人きりのものじゃない。仲間と一緒に立って、作り上げるものだから。
「私だって今はこうして平気そうに見えているかもしれないけど、本番でカメラの前に出たら頭の中真っ白になるかもしれないし。そうしたら、奏音、よろしくね」
「ええっ、ちょっと、詩音、怖いこと言わないでよ」
奏音が腕にしがみついてくる。
なにも、怖がらせようと思ったわけじゃなくて、私だって初めてなんだから、なにが起こるかわからないっていうだけのことで。
とはいえ、緊張したまま、カメラの前まで連れて行くわけにもいかない。
「はい。来ていいよ、奏音」
私は腕を広げて、微笑みかける。
「来てって、なに?」
「抱きしめて、甘えさせてあげる」
奏音は数度目を瞬かせて、ふらふらと私のほうに手を伸ばし。
「いやいや、そこまでするほどじゃないよ」
なんだか、焦ったような感じで手を振った。
「そう? 私はべつにかまわないけど」
「いや、かまって。もし、そんなことしているときに由依さんとかが来て、見られたらどうするの」
べつに、由依さんなら、なにも言わないと思うけど。
それに、他人の控室に入る前には、ノックくらいするはずだし。
「養成所でだって、わりと、由依さんたちの前でもくっついたりしてると思うけど」
「いや、なんか、外でするのはまたべつの気恥ずかしさがあるというか」
奏音は照れたように視線を外す。
結局、奏音の緊張をほぐすことが目的だから、本人が大丈夫そうならそれで目的は達しているといえるんだけど。
「中でならいいの?」
「詩音とのスキンシップでしか取れない栄養素ってあるから」
なにを言っているんだろうね、奏音は。
「熱はないみたいだね」
「私が馬鹿みたいにするのは止めて」
自分の台詞を思い返してから、もう一度言ってみてほしいかな。
とはいえ、普段の奏音もわりとこんな感じだし、調子は大丈夫そうだね。
「テレビの前の視聴者っていうことならべつだけど、今の、この局の放送スタジオっていうことなら、せいぜい、百人くらいしか見てくれる人はいないから、そんなに緊張するほどでもないよ」
「テレビに映るっていうこと自体、緊張するんだけどね」
ステージはわりといつもどおりにこなせてたと思うけど。初ステージのときも、もちろん、緊張していなかったなんていうことじゃないけど、どちらかといえば、嬉しいとか、楽しみとか、そういう感情のほうが大きかっただろう。
「それでも、うん、初めてのテレビ出演っていう機会は、今日、今この時しかないんだから、楽しまないと損だよね」
「その調子だよ、奏音」
私たちは向かい合って両手を繋いで、額を合わせる。
しばらくして、扉がノックされたので、私たちは頷き合って。
「はい」
「『ファルモニカ』さん。準備、よろしくお願いします」
連絡に来てくれた女性スタッフさんに揃って返事をする。
衣装のチェックは問題ないし、メイクはもともと、ほとんどない。進行や台本、受け答えも、しっかり頭に入っている。
部屋のすぐ外には、蓉子さんが待っていてくれて。
「おふたりとも、いつもどおりの成果が出せるよう、お祈りしていますね」
「ありがとうございます、蓉子さん。いってきます」
笑顔で手を振り、スタジオに入る直前に準備されていたマイクを手に取る。
「それでは、『ファルモニカ』のおふたりで、『Shining Brightly Stars』。どうぞ」
スタジオのほうからそんな声と拍手が聞こえてきて、待機というか、袖で動いてくれているスタッフの人たちからも、道を示される。
誰からも、私たちが中学生だからとかいう理由で侮られていたりはしない。もちろん、番組を壊すなよと、過度にプレッシャーをかけられてもいない。ただ、対等な仕事相手として尊重してくれている。
だから、私たちも敬意を持って、頭を下げて、スタジオのほうへ、奏音と一緒に走っていく。
眩い光に照らされたスタジオで、私たちは拍手に出迎えられる。
そんな拍手はすぐに鎮まる。同時に、歌のイントロが流れ始めたからだ。
若干、暗くなるスタジオと、スポットライトのように照らされる私たち。
ペンライトなんてものがあるわけでもなく、隣の奏音の存在だけが、この場の唯一の道しるべになる。
生まれてから今までで、一番聞いた曲。一番歌った歌。一番踊った振り付け――かどうかはわからないな、うん。小さいころから、いろんなアイドルの歌やダンスを真似してきたから。
そこは、そういう気概だっていうことで。
そんな考えが浮かんでしまったことを、振り払うように、マイクを握る手に力を籠める。
今の私はアイドルで、あのころの、見るだけだったころとは違う。今は私が魅せる側だ。
それは、場所がテレビ局のスタジオ、カメラや芸能人の人たち、スタッフや観覧席の人たちの前でも、変わらないパフォーマンスを引き出せる。
むしろ、のりすぎて、余計なパフォーマンスまでしてしまうんじゃないかと、そっちのほうが気になる。
奏音と視線を交わす。歌っていうのは不思議なもので、それだけで、お互いの考えていることは全部伝わる。それが、自分たちのための歌なら、なおさら。
この場にいるのは、誰もかれも、私たちより年上の大人の人ばかり。由依さんたちだって、私たちからすれば天の上の存在だ。小学生のころ、中学生が遥か大人に見えたのと同じように、高校生だって、それは変わらない相手だ。
今この場の人たちは、私と奏音のことを、年齢という物珍しさのフィルターをかけて見ていることだろう。由依さんたちは違うかもしれないけど。
そんな相手の意識は一瞬で掻っ攫ってしまおう。
奏音もそう考えている。




