ドリームミュージックアワーへの出演
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陽の出テレビで土曜日の夜の時間帯で放送されている『ドリームミュージックアワー』。
十年以上続いている長寿番組で、もちろん、司会とか、担当者はどんどん世代が交代しているけど、そこそこ以上の人気がずっと保たれている。
一番人気、かどうかはわからないけど、それでも、音楽系の番組としては上位に入る視聴率だということだ。
そもそも、日の出テレビ自体、大きな放送局で、国営放送を除いて、一、二を争う大きさの局だとか。
もっとも、そんな、曲の大きさだとかは、関係ない。テレビに出演する機会が与えられたというだけでも、かなり大きいことだ。
「一応確認しますが、出演の返事はどうしますか?」
「もちろん、します!」
奏音は蓉子さんの言葉を待ちきれずに宣言した。
言うまでもなく、私も同じ気持ちだ、あえて、声に出さなかったのは、奏音が答えるだろうと思っていたからだ。
「あの、念のためなんですけど、それって、本物ですよね?」
さすがに、日の出テレビを騙るほどの度胸のある詐欺師がいるとは思えない。
実際に問い合わせればすぐにわかるわけだし。そうなれば、この国でも最高に近い報道機関を敵に回すという事態になるわけで、さすがに、そんなに馬鹿な真似はしないだろうということは、私にでも想像がつく。
「はい。メールでいただいた依頼ですが」
それでも、確認はとってあるという話だった。
むしろ、その大きさの話がきたのに、私たちに確認するまで待ってくれているというのが驚きだ。
「もちろん、お受けします。願ってもない話ですから」
「私も詩音に賛成です」
奏音も間髪入れずに手を挙げる。
蓉子さんが確認してくれたなら、疑う理由もない。『LSG』も一緒だという話だし、曲のさらなる宣伝にもなる。
「ちなみにですけど、『LSG』のほうからは」
「まだ、お話をさせていただいていません。今日――正確には、昨夜きたお話しですし、今日、こちらにいらしたのは詩音さんと奏音さんが先でしたから」
つまり、これから話すということなんだろう。
もっとも、由依さんたちが断るとは思わないけど。
由依さんといえば、沙織さんとはあれからどうなったのか、気にならないといえば嘘になる。由依さんは今でも『LSG』を続けているし、調子も良いみたいだから、問題はないか、すでに話し合いとかは済んでいるのかもしれない。
なんにしても、音楽番組ということなら、ファッションモデルである沙織さんとは出くわすことはないだろうけどね。
「それでは、『ファルモニカ』としては出演させていただくということで、お返事しておきます。お時間をいただき、ありがとうございました」
蓉子さんが離れていってしまうと、ほかの生徒が近付いてきて。
「なに話してたの?」
「音楽番組への出演依頼がきたという話です。陽の出テレビさんから」
「それって、もしかして『ドリームミュージックアワー』?」
養成所に通うような生徒なんだから、当然、番組もチェックしている。
私たちはすでにデビューはしているわけだけど、過去、この番組がデビューの舞台になったというグループも少なくない。
「すごーい。いいなー。羨ましー」
「順位で私たちが負けているのは事実よ。膨れるのは止めなさい」
「すごいね、二人とも。あっ、いや、由依さんたちもだから、六人とも、か」
由依さんたちに勝ってから、とは思いつつも、まだ、なかなか。そもそも、勝負の機会自体があんまりないからね。
もちろん、普段から、アドバイスとか、時間の重なるときには一緒にレッスンもする同士ではあるけど。仲が悪いとか、ギスギスしているとか、そういうこともない、と思う。私たちの一方通行だった、みたいなことになると、かなり悲しい。
まあ、由依さん以外のメンバーとは、時間とかの関係上、あんまり、顔を合わせることもないんだけど。
「まだ、あくまで、話がきただけですから」
番組の構成くらいは知っている。私だって、見たことはあるからね。全部通してじゃないけど。
「おはようございます」
声が聞こえたので振り向けば、まさに、由依さんが来たところだった。
「おはようございます」
私たちも揃って挨拶を返す。
「由依さん。『ドリームミュージックアワー』の出演が決まったって、本当ですか?」
当然、由依さんも養成所の皆に囲まれるというか、質問を飛ばされる。
「ええ。今、蓉子さんに聞いてきたところよ」
つまり、由依さんたちも出演をOKしたということだ。メンバー全員の確認をとったのかどうかはわからないけど。なにせ、今、この場にいる『LSG』のメンバーは由依さんだけだ。
真雪さんもまだ来ていないし、六花さんと純玲さんは、そもそも、今日はレッスンに来ない。
由依さんはいつもどおりの笑顔で皆に対応しながら、私と奏音に顔を向けて。
「二人とも、『ファルモニカ』も、もちろん、出演するのよね?」
「はい。もちろんです」
胸を借りるつもり、とは言わない。
いつだって、私たちがステージのセンターに立っているんだという気概でいないと、アイドルなんて務まらない。
もっとも、点数だとか、勝ち負けだとかがつくようなものではないんだけど。
そもそも、年末に放送される歌合戦に参加するなら、『ファルモニカ』も、『LSG』も、同じ組だ。
「……なんだか、寂しいわね」
由依さんが少しだけ頬を膨らませて。
「なにがですか?」
「デビューという意味でも、私たちのほうが少し先輩なのに。もう少し頼って欲しかったわ」
もちろん、わざとなんだろうけど、拗ねているような顔を見せる由依さん。
さすが、というか、何人かはその表情に撃ち抜かれたようで、後ろから小さい悲鳴が漏れている。実際、私も危なかった。
こういうところは、私にはまだないから、見習いたいと思うところでもあるけど、そのへんはキャラクターだから、私がやるのもどうなんだろう、とは思う。
とはいえ。
「お願いします。由依さんだけが頼りなんです。テレビへの出演、歌番組のこと、詳しく教えてもらえませんか?」
そのくらいの演技はできる。こんな程度で演技なんて言っていたら、本職の役者の人たちから非難が殺到するかもしれない、あるいは、鼻でも笑われない程度なんだろうことは自覚しているけど。
それは、私は役者じゃないから、あまりこだわりはないから、おいておくとして。
「ええ、もちろんよ。詩音ちゃんと奏音ちゃんなら大歓迎。もちろん、皆もね。じっくり、たっぷり、手取り足取り、教えてあ・げ・る」
由依さんがわざとらしく私の顎に伸ばした人差し指をかけながら言うものだから、さっきよりも増して、悲鳴だか、歓声だか、なんだかよくわからない声が上がる。
このレッスン室は防音性能もかなり高いから、近所迷惑なんていうことにはならないだろうけど、アイドル志望が十数人以上も集まっているんだから、それは、まあ、はっきりいって、うるさい。
「今日は『LSG』のほうの集まりはないんですか?」
「ええ。私たちはいつも時間が重なるわけでもないし。年齢――学年もべつべつだし。だから、そういう点では、二人が羨ましいわね」
私と奏音は、大抵、同じレッスンに出席している。
ある程度、合わせていない部分がないとは言わないけど、それも、学年とか、養成所に入った時期が一緒だからとか、そういう偶然の結果だ。
それに、由依さんたちには、アイドルとしての仕事以外にもグラビアモデルとしての仕事もある。もちろん、それ以外にも、個々で仕事が違っていたりするし。




