魅力の影響
お世辞……と言うことでもないんだろうし、褒めてもらえるのは嬉しい。
だけど。
「お誘いいただけたのは嬉しく思います。機会がそうそう巡ってくるものではないということも。それでも、今はアイドルとしてのレッスンに力を入れたい。いろいろな経験が必要だということもわかりますが、あえて、一本道を進みたいです」
興味がないといえば、嘘になる。アイドルにも同じように写真集の仕事もあるということもわかっている。事務所の先輩から誘ってもらえた仕事だということも。
「恥ずかしいから、とか、自信がないから、みたいなことを言うようなら、無理矢理連れて行ったけれど」
由依さんは見定め、思案するように私たちを見つめ。
「こういうことで、先にデビューしてしまっておく、という手もあるのよ? 歌もダンスも、上手にできることに上限はないでしょう? ファンの人たちからすれば、最初は目立つほどでもなかった推しアイドルの歌やダンスが、自分たちが応援していたからうまくなっていったんだ、といったような達成感を得られる、みたいなこともあるかもしれないし」
そんな考え方が。
「うまくなければ、売れないし、次にも繋がらないのではないんですか?」
「それも、プロモーションとかの仕方でどうとでもなりそうだけれど……そういう詳しい話になってくると、私にはわからないの。ごめんなさい。私にわかる――感じているのは、詩音ちゃんも、奏音ちゃんも、朱里ちゃんも、とってもかわいいから、一緒にお仕事がしたいなってことだけよ」
美人に言われると自己肯定感が上がるなあ、なんて、ふわふわとした気持ちがよぎり、頭を振る。
「べつに、モデルとして活動しながらでも、ダンスや歌なんかのレッスンができないわけでもないから、気が変わったらいつでも声をかけてね」
由依さんは、奏音へ、それから、朱里ちゃんへと問いかけるような視線を移していったけれど、答えは私と変わらなかった。
そして、由依さんと真雪さんがレッスンに戻り、私たちは少し離れたところで。
「つい頷きそうになっちゃったよ」
「私も」
「私は今でも、受けてみたい気持ちはあるわ」
顔を見合わせて頷き合う。
初めて、生で接したからということもあるんだろうけど、まず、顔が強い。あの顔で迫られて、断るのには相当の精神力が必要だった。
だからといって、将来、他のアイドルとか、男性アイドルとか、あるいは、ホストクラブみたいなところにはまるつもりはまったくないけれど。
「そうなんだ。朱里ちゃんは、最初からそういう感じじゃなくて、まずアイドルとして、歌とかで売れてからって考えてるんだと思ってた」
奏音の言っていることは、私も同意見だった。
「私は、中途半端にしたくないだけよ。べつに、グラビアが中途半端だと言っているわけじゃないわよ。この写真を見ればわかる。間違いなく、プロの仕事。でも、私たちは、レッスンを始めたばかりでしょう? もちろん、まだ入り口に立ったばかりだということはわかっているけれど、それでも、素人なりにという、その素人を抜け出すっていう段階はあると思うのよね。だから、それまではこっちに集中したいのよ」
多分、目指しているところの違いだろう。
今の私たちの視野が狭いからかもしれないけれど、一つのことに集中したほうが成果を出せるタイプもいる。
もっとも、私も、奏音も、それから、朱里ちゃんも、憧れがまったくないと言えば、嘘になるんだろうけど。とくに朱里ちゃんからは強い気持ちを感じられるのは、同年代、一つしか年齢で変わらないというところも関係しているのかもしれない。
それから、後ででもなんでも、あの体型を作る、あるいは、保つ秘訣は聞いておきたいな。牛乳とかを毎日飲んだらいいとか、そういうことだろうか?
「あの、由依さん。レッスン、ご一緒してもかまいませんか?」
同じデザインのジャージのはずなのに、なぜ、こうも迫力が違うのかということは、ひとまずおいておくとして。
「もし、お邪魔でないのなら」
もちろん、トレーナーである――あるいは、でもあるというべきなのかもしれない――蓉子さんはいるけれど。
現役の意見を聞くことができるのは、とても貴重だ。
「ええ、もちろん。切磋琢磨していきましょう」
そうして、私たちも、由依さんと小雪さんのレッスンに、まあ、無理矢理感はあったけれど、便乗というか、同じ事務所なんだから遠慮することはないとはいってくれたけれど、厚かましかったかなとは思いつつ。
「詩音ちゃんはなにかやっていたの?」
一通り汗を流して、休憩時間に尋ねられた。
「歌うことは好きで、一人で歌っています。それから、昔からダンスを少し」
とはいっても、ダンスを習い始めたのは、私がアイドルに興味を持ち始めてからのことだけど。
それでも、もう、数年以上は続けていて、大会なんかには出ないけど、先生にも認めてもらえるくらいには、真面目にこなしていると思っている。あの先生は、あんまり人を褒めないんだけど。
「少し……?」
「自己分析が足りてないんじゃないかしら?」
奏音と朱里ちゃんがなにか言っているけれど、でも、私自身の意識としてはそんなものだからそれ以外に言いようもない。
自分で言い出して通わせてもらっていることだし、憧れに近づくことを考えたなら、まだまだ、実力は足りていない。
べつに、謙遜したり、ましてや、卑下したりなんてつもりはない。
「歌っていたり、踊っていたりするときの顔が良いのよね、詩音ちゃんは。こっちまで楽しくなってきて。本当に歌とダンスが大好きなんだなってことが伝わってくるわ」
「ありがとうございます。由依さんにそう言っていただけると、嬉しいです」
だからって、素直に褒め言葉として受け取らないということもしない。むしろ、素直なほうが可愛いだろうから。
そんな小さなことで、調子に乗っているとか、言ってくる人もいないだろうし、もし、そんなことがあっても、無視していればいい……できるかな。
「でも、歌は奏音のほうが上手なんですよ」
本当に、特別だと思う。
「もしかして、奏音、信じてないの?」
「そういうわけじゃないわよ」
私は本気で言っているのに。
そんな風に睨んでいたら、額を弾かれた。
「顔面も天才だし」
「詩音、なに言ってるの? というか、それは詩音には言われたくないわ。鏡見たことある?」
そんなの、毎日見てるに決まってる。
「でも、昔から私、皆に遠ざけられてきたから」
保育園でも、小学校でも、友達と呼べる相手は多くなかった。いや、はっきり、少なかった。
「ああー、それは」
「仕方ない、とは言いたくないけどね」
「気にすることないわよねえ……?」
奏音も、朱里ちゃんも、由依さんさえ、なんとなく、気まずそうな雰囲気で。
「違うのよ、詩音ちゃん。詩音ちゃんのことを嫌ってとか、そういうことじゃないの、むしろ、とっても可愛いと思ってるから。さっきも言ったわよね」
由依さんが慌てたようにフォローしてくれる。
その言葉を疑うわけじゃない。だけど、可愛いとか、きれいとか、一口に言っても、いろいろあるわけで。
「わかっています。私も、必要以上に、積極的に関わろうとは思っていませんでしたからおあいこです。それに、そうして遠巻きにされていたのは一時期だけで、すぐに皆と仲良くなれましたから」
「そ、そうなの。よかったわね」
だから、べつにトラウマになってるとかそんなことはないし、そんな風に、心配してくれるのはありがたいけど、気にする必要はない。




