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輝きが向かう場所  作者: 白髪銀髪


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プロローグ

 小さいころというのは、とかく、なんでも新鮮で、きらめいて、特別に見えるものだ。

 人によってそれは、白球を見事に打ち返すバッターだったり、ショーウィンドウの向こうで鮮やかな手つきでケーキを彩るパティシエだったり、怪我や病気を魔法のように直してくれる医者だったりするわけだけど、幼い私にとって最も輝いて見えたのは、テレビの向こうのきらきらのステージで笑顔を振りまき、歌って踊る、彼女たちだった。

 とても、自分と同じ人間がやっているとは思えない。実際、彼女たちは辛く厳しく過酷な訓練を乗り越えた、一流以上の輝きを演じるプロだったわけだけど。

 子供というのは、自分と違うものに敏感で、遠慮もなく、容赦もない。

 保育園の同じ組の子たちと、アイドルのことなんて話すことはない。そもそも、それほど仲良く話したりするような、友人と胸を張って呼べるような相手もいなかった。

 むしろ、一人、親譲りの真っ白な髪と青い瞳を持つ私を遠ざけるようにしていた。

 そのことに、私も初めのころは馴染もうともしたけれど、どうしても、疎外感はなくならなかった。子供だって、いや、相手も子供だからこそ、悪意敵意とは言わないまでも、遠巻きにしているとか、関わらないようにしているような感覚は、はっきり伝わってしまう。

 相手に好かれていないこともわかってくると、こちらから近づこうとも思わないわけで、先生たちはなんとかとりなそうとしてくれたけれど、どうしても、関り方がわからなかった。

 そんな相手と近づこうとすれば、悲しくなったし、それを押してでも一緒にいたいとは思えなかったから、保育園にいる間は、一人で本を読んだり、先生と歌を歌ったり、絵をかいたりして過ごしていた。

 だけど、本当に特別な彼女たちを見てから。

 そんな彼女たちの特別に比べたら、私のそれなんて、ほんの小さな、くだらないことに思えた。

 同時に、その心底疎んでいたものは、それどころか、一番使える武器だと思えるようにもなった。


「お母さん、私、アイドルになる」


 父は仕事で忙しく、滅多に一緒にいることはない。

 母も、忙しいことには変わりがないのだろうけれど、幼い私を一人にしておくことはしたくないと思っていたようで、そのころは保育園の送り迎えはしてくれていた。


「そうなの」


 そう伝えたときの母は、驚いたような表情をしていた。

 両親は共働きで、世間的にいえば、普通よりは大分成功を収めているという部類の、不自由のない家に産んでもらったわけだけど、その両親だけに、どんな分野であっても、成功することの厳しさはよく知っていて。

 母はすぐに、それまで見たことのなかったような、真剣な顔で私を見つめて。


「本気で言っているのね、詩音」


 アイドルのことなんて、ほとんどなにもわかっていなかった私は、素直に頷いた。


「途中で投げ出したりしないって、約束できる?」


「うん」


 歌のお姉さんとか、体操のお兄さんとか、そういう人たちも、大きな括りで言えばアイドルであったわけだけど、私が心を奪われていたのは、ステージの上で、綺麗な衣装を着て、まばゆい光に照らされて、煌めく歌を歌う、そんな彼女たちだった。

 

「じゃあ、お歌と踊りを頑張ろうね」


 保育園の同じ組の子たちの中にも、ピアノだったり、水泳だったり、英語だったりを習っている子はいたけれど、私はダンスの教室を選んだ。

 もちろん、それだけじゃなくて、同じ保育園の組の子たちとも積極的に関わろうと思った。

 皆が遠巻きにする理由は、なんとなく、察してはいたけれど、そんなこと、私にはどうしようもないことだし。

 そして、子供らしい異質感が理由なら、逆もまた同じようなものだった。


「ねえ、それって、『フルール』の『スポットライト』だよね?」


 目を輝かせていた少女たちの言う『フルール(正確には『FLEUR』)』というのは、女性アイドルグループのことで、『スポットライト』は、そのデビューシングルだった。

 もちろん、友達どころか、碌な話し相手もいなかった私は、一人で歌って踊っていたわけで、複数から、多人数での構成を前提としている振付が、それも、ただの四歳児である私に完璧にこなせるはずもなかったけれど。

 

「うん、そう。よくわかったね」


 拙いダンスではあったけれど、それでもわかってもらえたことの嬉しさはあり、しかし、それまでまともに話したこともない相手と話すことへの戸惑いもあった。

 

「わかるよ! 私も『フルール』大好きだし」


 自分が好きなものを好きだと言われて、嬉しくないことはない。

 友達のいなかった私にはわからないことだったけれど、どうやら、皆――すくなくとも、その保育園の女の子――の中では、まさに、話題の中心にいるグループらしかった。

 

「ねえ、もう一回、もう一回、やって。ねえ、さっちゃん、詩音ちゃん、すごいよ!」


 どうやら、私の名前は知られていたようで、その子の名前も知らなかった私は、少し、気まずさを覚えていたけれど、今まで遊ぶどころか、話したことさえなかったんだし、これからだよね、と言い聞かせ、つられて見にきた数人の子たちの前で、のりのりで歌とダンスを披露した。

 初めての、家族以外の前での歌とダンスには緊張したけれど、それより、見てもらえるという高揚感が勝っていた。

 音程は外れていただろうし、ダンスだってぎくしゃくしたものだった。到底、ステージとして、人に披露できるようなものではない。

 けれど、そんなことは関係ない。

 下手だとか、音痴――とまでひどくはないけれど――だとか、そんなことを気にするような子はいなかったし、私が踊り終えると、目を輝かせた拍手が響いた。


「詩音ちゃんすごーい。ねえ、今度は私も一緒にやっていい?」


 このころの、まだ、夢だとか、希望だとか、そんなものだけを持っていた私は、一も二もなく頷いて、それからしばらく、保育園ではそんな私たちのライブ(と呼ぶにはお粗末なものだったけれど)が流行ったりもした。

 年に一度のお遊戯会でも、男の子たちは太鼓の演奏を披露したけれど、私たちはそのダンスを披露した。

 もちろん、子供の言う、将来の夢はアイドルになることですとか、お花屋さんですとか、動画投稿者ですとかなんて、まさに夢のことであって、小学生になるとか、そうでなくても、年度が替わるといった程度のことであっても、ころころと変わるものだけれど。

 そして、子供の興味は移ろいやすいもので、皆が熱中していたなんていうのも、一時のことだったけれど、皆がまた別のことに興味の対象を移してからも、私はライブに夢中になっていた。

 同じダンスと同じ曲、繰り返しにより、洗練されてはいるはずだけれど、真新しさなんてものはない。トレーニングなんて言えるほどのものを積んではいない喉にも、踊るための体力にも、年齢相当の限界はある。

 ダンスの教室に通って習っている技術のひとつひとつなんて、それこそ、興味のない子たちにはまるで面白みの感じられないものだっただろう。

 それでも、両親への感謝と、自分の興味だけは尽きることはなかった。ほかの皆が魔法少女なになにとか、なんとか戦隊に夢中になるのと同じように。

 母にも、ダンスや歌に付き合わせたこともある。もちろん、スマホの動画を撮る係のことじゃなく、一緒に演技をする側として。

 休みの日には、父とも一緒に、それをテレビに映して、三人揃って鑑賞したり。

 そんな習慣は、さすがに人前でさらっとやることはなくなったけれど、小学校に入っても続けた。

 夢はアイドルになることだと、大真面目に言う私は、だからといって、そこまで大袈裟に避けられたり、いじめられたりすることもなく。


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