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第七話:知性の煌めきと愛の深さ

第七章・五話の間者視点です。

【フォルケン家断罪の影を越えて】


 冬の寒風が吹き荒れる南部の荒野を、馬車が進んでいる。その中にカレスト公爵がいると確認した間者たちは、慎重に距離を保ちながら後を追っていた。ラグナルへの報告を終えた後、彼女の動向を監視するよう命じられたのだ。

 薄暗い塔の一室。寒風が石壁に当たるたび、わずかな振動が伝わってくる。その場にいるのは、ラグナル直属の間者、遊撃隊員の一人であるエルムだ。彼の任務は、アデル・カレスト公爵の動向を監視し、必要があれば介入すること。しかし、今の彼はただ座り込み、アデルが短期間で真実に辿り着いた過程を反芻していた。


 ――アデル・カレスト公爵。貴女は本当に恐ろしい。


 遊撃隊の一員としてこれまで数多くの貴族を見てきたエルムだが、その知性の煌めきと、愛の深さにここまで恐れ入ったのは初めてだった。

 

 話は10日ほど前に遡る。ラグナルからの命令を受け、彼女の動きを監視し始めた。複数人との接見の後、ルーシェ公爵への接触、許可を取り付け、南部の塔へ向かうその行動の速さと正確さに、間者としての経験豊富な彼でさえ唖然とした。 

 カレスト公爵が王都を出発した頃。エルムはラグナル殿下の執務室で、カレスト公爵の動きについて報告を終えたばかりだった。アデルが塔に向かったとの報告を受けたラグナルは、王城の執務室にて深く考え込んでいた。その場には、エルムをはじめとする間者たちが控えている。

「塔に行った理由は、確信を得るためですね」

 エルムが報告を始めた。ラグナルは彼の言葉に耳を傾けながら、表情は硬く、視線は机上の地図に落としたままだった。

「彼女は、フォルケン家断罪の裏側を調べています。そして、殿下があの事件で果たした役割も」

 その瞬間、ラグナルの手が地図を握り締めた。その動作は無意識だったが、エルムにはそれが示す意味が痛いほどわかった。

「……知ったところで、彼女は何も変わらないはずだ」

 ラグナルの声には微かな震えが含まれていた。それは恐れか、それとも別の感情か。エルムには判断できなかった。

「殿下、彼女は真実に触れることで、殿下の孤独を理解し、包み込もうとしているように見えます」

 エルムの言葉は意図せずも力を帯びた。彼自身、フォルケン家断罪に関与していたため、アデルの行動が単なる好奇心ではなく、愛と覚悟から生まれたものであることを理解していた。

「……そうだといいが」

 ラグナルは短く答えると、目を閉じて深く息を吐いた。その姿を見て、エルムは静かに続けた。

「殿下。この部隊が組成されていなければ、フォルケン家の断罪も、カレスト公爵との出会いも、そして今日のこの瞬間もありませんでした」

 その言葉に、ラグナルはゆっくりと顔を上げた。エルムの真剣な表情が目に入る。

「殿下が築かれた間者部隊は、王国の裏側で多くの命を救い、多くの未来を守ってきました。そして今、その因果が巡り、カレスト公爵が殿下の過去と向き合おうとしているのです」

 ラグナルはその言葉をじっと聞き、やがて静かに口を開いた。

「エルム。この国を守るために選んだ道だ。だが、それが彼女を傷つけることになるなら――」

「それは、彼女が受け止める覚悟を持っている証でもあります」

 エルムは即座に返した。間者としての経験から来る確信が、その声に宿っていた。

 

 ラグナルはしばらく黙り込んだが、やがて決意を固めたように立ち上がる。

「私も塔へ向かう」

 その宣言に、エルムを含めた間者たちは一斉に頭を下げた。その場には、誰もが二人の未来を祈る静かな思いが漂っていた。


【ラグナル殿下観察日記】


件名:カレスト公爵による南部地域の塔への探訪

報告者:遊撃隊 エルム


観察内容:

本日、アデル・カレスト公爵が南部の塔を訪れるに至った背景と、ラグナル殿下の反応を記録する。


カレスト公爵の調査能力と行動力は、我々間者部隊に匹敵するか、それ以上の精度を誇る。短期間でフォルケン家断罪の裏側に迫り、その真実に肉薄した。その原動力は、間違いなくラグナル殿下への愛情だ。彼女は、単なる婚約者としてではなく、ラグナル殿下の孤独と痛みを知り、それを受け入れるために行動している。


ラグナル殿下もまた、彼女の覚悟と知性に圧倒されている様子だった。しかし、彼は自らが歩んだ道が彼女を傷つける可能性を恐れている。


感想:

フォルケン家断罪のために組成されたこの部隊が、巡り巡って殿下と彼女の未来を守るために存在している。

この国のために歩んできた二人が、どうか幸多い未来を手に入れられるよう、切に願う。

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