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第五話:芸術にされる王弟

第五章・九話の間者視点です。

【女狐の一手】


 ガーヴェルは、王城の廊下を急ぎ足で進んでいた。数分前、王城監視隊のマーサから報告が入った。「カレスト公爵が王城中庭に現れた」と。通常ならば「それがどうした」という情報だが、今の状況では話が別だ。5日の拒絶を経た後の突然の出現。間者一同、何か良からぬ意図を察していた。


 ――あの交渉術の恐ろしさを、俺たちは既に知っている。


 つい先日、ガーヴェルは、同僚であるレナからダモデス公爵とルーシェ公爵との交渉の詳細を報告されていた。その場にいたのはレナだったが、彼女の冷静な語り口の中に滲むわずかな怯えが、アデル・カレスト公爵の底知れない実力を如実に物語っていた。

「最初は穏やかで丁寧な笑顔、次に甘い言葉で相手を油断させて……。それからですよ。相手の弱点を完璧に見抜いて、容赦なく突くんです。そして最後には……あれです、相手が『これが最善の選択だ』って本気で思い込むんです。あのダモデス公爵が、ですよ」

 レナの声が蘇る。ガーヴェルは彼女が震えながら語っていた様子を思い返していた。普段冷静なレナが、そこまで狼狽するとは――それだけの異様さがあったのだ。


 ――あれはもう、交渉じゃない。芸術だ。


 レナが物陰で交渉を目撃する間、どれほどの緊張感の中にいたのかが容易に想像できた。

 しかし、その芸術の矛先が自分や自分の主君に向けられたらどうなるか。想像するだけで背筋が凍る。今回もまた、ラグナル殿下があの女狐に絡め取られる未来がありありと見える。

 ガーヴェルは心中で主君の幸運を祈りながら、王城中庭に急行した。


 中庭に着いたガーヴェルは、既に報告を受けて現場に駆けつけていた遊撃隊の一員と目配せを交わし、隠れ場所を確認した。アデルとラグナルの再会シーンを目の当たりにすると、背中に冷や汗が流れる。


 ――まさか、こんな短時間で人払いの準備まで整えるなんて。殿下、どれだけ焦ってるんだ。


 そして、ラグナルが「偶然」を装ってアデルに話しかける。そこからの二人のやり取りは、まさに交渉術と恋愛心理戦の融合だった。アデルの柔らかい言葉の中に潜む鋭さ。ラグナルの表情が少しずつ崩れていく様子。目の前で繰り広げられるやり取りに、ガーヴェルは驚愕する。


 ――女狐の牙は鋭いけど、殿下、完全に食われに行ってますよね?


 案の定、ラグナルは彼女の「機嫌を直すかも」という言葉に屈し、すべての要求を呑むことを決定した。その様子を目の当たりにしたガーヴェルは、手のひらで顔を覆いながら小さく呟く。


 ――これ、もう勝負じゃない。ただの愛の受け渡しですよ。


 隣で一緒に観察していた部隊員が小さく肩をすくめる。「推し活って、大変だな」と。ガーヴェルは思わず笑いそうになったが、主君の威厳を守るためにも必死に耐えた。


【ラグナル殿下観察日記】


件名:王城中庭での関税免除に関する交渉内容

記録者:遊撃隊・ガーヴェル


日時:数日間の接見拒否後の再会日

場所:王城中庭


観察内容:

•殿下、連日の接見拒否の影響で心身ともに疲弊。カレスト公爵の中庭出現に即座に反応し、人払いを命じた動きは迅速。

•カレスト公爵の交渉術、これまで見た中で最高峰。柔らかな言葉で殿下を絡め取り、最終的に全要求を通す手腕は驚嘆に値する。

•殿下、完全に彼女の掌の上で踊っているが、その事実を「幸福」と受け入れている模様。


分析:

•カレスト公爵の交渉力はもはや芸術の域。殿下の抵抗は無意味。

•殿下の心身を守るため、次回以降の彼女の動きに警戒が必要。ただし、こちらも推し活を楽しむ心の余裕を持ちたい。


備考:

交渉の場における「愛」と「知性」の融合を目撃し、感動すら覚えた。主君の幸せを見守る覚悟を再確認。

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