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第四話:内なる推し活

第四章・六話の間者視点です。

【報告とときめきの狭間で】


 ラグナル王弟殿下の執務室に、カレスト公爵家潜入隊の間者であるレナが静かに足を踏み入れる。彼女の手には、アデルとダモデス公爵の会談の詳細を記した報告書がしっかりと握られている。

「お待たせしました、殿下。先ほどの会談の内容についてご報告いたします」

 ラグナルは机に肘をつきながら、冷静な表情で彼女を見つめている。普段通りの知的で落ち着いた姿だ。しかし、長年仕えてきたレナにはわかる――これは、彼が興味津々で話を聞くモードに入っている証拠だ。

「報告を」

 短い指示に、レナは手早く概要を述べ始める。

「会談は中央図書館内で行われました。ダモデス公爵から提案されたのは、北部地域の治安維持部隊の強化案でしたが、実質的にはみかじめ料を要求する内容でした。これに対しカレスト公爵――アデル様は、ダモデス公爵を牽制し、一度沈黙させました。そしてダモデス公爵領を北部の中継地とする、包括的な交易幹路構想を提案されました。その結果、ダモデス公爵は提案を全面的に受け入れ、公爵領間の連携を強化することで合意した模様です」

 その時だ。ラグナルの目がほんのり輝き、口元がわずかに動いた。笑顔を堪えるような、いや、何かにときめいているような……。


 ――うわぁ……また始まった。


 レナは心の中でため息をついた。報告の中でアデルが鮮やかな手腕を見せた瞬間に、殿下の内なる「推し活」が始まるのだ。声に出さないが、彼の瞳は明らかに「愛と尊敬」に満ちている。

「アデルが、北部の将来を見据えた構想を……しかも交易幹路の構想の中で……」

 ラグナルがポツリと呟く。その声はまるで宝物を見つけた少年のようだ。

「さようでございます、殿下。アデル様は公爵としての見識を遺憾なく発揮され――」

「取引の中で、ダモデス公爵を一度沈黙させたと言ったな?」

「はい、殿下。ダモデス公爵の北部の独立を匂わせるような発言をされた際、ダモデス公爵の顔色が真っ青になりました」

 ラグナルの指先が小刻みに震えた。彼は一瞬、目を閉じて深く息を吸う。


 ――殿下、もしかして今、感動してます?


 レナは一瞬目を伏せた。このまま放置すれば、殿下は机の前で彼女の知性を讃え、内心でアデルへの想いを爆発させかねない。

「続けろ」

「その後、アデル様は交易幹路の構想について非常に具体的な提案をされました。そしてあくまで北部の盟主はダモデス公爵だと認めることを、痛烈な皮肉とともに示しました。それによって、ダモデス公爵も構想の利益と自身の立場の安泰を即座に理解し、交渉は円満にまとまりました」

「痛烈な皮肉とは?」

 レナは、やっぱりそこ食いつくよなぁと思いつつ、アデルの口調と声を真似て再現した。

「私、婚約破棄されてから、ずっと自助自立で生きてきました。ですので、自分より弱い領地に配慮することはあっても、わざわざ投資して面倒見るなんて、ごめんですわ。そんなことができるのは、親分肌な狸ジジイくらいでしてよ――と、おっしゃられました」

 その報告が、今日のラグナルの尊みの最高値だったことは間違いない。頬の綻びと肩の震えが隠しきれていない。

 ひとしきり感動の波を心の中で味わったのか、ラグナルは満足そうに微笑む。

「さすがだな、カレスト公爵……。あの冷静さと洞察力……」


 ――冷静なのはアデル様だけで、殿下は今ときめきが駄々洩れですが。


 レナは淡々とした表情を崩さず、報告を終える。

「以上が会談の全容です」

「ありがとう、レナ。素晴らしい働きだ」

 そう言われた瞬間、レナの背筋が微かに震えた。ラグナルの目が――キラキラしている。これは確実に「推しの活躍を聞いて嬉しすぎるとき」の目だ。自分が彼の「推し活」に加担していると思うと、妙な疲労感がこみ上げてくる。

「……いえ、当然の任務でございます」

 そう答えながら、レナはそっと心の中で呟いた。


 ――殿下、どうかその愛を隠す努力を……。いや、無理ですね。わかります。


【ラグナル殿下観察日記】


件名:ダモデス公爵との会談内容報告

記録者:カレスト公爵家潜入隊員・レナ


記録内容:

・アデル様とダモデス公爵の会談について報告。

・報告中、殿下は終始冷静を装っていたが、瞳の輝きと小刻みな指の動きが「興奮」を如実に物語っていた。

・特に「交易幹路構想」と「痛烈な皮肉」の話に触れた際、殿下の表情が一瞬柔らかくなり、感動に震えている様子が見受けられた。

・殿下の推しへの「絶対的信頼と愛情」は、当隊の間者たちの間でも周知の事実。


結論:

推し活にときめく殿下を見るとこちらの胃が疲れますが、これも任務です。どうか末永くお幸せに……。

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