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第三話:王弟の嫉妬

第三章・七話の間者視点です。

【息子の初恋を見守る気持ち】


 王城の食堂では、年が明けても忙しなく動き回る官僚たちが、食事を片手に一番盛り上がる話題でざわついていた。その中心には、案の定オルフィウス侯爵の名前があがる。

「今度はカレスト公爵に熱を上げてるらしいぞ」

 その一言が発端となり、話はあっという間に盛り上がった。

「だが、今のタイミングでカレスト公爵に近づくのは、ただの趣味じゃないんじゃないか? 政略的な何かがあるのかもな」

「いやいや、趣味に政略をくっつけるのが彼の特技だろうさ」

 そんな他愛もない会話が飛び交う中、誰かがぽつりと口にした。

「我らが王弟殿下は、これをどうするんだろうな……」

 その瞬間、場の空気が微妙に変わった。ラグナルがアデルと懇意にしていることは周知の事実であり、この噂が単なる戯言以上の意味を持つことを、官僚たちは理解している。


 しかし、その様子を陰から聞きつつ、「ふんふん」と妙に楽しげに頷いていたのがマーサだ。王城のメイドとしての顔を持ちながら、実はラグナル直属の間者部隊の一員である彼女は、この手の噂を拾うのも重要な任務のひとつだった。


 マーサが報告に向かったとき、ラグナルは執務室でいつもの冷徹な姿勢で仕事をしていた。机に広げられた書類の山を前に、彼の表情は一切の感情を排除したかのように平静そのものだ。

 だが、マーサはその無表情の裏に潜む「めんどくさい感情」を長年の経験から見抜いていた。

「殿下、オルフィウス侯爵とカレスト公爵の件でございますが……」

 淡々と、食堂で聞いた噂を報告する。オルフィウス侯爵がアデルに接近しているという話題と、その背景にあるかもしれない政略的な意図について。そしてそれが王城内でどれだけの憶測を呼んでいるかを簡潔にまとめて伝える。

 ラグナルは一切表情を変えない。言葉もなく、ただ彼女の言葉を聞いている。しかしマーサには見える。殿下の目が微妙に鋭くなる、その一瞬の変化が。

 

 ――うん、こりゃダメだ。完全に嫉妬してるわ。


 報告を終えた彼女は一礼しつつも、心の中ではツッコミが止まらなかった。


 ――いやいや、あれだけ公爵様とラブレター並みに手紙をやり取りしておきながら、そこにオルフィウス侯爵が割り込んできたら、それは気になりますよね。でも、表情には出さない……いや、出せないのか。お察しします、殿下。


 マーサが退室する瞬間、扉の狭間からラグナルの姿を捉えた。ラグナルの手元が一瞬止まる。そして、机に肘をつき、片手で目を覆うように顔を支える。完全に感情が漏れ出しているように見えるが、彼の中ではギリギリの抑制なのだろう。


 マーサはその姿を見つめながら、内心で小さく笑う。

 

 ――殿下、そりゃ公爵様を気にかけるのは当然ですけどね。オルフィウス侯爵ごときに嫉妬するなんて、なんだか息子の初恋を見守る親みたいな気分になりますよ。


 彼女は足音を立てないように執務室を後にしながら、ふと心の中で思う。

 

 ――まあ、でも可愛いですよね。殿下のこういうところ、きっとカレスト公爵もお気に入りなんでしょうね。


【ラグナル殿下観察日記】


件名:オルフィウス侯爵とカレスト公爵に関する噂

報告者:王城監視隊・マーサ


観察内容:

・王城内で、オルフィウス侯爵がカレスト公爵に接近しているとの噂が急速に広がっている。

・殿下は報告を受ける間、完全に平静を装っていたが、机に肘をつき顔を覆う姿から、明らかに内心では嫉妬の嵐が吹き荒れている模様。


推測:

・殿下は「理性的に処理しよう」としているが、感情的には完全にアウト。特にオルフィウス侯爵の浮気癖を知っているだけに、余計に気に障った可能性あり。

・殿下のストレス発散用の何かを用意しておくべきかもしれない。


備考:

・殿下の「感情と理性の攻防戦」を間近で観察できたのは貴重な経験。今後も引き続き、殿下の感情の動きを観察しつつ、暖かく見守る所存。

・ちなみに、執務室を出る直前、殿下が「フッ…」と微かにため息をついていたのを確認。これを聞いて、私は心の中で「頑張れ、殿下!」とエールを送っておいた。


追記:

・その後、殿下が護衛もつけずにカレスト公爵邸へ向かった模様。想像以上の衝動的行動に、間者一同、唖然とした。カレスト公爵の身に何もないことを切に願う。

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