第一話:喫緊の最重要課題
第一章・三話の間者視点です。
【殿下の喫緊の最重要課題】
王城の静寂の中、ラグナルの私設間者部隊を統括するリーダー「ロデリック」が、ラグナルの私室に足を運んだ。手には情報の詰まった報告書が握られている。もちろん、それは国家の平穏と安定のためのものだ。
「殿下、本日の報告書をお持ちしました。……こちらに、今後の国内情勢に関わるものが記載されております」
ロデリックの声には平静さがあった。しかし、ラグナル殿下が報告書を受け取り、何枚かをめくった瞬間――その目が何かを閃かせ、深く頷いたのを見て、彼は少し不安を覚えた。
「……両方とも、喫緊の最重要課題だな」
「……え?」
思わず漏れたロデリックの声を、殿下は聞かなかったことにしたのか、そのまま書類に目を落としながら独り言のように続けた。
「彼女――いや、アデル・カレスト公爵は、この国にとって非常に有益だ。その知性や発想を活かさねばならない。それを逃すなど、国家にとって大きな損失になるだろう」
そう言いながら、ラグナル殿下の目線はどこか遠くを見つめていた。明らかに「国家」に関係ない何かを想像している様子を、ロデリックは見逃さなかった。
――喫緊の最重要課題……ですか? ただの誕生日と領地帰還の情報が?
ロデリックは数歩後ずさりつつも、冷静を装った表情を保つ。しかし、心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。
――ここまでの情報、明らかに「個人的な感情」が絡んでるだろうが! いや、殿下が恋愛をされるのは良いことだが、これを「国家的課題」に昇華するのはいささか無理があるのでは!?
ロデリックはその場での反論を諦め、報告を済ませると軽く頭を下げ、部屋を後にした。そして廊下を歩きながら、頭の中で対策を練る。
その夜、ロデリックは部隊のリーダーたちと秘密裏に会合を開いた。ラグナル殿下の「喫緊の最重要課題」に関する議題を話し合うためだ。
「殿下が我々に期待しているのは、国家の安定だ」
「でもさぁ、その安定の一環に、あのカレスト公爵の動向が含まれるんじゃない?」
「いや、あれはどう見ても個人的な――」
「静かに!」
ロデリックが声を低く響かせ、全員を黙らせた。
「結論だ。我々の新たな非公式任務を確認する。本件においては、アデル・カレスト公爵に関連する殿下の行動を見守り、観察し、そして影から応援する。……非公式にだ」
「了解!」「異議なし!」「任務の一環なら仕方ない!」
この瞬間、ラグナル殿下の間者部隊内に、「殿下の恋を見守り隊」が非公式に結成された。そして彼らは、この「最重要課題」を国の安定と信じ、全力で支えていく覚悟を決めた――あくまで任務の一環として。
【ラグナル殿下観察日記】
件名:喫緊の最重要課題に関する観察記録
報告者:統括部隊長・ロデリック
1.アデル・カレスト公爵の誕生日情報
重要度:殿下的には「最高」。
詳細:現時点で特段の危機要素なし。むしろ祝い事として良好な社交の機会に。
2.公爵の領地帰還情報
重要度:殿下的には「即対応が必要」。
詳細:追尾および今後の行動計画に注視必要。
備考:
ラグナル殿下の目の輝きが増しているのを確認。現時点では安定した指示を継続中だが、過度な期待により今後暴走する可能性あり。追加観察を要す。




