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第四話:取り上げられた灯火

【希望の芽吹き】


 春の王都の空は澄み渡り、朝陽が新しい一日の始まりを告げる。

 王城の大広間には、貴族や騎士団、そして遠くから集まった代表者たちが集まっていた。


 壇上で群青のマントが翻る。その背に負うのは、金糸で描かれるアヴェレート王家の紋章。

 父譲りの高貴な黒髪に、母譲りの気品ある青い目。体格の良さが武人を思わせる。その端正な顔立ちに、精悍さが湛えられている。

 会場中が息を潜めた。歴史と未来を従えて君臨する彼を見上げて。

 王国歴一五〇年四月。本日は、アーサー・アヴェレートの立太子宣言が行われる日だ。


「諸君」

 アーサーの声が、大広間に響き渡った。

「我々は今、古き時代の葬送を見届けている。不義と不信と腐敗。この国を長く縛りつけた鎖は、ついに断ち切られた」

 その言葉は、貴族たちの目に期待の光を宿らせた。広間中が固唾を飲んで見守っている。アーサーは、その広間を見渡して告げた。

「新時代への一歩を踏み出すべき時が来た。我々の祖国は、一つの大国として、誰もが豊かに暮らし、誇れる国となるべきだ。そのために、まずは不当な搾取に遭った領地の再建。そして王都と領地間の連携強化。その先に、偉大な千年国家としての道が開かれる」

 広間にざわめきが広がった。「千年国家」などという言葉を、誰も聞いたことがなかった。この大陸で最も古い国はヴァルミール。それですらも、二百年を超える程度である。

 アーサーは声を張り、拳を振り上げた。

「我々は、拙速を尊ぶことで、数々の歴史的困難を乗り越えてきた民族だ。その合理と情熱こそが、百五十年続いた偉大な道のりだ。この歩みは止まらない。それが例え千年先の未来であっても! 我々は団結して、歩み続けることができるアヴェレートの民族だ!」

 広間にいる全ての人間が聞き届けた。その新時代の産声を。

 盛大な歓声と拍手が広間を埋め尽くす。これまで抑圧されてきた者たちが、自分たちの解放と再生を確信した。その歓喜に、多くの者が打ち震えていた。

 この時を境に、「千年の団結」というフレーズが、新時代の象徴として人々の心に刻まれる。


 ラグナルがこの様子を見つめていた。

 混乱と退廃が渦巻く時代に轟いた、兄アーサーの力強い言葉。アヴェレートの名の下に、人心が救われ、統合した瞬間だった。

「兄上……貴方なら、この混迷の中に希望を見出せる」

 ラグナルが、久しぶりに心からの微笑みを浮かべた。彼もまた、アーサーの言葉に救われた一人だった。


 その夜、王家の中核の者たちが、王の私室に集まっていた。

 国王ノイアス、妃オクタヴィア、王太子アーサー、王太子妃メレディス、そして第三王子ラグナルだ。

 ノイアスは椅子にもたれかかり、深いため息をついた。

「今の混乱を収めるのは容易ではない。この国をここまで傷つけたのは、全て私の責任だ」

 ノイアスの眉間に、深い皺が刻まれている。長年、彼は穏健な王として君臨してきた。しかしここ十年ほど、その苦労によって皺と白髪を増やしてきた。

 オクタヴィアが口を開く。

「陛下。一つの時代を終わらせることは、常に痛みを伴うものです。ですが、その痛みの中から新しい未来が生まれることもまた、歴史が示していることではありませんか」

 オクタヴィアが真っ直ぐノイアスを見つめる。伴侶を信じ、支える目で。

 その目線に、ノイアスは微笑みを浮かべた。そして再度、表情を引き締める。

「確かに、これもまた新しい時代の痛みだろう。しかし、人々の心からフォルケンの記憶が消えるのには、片手では足りないだけの年月を要する。今この時期に新しい王を立てても、人々の心には依然として古い影が残る。それでは、新時代の出発にはならない」

 彼は決意を込めて、言葉を締めくくった。

「すべての汚れは、この当代の王の責任として片付ける。その後にアーサーが戴冠し、新たな時代の象徴となるのだ」


 アーサーは頷いた。そして確信の笑みを浮かべた。

「父上。その時が来たら、必ずこの国を千年続く王国にしてみせます」

 アーサーの力強い言葉に、メレディスが更に言葉を添える。

「千年後の子ども達はきっと、今日の混乱を、ただの歴史書の一行として記憶するでしょう。そしてその時、彼らは私たちが築いた王国のもと、誇りを持ち、笑い合っているはずですわ」

 ラグナルは、次代の国王夫妻の言葉に胸を熱くしていた。フォルケンの闇を断ち切った後に訪れた混乱。それを乗り越えるための王家の覚悟。

 どれほど険しく苦しいとしても、進むべき道であると、ラグナルは信じて疑わなかった。


 窓の外では星々が瞬き、夜空が新しい時代の訪れを見守っていた。希望の光が、確かに灯されていた。


【フォルケン残党の陰謀】


 アーサーの立太子から一年。

「――以上が報告となります」

「よく掴んだ。ありがとう。任務に戻ってくれ」

 ラグナルは、自身の間者から報告を聞き終えた。その報告内容は、王家分断計画。

 これは、旧フォルケン派閥に属する者たちを中心に、練られた計画だった。彼らは表向きには、王家への忠誠を装っていた。しかし派閥の影響力は失墜し、王国議会や事業でも、以前のような旨みに与れていない。

 権力による贄に肥えた者たちの、飽くなき強欲。その槍玉に挙げられたのは――第三王子ラグナル。

 彼らが地下に潜伏して練り上げた計画。それはラグナルを「王家の対立軸」として担ぎ上げるもの。

 書簡に記された詳細な計略――王太子アーサーとの不和を煽り、国民の中に分裂を生じさせる。

 この計画の裏側に潜む意図こそが、国内の安定を蝕む毒であった。


 ラグナルは机に広げられた報告書をじっと見つめていた。

「王家の結束を揺るがす……か」

 低い呟きが漏れる。彼の胸には、冷たい鉛が詰め込まれたような重苦しさが広がっていた。窓から差し込む春の光が、無情にもその報告書を照らしていた。


 ――自分がこの国にいる限り、この機運は燻り続けるだろう。そして、国内をまとめる兄の枷になる。


 その考えはラグナルの中で確信に変わりつつあった。

 以前のような断罪劇で政敵を排除することは、もはや不可能だ。人々が王家への忠誠よりも、恐怖を優先するようになれば、この国の未来は崩壊する。アーサーが目指す「強く繁栄する王国」の理想は、永遠に手の届かないものになる。

 ラグナルは立ち上がり、窓の外へと視線を移した。舞い落ちる花びらが、風に乗って揺れながら消えていく。

 アーサーは、この国の未来を指し示す統率者だ。ラグナルにとって、彼と共に歩むことが希望であり、誇りでもあった。

 しかしこのままでは、自分の存在がその枷となる。その予感を、ラグナルは許せなかった。


 その夜、王の執務室に、王家の中枢メンバーが集まった。そこでラグナルは決断を口にした。

「私は、祖国を離れます。兄上が戴冠されるその日まで」

 ノイアスもオクタヴィアも、そしてメレディスも、その言葉に表情を動かさなかった。ただ、アーサーだけが声を上げた。

「ラグナル、待て。そんな必要は――」

「兄上」

 ラグナルは兄を真っ直ぐに見つめ、低い声で遮った。

「この国には、私よりも貴方が必要です。王家の結束と王国の団結を守るためには、私が去るしかない」

 アーサーの表情には、苦渋と悲しみが滲んでいた。それでも、弟の意志の強さを感じ取ったのか、やがて頷いた。


 ラグナルはその場を離れ、中庭で立ち尽くしていた。春の穏やかな夜の風が、花を散らしながら、彼の頬を撫でていく。

「……ああ。あの案件を前倒しにしなくてはならないな。指揮系統も見直さなければ」

 祖国を離れることで生じる、現実的な煩わしさ。それに思考を寄せることで、ラグナルは己の心から目を背けた。その、灯火が消された心から。

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