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第三話:光なき夜明け

【断罪劇の開幕】


 翌日。王都の空は鈍色に曇り、冷たい風が骨身に染みるような晩秋の夜だった。

 その暗闇の中、王家直轄の騎士団が密かに動き出した。彼らの目標は、フォルケン公爵家当主とその一族。王都に滞在中の公爵家当主は、王城に近い邸宅で拘束された。同時に南部のフォルケン城では、妻と次期当主が闇夜に紛れて包囲された。

「お父様! お母様!」

 当主の孫娘の泣き叫ぶ声が響く。しかしすぐにかき消された、剣戟の混乱と共に。

 この作戦を指揮したのは、王子アーサーとその弟ラグナル。王家の威信と未来を背負った二人の王子の勇猛な行動は、この夜、王国の歴史を大きく塗り替えた。


 フォルケン公爵家に対して、裁判は行われなかった。彼らに適用されたのは「国家内乱罪」。この罪は、国家を揺るがす重大な危険行為に対し、即時の処刑を可能とする特例だった。

 その適用理由には、フォルケン公爵家の巨額脱税、王族を利用した立太子妨害、他家からの搾取を通じた影響力拡大などが挙げられた。これらの行為は、王国全体に及ぼす経済的損失と民心の荒廃を引き起こしていた。罪の証拠として、これ以上ないほど出揃っていた。

 フォルケン家の公爵位剥奪の上、当主夫妻と次期当主の処刑が即時決定した。


 その日は冷たい雨が降り、濡れた石畳が不吉に光っていた。

 フォルケン家当主は、王都の広場に設置された断頭台に引き立てられた。広場には異様な静けさが漂い、集まった群衆の目に憎悪と好奇が入り混じる。

 フォルケン家当主は、長い間「第二の王家」として振る舞い、贅を尽くした男だった。だがその姿は今、見る影もない。両手は縛られ、足取りは震えていた。

「やめろ……私は……王国の繁栄のために……!」

 当主は命乞いをしながら、無様に足掻いた。しかし、その声は次第に恨みつらみへと変わる。

「貴様ら王家が! この国を食いつぶしているのはお前たちだ! 私を殺せば、民が誰を支持するか、見ものだな!」

 その声が、断頭台に響き渡る。群衆からはざわめきが起こり、冷笑する者もいれば、見つめる者もいた。


 ラグナルは、王族席からその光景を見ていた。

 断頭台の刃が重く持ち上がり、無機質な音を立てた。やがて、刃が落ちる音と共に当主の首が鈍い音を立てながら地面に転がった。濃厚な血の匂いが広場を覆う。人々は一瞬息を呑み、そして大きな喧騒と動揺が広がる。

 ラグナルは、一瞬たりともその場から目を逸らさなかった。

 この瞬間を十年以上待ち望んでいたはずだった。しかし、胸に湧き上がるのは報復の快感ではなかった。ただ冷たい事実がそこにあった――自身の策略で、人が死んだ。

 その事実が、ラグナルの心から一つ、色を失わせた。

 その日以降も、処刑は非公開で引き続き執り行われた。その数、合計二十四人。全てを見届けたとき、ラグナルの心から全ての色が失われ、深い闇に沈んでいった。


 ある夜、王城の地下にある暗く湿った監獄で、ラグナルは鉄格子越しにコーネリアスと向き合っていた。鉄格子には錆が浮き、不気味な蝋燭の光がコーネリアスの顔を照らしていた。

 かつてラグナルが「兄上」と呼んだ男の成れの果て。

 コーネリアスはラグナルを見るや否や、低く唸るような声を発した。

「お前か……俺をこの檻に閉じ込めたのは。よくもここまでやったな、ラグナル」

 コーネリアスの顔には、怨嗟と怒りが渦巻いていた。彼はフォルケン家に担ぎ上げられた存在であり、自身がこの状況を招いたわけではない。それでも、王族という立場が彼を救うことはなかった。


「聞け、ラグナル……貴様のような卑怯者が、この国の未来を語るとは笑わせる!」

 その言葉は徐々に激しさを増し、罵詈雑言へと変わっていく。

「貴様は父王の尻に隠れ、兄の影に潜み、ただ策略に酔いしれるだけのクズだ! 王家の恥さらし! この俺を貶めた貴様も、その罪を必ず背負うことになる!」

 コーネリアスの怒声が監獄に響く。しかし、ラグナルは一切表情を変えず、黙ってその言葉を聞いていた。

「……罪を背負って殺された人間の数だけ、その者達にも歴史があったことを忘れるな。それを奪っておいて、人並みの幸せを得られると思うなよ」

 その呪詛は、まるでこの世の闇そのもののようだった。ラグナルは、一瞬の静寂の後、伏せた目で、冷たい声で答えた。

「百も承知だ」

 その声音は石壁の空間に、静かに、揺るぎなく染み渡った。


 ラグナルが監獄を出た時、夜の冷たい風が頬を撫でた。星も見えない暗い空の下、彼は一人で立ち尽くした。


【退廃と混乱】


 フォルケン城が没収された後、その財産を巡り、王都では新興商人たちが賑やかな競りを行っていた。

「さあ皆さん、こちらをご覧ください! これがフォルケン家の食堂に飾られていた黄金の燭台です! 現在、スタート価格は銀貨百枚! 誰が持ち帰りますか?」

 競り人の声が広場に響き渡り、人々は笑顔で拍手を送っている。

「俺が出す! 銀貨二百枚だ!」

「あら、そんな端金で買えると思うの? 私は銀貨二百五十枚!」

 声を張り上げる商人たちの中には、フォルケン家が支配していた時代には見る影もなかった者たちがいた。かつて大雪害で苦しんでいた北部商人が、今では煌びやかな服をまとい、得意げな笑顔を見せている。


 その一角に、目立つ男が一人。彼は拍手喝采を受けながら、競り台に立ち上がりこう叫んだ。

「これこそ、新しい王国の文化だ! 金さえあれば、貴族の歴史だって俺たちのものになる! 俺はこの国の栄華を金で買ってやるぜ!」

 周囲からは喝采と笑い声が巻き起こった。


 その光景を、視察に来ていたラグナルは遠くから見つめていた。

 彼の視線の先には、売りに出された聖画があった。かつて東部の教会の祭壇を飾っていたものである。今ではその聖画は、民衆の手に渡る金品としてしか扱われていなかった。

「……神ですら恐れることはない、ということか」

 ラグナルは呟き、続けて辺りを見渡した。どこかで神を祀る歌が聞こえてくることを期待したが、そんな気配は一切なかった。

 フォルケン家の没落とともに、教会の宗教的権威すらも失墜していた。


 ラグナルの心に、いつか父が語っていた言葉が蘇る――文化や信仰は国の魂だ。それが退廃すれば、いずれ国そのものが失われる。

「……これが退廃か」

 彼は小さく呟いた。父が恐れた文化――王国の精神――の喪失が、今まさに目の前の現実として起きている。

「ラグナル、どうした?」

 横にいたアーサーが問うと、ラグナルは首を振り、答えた。

「いいえ、何でもありません。ただ……変わりましたね、この国も」

 アーサーはその言葉に深く頷いた。

 彼らの視線の先では、新興商人たちが歓声を上げ続けていた。フォルケン家の遺産を瓦解しながら。

 それは、時代の転換を象徴するようでありながら、どこか空虚で滑稽な光景だった。


 フォルケン家の断罪は、文化的退廃に加えて、政治的混乱も起こしていた。

 広場の一角、まだ背丈も気概も未熟な若い貴族たちが集会を開いていた。中心に立つのは、フォルケン家に苦しめられてきた伯爵家の次男アントン・リューベック。肩にかけた赤いマントを翻しながら、木箱の上に登って声を張り上げる。

「皆さん、聞いてください! 高位貴族たちの既得権益を、このまま許していいのか? 彼らが王家に従わず、私腹を肥やしてきた結果が、我々の生活をどれだけ苦しめたか思い出してください!」

 その声に、周囲の若者たちが大きな拍手と歓声を送る。まるで見事な歌劇でも見たかのように。

「王家の正義を見よ! 我々は王家の意志を信じ、この国を再び正しい方向に導くべきだ!」

 アントンの言葉が響くと、一瞬の静寂の後、またもや拍手が起こる。

 その熱狂の影に、皆の胸の内に沸いた純朴な疑問があった――正しい方向って、具体的には何だろう?

 しかしアントンは、さらに強い言葉で声を張り上げる。

「王家を支持できない奴らは、何か後ろ暗いことがある国賊だ!」

 その瞬間、その日一番の拍手が惜しみなく送られた。時代のうねりが、人々の僅かな冷静さを飲み込んでいく。


 少し離れた場所でその演説を聞く者たちがいた。彼らはフォルケン派閥の家に属していた者である。

「何を叫んでいるのかしら。無知な若者たちめ。高位貴族がいなくなれば、この国がどうなるか分かっていないのね」

「だが、奴らの言葉に耳を傾ける者が増えれば、我々の居場所はますます狭くなる」

 叩かれすぎたネズミは猫を噛む。彼らはすでに、自分たちの影響力が大きく削がれたことを理解していた。しかし黙って敗北を認めるわけにはいかない。彼らの頭の中には、一つの考えが浮かんでいた。

「神輿を探さなければな……」

 その男が低く呟いた。


 広場の若者たちの演説は、滑稽とも言えるほど理想論に満ちていた。彼らの叫びは、正義と熱狂の裏で、現実性と具体性の欠如により空回りしていた。それでも、集会が終わる頃には、彼らの間で自分たちが「新しい時代を作る英雄」だと信じて疑わない空気が漂っていた。

 一方、フォルケン派閥の生き残りたちは、その滑稽な光景を冷ややかに眺めながらも、再び自分たちの影響力を取り戻すために動き出そうとしていた。

 フォルケン家のような巨悪が倒れた後でさえ、権力を求める者たちの戦いは終わらない。


 この夜、王都の空は不穏な色に染まっていた。若者たちの未熟な正義、そして老獪な者たちの暗躍。そのどちらもが、この国の行く末の不確かさを暗示していた。

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