第七話:千年の団結の礎として
【王国の年末会議】
冬の快晴は、張り詰めた寒気の中でも人々を笑顔にする。
王城の議場では年末会議のため、議員資格のある貴族たちが招集されていた。彼らは挨拶や雑談に花を咲かせている。
アデルとラグナルが、共に議場に姿を現した。今をときめく大物二人の登場に、貴族たちも思わず注目する。
「おお、カレスト公爵にラグナル殿下。二人揃ってとは心強いですな」
ダモデス公爵が席から立ち上がり、笑顔を向けた。他の貴族たちも同意するように頷き、和やかなムードが広がる。
時刻を知らせる鐘が鳴り、年末会議が始まった。
数日間にわたる会議の前半では、法案審議議会が行われる。立法権は国王にあるが、貴族たちの賛同が欠かせない。それなしには、王家の政策も実行に移すことが難しいからだ。
国王アーサーが会議の冒頭で、議会の始まりを宣言する。堂々とした言葉と振る舞いで、会議室の空気が引き締まる。
「では、次の議題に移ります。北部と南部の特定商品関税免除協定についての報告と、それを基にした更なる改革案の議論です」
議長の言葉に応じて、アデルが立ち上がった。
「まず、この協定により、地域間の交易がどれだけ活性化したかについて、ここまでの試験的なデータを元に報告させていただきます」
アデルは詳細な数字を挙げた。北部のスフィリナ薬草茶と、南部産ワインの交易量の増加。それに伴い、食器や食品などの交易も全体的に増加し、結果として各月前年比で税収が増加している。
「薬草茶とワインの減税が、他の交易の呼び水になったということか?」
「半年も経たずに、これほど市場が反応しただと……?」
アデルの報告に、議場にどよめきが広がる。
「ですが、この協定が南北だけの特権と見なされることを、私は懸念しております」
アデルの問題提起に続いて、アーサーが口を開いた。
「カレスト公爵が指摘した通り、この協定を北部と南部だけで完結させるつもりはない」
アーサーは視線を貴族たちに向け、力強く告げた。
「東西南北すべての地域において、各地の特産品を一品目に限り、同様の関税免除を適用する。そしてこれを一年間の実験として実施するのだ。交易がどれだけ発展し、地域の産業にどのような影響を与えるのかを測定する。これが王国の未来に向けた初手の挑戦だ」
貴族たちは察する。建国以来続いてきた、地域間関税制度。その廃止の布石となり得る提案だと。王家の野心に、各者各様の反応を示している。
「しかし、それでは競合商品を守れなくなるのでは?」
一人の侯爵が慎重な口調で話し始めた。
「例えば北部の薬草茶が東部の薬湯と競合する可能性があります」
地方領主として、至極真っ当な懸念だった。アデルは頷く。
「確かに、その懸念は重要です。競合によって地域経済が損なわれることは、私たちが最も避けるべき事態でしょう」
アデルは一瞬の間を置いてから、凛々しい声で続けた。
「ですが、商品の競合リスクだけではなく、新たな価値が生まれる可能性に目を向けるべきではないでしょうか。異なる商品が交わり、それぞれの強みを引き出すことで、双方にとって想像もしなかった発展の道が開かれる――私はそう信じています」
侯爵の隣に座っていた、東部地域の盟主ザルムート公爵が口を開いた。
「その通りだ。交易とは単に商品を交換するだけではない。背景にある知識や技術が、目に見えない形で交わる場でもある。カレスト公爵領のスフィリナが、東部の薬剤師の手によって薬剤として転用されたことは記憶に新しい。異なる知識が交わることで、新たな価値が生まれるのだ」
その発言に、会議室の空気が変わった。
スフィリナから生まれた新薬は、この秋に完成した。冬の必需品として、北部と東部を中心に広まり、新たな経済効果を産んでいる。
その実績に由来する説得力に、貴族たちは互いに目を見合わせた。
「西部地域は全面的に賛成いたします」
ウィンドラス公爵の発言に、議場の注目が集まった。
「我々は元々、自由市場主義でやっております。その結果、最近もフレアコールという新燃料が生まれました。あれは一商人が生み出したもの。もし旧燃料である煌石炭の保護に走っていたら、皆様の暖炉は今でも寒く青いままでした」
黄金の炎を灯すフレアコール。火力が強く、安価で、美しい。その恩恵は、この場にいる誰もが享受している。
「適度な競争こそが発展の苗床。我々はそう自負しております」
ウィンドラス公爵の締め括りに、西部地域の家々が頷く。彼らは先んじて意見をまとめていたことが伺えた。
そこで、ラグナルが口を開いた。
「もしも試験期間中に特定の商品で競合が顕著になった場合、地域産業を守るための特別支援金を設ける案を検討しています。この支援金は王家直轄の基金を活用し、地域の独自性を守ると同時に、発展の余地を支援する仕組みです」
ラグナルの提案に、議場は好意的な反応を示す。先の発言主である侯爵も、ようやく安堵したように笑みを浮かべた。
「王家の主導でそうした仕組みが設けられるならば、安心してこの協定に賛同できましょう」
こうして国内特定商品関税免除協定は賛成多数となり、最終的な決定は国王に委ねられた。
年末会議の最終日、翌年度の政策方針発表では、この協定が目玉政策の一つとして取り上げられた。
【新たな門出を祝う夜】
年の瀬の人々が願う、翌年の幸福。その願い一つひとつが煌めきになったような、満天の星の夜。
王宮では年末のパーティが開かれていた。大広間に、貴族たちが華やかな装いで集まっている。
アデルはラグナルのエスコートで、広間に現れた。その胸元には、ロイヤルサファイアのネックレスが輝く。
「ラグナル殿下とカレスト公爵が並ぶお姿は、すっかり馴染み深いものになったな」
「あのネックレス。本当に芸術的だわ。まさにお二人に相応しい逸品ね」
貴族たちが口々に噂する。二人への微笑ましさを伴いながら。
国王アーサーが高らかに杯を掲げる。
「諸君、今日は王国の新たな門出を祝う夜だ。まずは一年の成果を称えたい。そして……もう一つ、重要な発表がある」
広間が静まり返る中、アーサーは続けた。
「ラグナル・アヴェレート、そしてアデル・カレスト公爵。二人の婚約が正式に成立したことを、ここに報告する」
その瞬間、歓声と拍手が広間を包み込んだ。王家と領地の絆を象徴する、この婚約。貴族たちは笑顔で二人に祝辞を送り、祝いの言葉があちこちで交わされた。
「やっぱりあのお二人が運命だったんですわ!」
「そうよ、私たちが推してきた甲斐がありましたわね!」
「殿下と公爵様の愛が、この国の希望そのものですわぁ!」
アデルとラグナルの心強い味方である、貴族夫人たちが感極まった声を上げている。中には、涙を流しながら「実家の金銀財宝全てをお布施したいですわ……!」と声にならない声をあげる者もいた。
アデルはその様子を前にして、ふっと肩の力が抜けた。
――これほどまでに歓迎されるだなんて……私が危惧していたことなんて、すべて杞憂だったのかもしれない。
王族と公爵の恋が、国に混乱をもたらすのではないかという恐れ。しかし今、目の前の光景がそのすべてを打ち消した。
そしてこの状況に導いた立役者は……。
「おめでとうございます、ラグナル殿下、アデル」
ロザリンドが嬉しそうに、杯を差し出した。
「これで、ようやく私の気苦労も少し減るかしら」
「今まで本当にありがとう。でも貴女、全力で楽しんでたじゃない」
アデルが笑いながら答えると、ロザリンドは「当然よ。私はロザリンド・マグノリアよ?」と胸を張った。
ロザリンドが笑顔で去った後、ふと後ろから優雅な声が響いた。
「ラグナル、アデル。本当におめでとうございます」
振り返ると、そこには王妃メレディスが立っていた。彼女は穏やかに微笑んでいる。
「貴女がラグナルと共に未来を歩むと決めたこと、心から嬉しく思います。そして、この婚約が王国全体の希望の光となることでしょう」
アデルが深く礼をすると、メレディスは一歩近づき、さらに親しげな声で続けた。
「貴女と姉妹になれるなんて、こんなに嬉しいことはありませんわ。これから、いろいろと私にも頼ってくださいね。家族ですもの」
その暖かな言葉に、アデルは思わず破顔する。
「ありがとうございます、メレディス様。これからもどうか、見守っていてください」
「もちろんですとも。お二人の幸せが、王国全体の幸せに繋がるのですから」
メレディスはラグナルの方を向き、凛とした声で続けた。
「ラグナル。私の大切な妹を、どうか一生、大切にしてくださいませ」
その言葉に、ラグナルは表情を引き締めた。
「もちろんです、メレディス様。どんな時も、彼女の幸せを最優先に――命を懸けて守ります」
そう言いながら、ラグナルは深く頭を下げた。メレディスが満足気に頷く。
「安心しましたわ。これからも家族として、共にこの国を支えていきましょうね」
メレディスは優雅に、その場を後にした。
その後も貴族たちが次々と、アデルとラグナルに祝意を伝える。
アデルはふと、これまでの道のりを思い返していた。
――多くの人が応援してくれて、ここまで来られた。それは、私たちの関係がただの恋愛ではなく、この国の未来を支えるものだと理解してくれたから……。
その後、ラグナルとアデルは舞踏会の中心に立ち、注目の中で一曲踊ることになった。
優雅な音楽が流れる中、ラグナルはアデルの腰に手を添え、そっと囁いた。
「アデル。君が隣にいることが、何よりの幸せだ」
「それは私もよ、ラグナル」
アデルが微笑み返す。二人が舞う姿は、美しい愛と信頼に満ちており、人々の心に強く刻まれた。
その夜、王城のラグナルの私室にて。
アデルとラグナルは、二人の新しい門出と、王国の新たな歴史の始まりを静かに祝い合った。
窓の外では粉雪が舞い落ち、街並みを白く染めていく。王都には、足跡一つない銀世界が広がっていた。




