挿話:隣国ヴァルミールからの熱視線
【吟遊詩人たちが唄うこと】
「王国夫人の最新事情〜蒼珠と雪薔薇の誘い〜」
一
待てど暮らせど 君遠く
薬草スフィリナの やるせなさ
今宵は雪も 降るそうな
二
寄せては返す 波のよう
蒼珠の誓い 消えやせぬ
十年の時も 明くそうな
三
二つの国の 星の下
二人を見守る 夫人たち
明けては薔薇も 咲くそうな
リュートを手にした吟遊詩人が、広場の中心で声高らかに歌い上げる。その歌声を耳にし、集まる者たちの輪が分厚く広がっていく。
「素晴らしいですわっ……!」
「語彙が消え失せますわっ……!」
若い女子たちが最前列で恍惚と拍手を送る。
「ラグナル殿下が我が国に赴任していた頃、あれだけおモテになられていたのに、誰にも靡かなかった理由がわかりますわね」
「あら、私は察しておりましたわよ。彼が祖国に大切なものを残してきているということを」
輪の後方で、妙齢のご夫人方が優雅に腕を組みながら語る。
「アヴェレート王国ではあのお二人の愛を願い見守ることを、推し活というそうだ」
「自分ではない誰かのために活動するなんて、ずいぶんと平和で高尚な文化だな」
通りすがりの紳士たちが、輪の熱気を見ながら雑談する。
アヴェレート王国の東方の隣国・ヴァルミール。アデルとラグナルの十年越しの愛を讃える歌が、国境を越えて席巻していた。
【第二王子テオドール・アヴェレートが嘆くこと】
「殿下、やはり十年以上前からラグナル殿下とカレスト公爵が惹かれあっていたというのは本当なのですか?」
「噂によると、カレスト公爵が初めて次期公爵として議会に立ったときに、ラグナル殿下とカレスト公爵が互いに見つめ微笑み合い、秘めた想いで通じ合っていたとか」
「ラグナル殿下がヴァルミールへ赴任する直前も、カレスト公爵と中庭で直接お話しし、お互いが離れ離れになることを励まし合い、涙することなく笑顔でお別れしたそうですわ」
ヴァルミールの若い子女たちが、キャッキャと楽しげに声をかける。その中心にいるのは、アヴェレート王家の第二王子テオドール・アヴェレートだった。彼はエリオノーラとの交換留学により、ヴァルミールに滞在する身である。
「十年以上前となると流石に僕も詳しくないけど……そんなこともあったのかもしれないね」
テオドールは完璧な微笑みで返す。その様に、子女たちが喜びに騒然とする。
「『十年以上前から惹かれ合い、離れ離れになっても一途に想い続けるラグアデ概念』は存在したのですわ!!」
その様子を目にしたテオドールは、完璧な微笑みを崩さない。ただし、その胸中はというと。
――身内の恋愛妄想聞かされるの、本当に無理!!!!
テオドール、十四歳。彼は叔父とそのパートナーの恋の噂に、人知れず精神的ダメージを負い続ける、真っ当な感性の持ち主だった。
「テオ様、今日も大変でしたわね……」
「もう本当に勘弁してほしい……」
テオドールは留学中、ヴァルミール王立学園の生徒として学園生活を送っている。その中で、クレア・サヴィエール辺境伯令嬢が公開婚約破棄の憂き目に合っているところに介入し、彼女を婚約者とするために求愛中である。クレアとの接触を増やすため、テオドールは同じ授業では彼女の隣の席を常に確保していた。
今、二人が授業開始を待っているのは、「外交学」である。
「実際、十年以上前の話なんてあやふやな証言しかないと思いますし、ちょっと盛られすぎなのではないかと思いますが……」
クレアのアイスブルーの瞳は、噂に踊らされることなく冷静である。その冷静さに、テオドールは地獄から掬い上げられたような心地がした。
「まぁね。アイコンタクトで想いが通じ合うって、それもう超能力者だし。でも盛り上がっているみんなを冷めさせるようなことを言うのもね……」
アヴェレート王家の方針として、ラグナルとアデルの恋愛は文化戦略に位置付けられている。二人の愛が情熱的に語られれば語られるほど、王家の支持を得られるという判断だ。
よって、テオドールにも『ヴァルミール内で言及された場合には、その熱狂を覚まさないような対応をするように』という厳命が降りていた。
――そもそも十年以上前って、フォルケン家を断罪した頃じゃん。そんな中、あの叔父上が恋にうつつを抜かす? ないない。
――カレスト公爵だって、婚約破棄して次期公爵に指名されたばかりだし、そんな余裕なかったんじゃないの?
テオドールの鋭い洞察力は、今の噂が盛られに盛られまくっていると断じる。
――でも、『政治的パートナーシップです』って顔してたくせに、結局恋仲だったしなぁ! 現実は歌劇よりも奇なり、なのか?
――ていうか身内の恋愛話なんて詳細知りたくないんだけど!!
テオドールの十四歳の感性は、二人の真実など迫りたくないと悲鳴をあげる。
そんなテオドールの内心を知ってか知らずか、クレアが「お辛い立場ですね」と言った。それがどれだけテオドールの心に染み入ったか、クレアは知らない。
「君の思慮深さが、僕にとっては地獄に差し込む光明だよ」
「まあ、大袈裟ですわ」
「僕はいつだって本当のことしか言わないよ。例えば、クレアに愛を乞うときも」
テオドールが攻めの一手を投じる。すると、クレアの瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。
「テオ様は本当に情熱的でいらっしゃいますね――まるでラグナル殿下みたいですわ」
クレアの反撃に、テオドールは再び精神的ダメージを負った。しかしこの勝負だけは、彼は引いてはならない。
「アヴェレート王家の者が本気で求めた相手を逃したことは、歴史上一度だってないんだよ。だから覚悟してね、クレア」
テオドールがそう告げると、今度はクレアの方が大きく動揺したようだった。テオドールは勝利の心地に、満足気に微笑んだ。
その後の外交学での授業では、かつて外交官としてラグナルがヴァルミールで成し遂げた和平交渉、「三者湖畔会談」の実績を取り上げた。その中で教授が、「ヴァルミール滞在中のラグナル殿下が、ヴァルミールの女性の手を取ることがなかったのは、カレスト公爵の存在があったからであり」と歴史的事実として述べていることに、テオドールはいよいよ目を遠くして気絶したくなった。
後方理解者面夫人の誕生。そしてシレッと明かされるアヴェレート王家恋愛強者説。
これにて第六章は終わりです。
明日からは第七章を開始します。
ちなみにテオドールとクレアの話は、現在並行連載中のお話です。
土日更新してますのでよろしければご覧ください。
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