第三話こぼれ話:愛が重い策略王弟は見知らぬ紳士に嫉妬する
夜の王城は静寂に包まれ、部屋の灯りが部屋を照らす。アデルとラグナルはソファに並んで腰掛けていた。
「ラグナル、ちょっと聞いてもいいかしら?」
その言葉に、ラグナルはふと顔を向ける。
「何だい?」
アデルは少し考え込むようにしながら、言葉を続けた。
「貴方って、どんな子どもだったの?」
ラグナルはその質問に、わずかに逡巡する。幼少期の思い出として語るには、あまりにも修羅場が多すぎた。
――三歳の頃に、当時の側室に殺されかけた話は……言わない方がいいよな……。
ラグナルも記憶が定かではないが、うっすらと、鬼の形相の女と、母の手の温もりを覚えている。
物心がついたときに事の顛末を知る機会があり、それを知ったラグナルは「さすが母上、よく危険人物を追放してくださいました」と子どもらしかぬ感想を抱いた。王家の歴史を辿れば謀殺など珍しくない。それが未然に防がれたのは、彼にとってもありがたかった。
――十歳になるまでずっと抱いていた誤解も今となっては笑い話だが……でもアデルには、ちょっと……。
腹違いの兄と一歳しか変わらない事実。
それに気づいたとき、ラグナルは「さすが母上、これ以上ないほど効果的なやり口だな。挑発的で、しかも後を引く仕掛けだ。側室にとって致命的な一手になったに違いない」と感心していた。
しかしそれは違うと、母に厳しく訂正されたとき、ラグナルは「えっ? 本当に?」と却って戸惑った。そして同時に「ああ、そうなんだ」と安堵した。
――十三歳の時の話なんて、絶対にしてはならない。彼女に負担をかけたくないし、こんなこと……。
ラグナルが十三歳の時、成人を迎えたアーサーの立太子がなされなかった。それを目の当たりにしたラグナルは、この国を守るために、策略家としての道を選んだ。その道はあまりにも過酷で苛烈だった。
ラグナル自身も、まだ向き合いきれていない過去であり、アデルに語ることは憚られた。
ラグナルは肩をすくめ、軽く笑ってから答えた。
「大人しい子どもだったよ」
アデルは少し首をかしげ、笑みを浮かべた。
「大人しい? それだけでは、ちょっと物足りないわ。どんな悪巧みをしてたのかしら?」
その鋭い指摘に、ラグナルは思わず苦笑した。彼女は本当に何でもお見通しだ、と、唯一無二の理解者たるアデルをより一層愛しく思う。
「僕は、この国の未来の希望を守ることでしか、悪巧みはしないんだよ」
ラグナルは誤魔化すように、アデルに軽くキスをした。アデルはそのキスを受けると、にやりと笑って言った。
「そうかしら? この一年ほど公私混同してない?」
ラグナルは苦笑しながら、肩をすくめた。
「君との愛を育むことは、この国の希望でもあるからね」
アデルはその言葉にふっと笑みを浮かべ、少し顔を赤らめた。
「本当に……相変わらず、貴方は自分のことを大義名分にするのが得意ね」
ラグナルはその言葉に、さらに楽しげな笑顔を浮かべながら答えた。
「でも、君との愛がなければ、何も始まらないからね。この国の未来を思うなら、君の力は不可欠だ」
「未来ね……」
アデルは軽く息を吐き、ラグナルに微笑んだ。
「じゃあ、未来のために、もう少しだけ貴方にお付き合いしてあげるわ」
アデルは悪戯めいた微笑みを見せた。その微笑みはラグナルの理性を試す誘惑そのものだった。元よりラグナルは、誘惑に打ち勝とうなどと思っていなかった。
ラグナルは少し余裕を見せた笑みを浮かべた後、アデルを引き寄せる。アデルを抱きしめながら、彼女の柔らかな体と甘い香りを堪能する。アデルの心臓が鼓動したことが、ラグナルにも伝わった。
「ありがとう、アデル。君がいる限り、僕は何も怖くない」
ラグナルがアデルの耳元で囁く。そして彼女を抱きしめる腕を一段強くした。
「私もよ、ラグナル。貴方が私を強くしてくれる」
二人の距離が一層縮まり、アデルはラグナルの首に腕を回す。彼の体に、彼女が身を預けた。
息がすれ違う度に、互いの心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。アデルはゆっくりとラグナルを見上げた。ラグナルは彼女の髪を優しくかき上げ、もう一度キスを落とす。
そのまま、ラグナルはアデルをソファに押し倒した。柔らかなクッションがアデルの背中を受け止める。ラグナルは自身の体重でアデルを閉じ込め、さらに抵抗を奪うように彼女の手首を掴んだ。
ラグナルは自分の影の下のアデルを見下ろす。アデルの美しい顔から力が抜け、代わりに淫らさが宿る。その光景は、いつもラグナルの支配欲を心地よく満たしてくれると同時に、むしろ抗えないのは自分の方だとも思わされていた。
見つめ合う二人の間に、濃密な情欲の気配が漂う。アデルは顔を赤らめる。しかしそれでも尚、彼女の黒い瞳は、扇情的にラグナルを見つめていた。
「こんなに強引にされるとは思わなかったわ」
アデルは艶然と微笑みながら言う。その言葉の裏には抑えきれない期待があるように、ラグナルには聞こえていた。
「君が僕を誘ってるんだろう?」
ラグナルはアデルの答えを待つことなく、唇を塞ぎ、強引にその舌を口内へと押し込む。吐息が漏れる中、蝋燭の火が静かに息絶え、夜の帳が二人を包み込む。その宵闇の閨の中で、二人は愛を重ねた。




