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第一話こぼれ話:愛を知った拗らせ女はやりすぎたことを反省する

 パーティ会場は、レオンとセレーネへの素直な祝辞に染め上げられた。

 その空気の中、アデルはラグナルとともに、二人に挨拶をした。セレーネがアデルに、下がり眉を見せた。アデルの眉が上がる。

「カレスト公爵……これまでのことで、ご迷惑を……」


 ――ああ、やっぱり! この子、まだまだ素直な良い子だわ!


 先程あれだけ堂々とした振る舞いを見せた彼女。しかしアデルに言わせれば、まだまだ赤子。未来の王妃たる者が、簡単に家臣に頭を下げるなどあってはならない。

 アデルは急いで制止し、雑談を装った説教をかます。そして内心で、全く別のことに思いを巡らせる――謝らなくてはならないのはこちらの方かもしれない、と。

 なぜなら遠くない未来で、彼女の出身地の名産品である、南部産ワインのブランドイメージの損失が危ぶまれるからだ。


 アデルは、ラグナルからセレーネを遠ざけるために、国政を巻き込んだ。彼女の養父であるルーシェ公爵を味方につけ、北部のスフィリナの薬草茶と、南部産ワインの関税無税を勝ち取った。

 ただしこの策は北部・南部ともにリスクもある。なぜなら、これまで関税がかかっていたことで供給量に制約がかかり、希少性を演出していた面もある。その制約がなくなることで、商人たちはこぞって薬草茶・ワインを大量に仕入れるだろう。貴族だけでなく、平民も買いやすくなる。それはそれで大量消費の恩恵に与れるが、貴族からのブランドイメージ損失は免れない。

 しかしこの問題は、アデルの方では既に対応済みだった。それは、新製品開発。元聖女と提携したことにより、スフィリナの研究開発が進んだ。

 既に香水は開発できた。更に「アデルからラグナルへ贈った香水」という噂を流すことで、貴族たちが我先にと入手したがるだろう。

 また、スフィリナの薬剤も完成間近だ。こちらは民衆救済の側面が強く、まさに貴族として誇り高い仕事だ。「高貴な薬草スフィリナ」の地位は確立する。

 今、ダモデス公爵を中心に、北部地域でスフィリナと薬草茶の生産を増やしている。増産体制が整った中で、この関税無税の獲得。アデルにとっては経済効果とイメージ向上のどちらも実現できる、ボーナスステージであった。


 しかし一方でルーシェ公爵の方はどうだろうか。

 ワインの原材料である葡萄には、スフィリナほどの転用可能性がない。また、南部産ワインは芳醇な赤ワイン、軽やかな白ワイン、華やかな発泡ワイン、甘美な貴腐ワイン……といった多種多様な種類を誇りながらも、貴族たちには『南部産』というブランドで一括りにされている。

 であれば貴族向けと一般向けとでラインナップを分け、貴族向けラインナップについては関税を維持した上で、南部産ワインの中でも特別だとブランディングする等の戦略が必要だ。

 しかしルーシェ公爵は、短期的な収益の増加に目を向けがちな人物だ。その先の長期的なリスクを見越して、戦略立案しているかは疑わしかった。


 ――いざという時は、酒豪揃いの北部貴族たちで買い支えてあげましょう。


 アデルはそっと、自身の良心に誓った。


 その時、隣でラグナルが声をかけてきた。

「セレーネ嬢への振る舞い、見事だったね。惚れ直したよ」

 ラグナルの青の瞳が優しくアデルを見つめ、口元に笑みが宿っていた。その顔を向けられると、アデルの乙女心が起き出すのが常。しかし今日ばかりは少し事情が違った。


 ――ラグナルにも悪いことをしてしまったわね……。


 アデルは、中庭でのラグナルとの交渉を思い出す。

 あの中庭で、南北特定商品関税無税を飲ませた。自分たちの関係継続を人質にして。

 地域間関税は、この王国でも非常に歴史の深い仕組みだった。百六十年前に、四つの小国が統一されて成り立ったのが現在の王国である。東西南北地域が小国として独立していたところを、アヴェレート王家が統一したのだ。その名残で、まだ地域間が小国のような仕組みを残している。

 地域間関税もその一つだった。王都へ物を運ぶ際の関税は撤廃されたが、地域同士の関税については依然として残った。その税収の半分は領地、半分は王家に行く仕組みだった。

 この仕組みが残ったのは、税収という王家・領地の利と、地域の産業保護の意見が各地に根強く残っていたことがある。しかし近年、地域間交易が活発化しつつあった中で、商人の利が薄くなるという不満の声が上がっていた。

 王家としても『千年の団結』のもとに、慎重に減税策を考えているらしかった。そこにアデルが「無税にしろ」と乗り込んだ。しかも南北地域だけの話なので、他地域への説明に非常に労を要することは想像に難くない。


 当初はアデルも、もう少し手加減して、「領地側の税収部分なくしていいから減税しろ」と言うつもりだった。ただ、この策を練っていた間に、「ラグナルがパーティでセレーネを口説いていた」なる噂が密偵から伝えられた。アデルは慈悲を捨てた。

 今となっては、その口説きたるものも、恐らくラグナルが今日この日のために動いていた策略の一環だったと理解している。


 ――ラグナルごめんね。


 しかしその言葉は素直に言える立場ではない。もう決定されたものの正当性を揺らがせるような発言はできない。

 アデルはラグナルに微笑みを向けるに留める。そして「せめてどれだけ経済効果が上がったか、ちゃんと観測して国政に還元してあげるからね」と決意を新たにした。

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