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第二話:従妹は一枚上手

【内心は冷や冷や】


「さあ、何の風の吹き回し?」

 アデルが薬草茶を勧めつつ尋ねると、ロザリンドは目を輝かせた。

「近況を聞きたくて来たのよ。ねえ、最近の領地はどう?」

「順調よ。改革も少しずつ実を結んできているわ」

「まあ、さすがね。でも、そういう話じゃなくて――」

 ロザリンドは身を乗り出し、声のトーンを落として付け加えた。

「ラグナル殿下のこと」

 その名前に、アデルの手元が一瞬止まった。

「何のことかしら」

 アデルは努めて平静を装いながら茶を口に運ぶ。

「隠しても無駄よ。サロンで噂を聞いたの。殿下が、あなたの領地に随分長く滞在されたって」

 ロザリンドの目が輝いていた。アデルはその顔を見ながら、ため息をついた。厄介な興味を持たれた、と。

「大袈裟だわ。それに、公務の一環よ。国の未来を考える大切な交渉だったわ」

「ふーん、でもね。お忙しい王族の方がそんなに長く滞在するなんて珍しいことじゃなくて?」

 アデルは苦笑しながら肩をすくめた。

「ロザリンド、あなたの想像力には感心するわ」

「何もないって顔ね。でも、まあいいわ」

 そう口にするものの、ロザリンドの疑り深い目つきは変わらない。アデルは、これは長期戦になりそうだと予感した。


 そんな押し問答がしばらく続き、日も暮れ始めた。アデルはロザリンドに泊まるよう勧めた。


【女の勘からは逃げられない】


 翌日、ロザリンドが食卓に向かうと、既にアデルがいた。ロザリンドはアデルのドレスに着目した。落ち着いた色合いながらも、袖口や襟元には繊細な装飾が施されている。上品だが、女性らしく目を奪われる。

 ロザリンドは秘密のファッションチェックを終えて、結論を出した。


 ――これは間違いなく何かあるわね。


「ロザリンド、今日は仕事が立て込んでいて、相手をしてあげられないの」

 アデルが穏やかに告げると、ロザリンドは少し眉を上げて、気のないふりをしながらパンをちぎった。

「そう? じゃあ、午前中には帰ることにするわ」


 しかしその言葉とは裏腹に、ロザリンドは一向に帰る素振りを見せない。

「アデル、相変わらず素敵な庭ね。少し散歩してみてもいいかしら?」

「ああ、それなら使用人をつけるわ」

「いえいえ、一人でのんびり見て回りたいの」

 ロザリンドは庭をゆったりと歩き回る。


 散歩を終えて戻ってきたロザリンドは、アデルにまた話しかける。

「素晴らしい本棚ね。あなたのお勧めの一冊を教えてほしいわ」

「それはまた今度ね、ロザリンド。本当に時間がないの」

「まあまあ、急がなくてもいいじゃない?」

 ロザリンドは一冊の本を手に取り、ゆっくりとページをめくる。


 ロザリンドのそんな調子に、アデルは明らかに困り顔になってきた。時折、窓の外を気にしている姿が、彼女の焦りを物語っている。

「ロザリンド、今日は本当に――」

 アデルが再び帰宅を促そうとしたその時、廊下から控えめなノックの音が響いた。執事が戸口に現れ、言葉を選びながら報告する。

「王弟殿下が到着されました」

 その瞬間、アデルの表情が一瞬固まり、ロザリンドは内心で喝采を上げた。

 アデルが微妙に視線をそらしながら立ち上がると、ロザリンドはすかさず、涼しげな顔で手を叩いた。

「まあ、これはぜひご挨拶させていただかなくては」

 アデルは諦めたようにため息をつく。ロザリンドはアデルに付き添い、応接室へと向かった。


 応接室では、ラグナルがソファに腰掛けていた。彼はロザリンドに気づくと、澱みなく立ち上がった。

 ロザリンドは優雅に一礼する。

「ラグナル殿下、ご無沙汰しております。ロザリンド・マグノリアでございます」

「マグノリア侯爵夫人、お変わりなく。お目にかかれて嬉しく思います」

 ロザリンドは満面の笑みを浮かべた。わざとらしいほどに。

「アデルからは、殿下のお人柄やご手腕について、常々伺っております。お二人が素晴らしい関係であることを、家臣として、そして彼女の親族として、心より喜ばしく思いますわ」

 一瞬、部屋の空気が微妙に変わった。アデルは小さく咳払いし、ラグナルも一瞬目を伏せた。しかし、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて返答した。

「ありがたいお言葉、恐縮至極です」

 ロザリンドは淑女の顔を崩さない。しかし、心の中では、手を叩いて大笑いしていた。

「それでは、私はこれで失礼いたしますわ。公務の邪魔をしてはいけませんもの」

 そう言ってロザリンドは、アデルの手を握り、小声でささやいた。

「またゆっくり話しましょう」

 その言葉を最後に、ロザリンドはカレスト公爵邸を後にする。アデルとラグナルが残された応接室には、そこはかとない気恥ずかしさが漂っていた。


【気にはなる】


 アデルとラグナルは、新たな交易幹路開拓の概要計画について協議を終えた。三回目となるこの協議で、予算や人員の大枠、実施期間の目安など、大枠の合意に至った。年明けから詳細計画の策定に移る予定だ。

「これで、大枠は整いましたね」

 アデルが書類を閉じながらほっと息をつくと、ラグナルも笑みを返す。

「これなら速やかに次の段階に進める。君のおかげだ」

「あら、そんなに褒めても何も出ませんわよ?」

 アデルはそう言うが、この協議の効率性は群を抜いていた。明確な論点、的確な意見、合理的な決断。二回目の協議の際、オブザーブ参加していた第一王子が、「もはや会議ではなく即興演奏ですね」と感想を漏らすほど。

 巧遅より拙速が尊ばれるこの国でも、異常な意思決定速度。それは決定者の思考の速さに他ならない。

「見返りなんて求めていないさ。ただ、心そのままに伝えただけだよ」

 その真っ直ぐな言葉に、アデルは一段と笑みを深めた。そこに浮かぶのは、仕事の成果への自負もあるが、それだけではなかった。

 アデルはそれ以上言葉にせず、そっと胸の内にしまった。


 協議が終わればお茶会の時間だ。薬草茶の香りが応接室に広がり、心地よい空気が流れる。ラグナルはティーカップを手に取り、目を細める。

「やはり、この茶は素晴らしいな。王都に戻ってからも、何度となく助けられている」

「それは何よりですわ。ラグナル様が一息ついてくだされば、こちらとしても嬉しい限りです」

 収穫祭の後、スフィリナの薬草茶は王家御用達となった。おもてなし用というだけでなく、王族たちの憩いの時間のお供にもなっている。

 ちなみに、こんな逸話がある。ある官僚が隣国の外交官に、薬草茶を振る舞った。その外交官は薬草茶を大層気に入り、本国にサンプルを送った。するとすぐに、薬草茶に対する高関税が敷かれたという。紅茶産業を擁するその国で、薬草茶は脅威とみなされた。

 その事態に対してアデルが「報復関税を考えてみては? 例えば歌劇脚本の輸入とか」と、品目ですらないものへの関税という新概念を提唱した。それを聞いたラグナルは、数世紀先の発想を称賛した。しかし最終的には「僕の母の祖国をあまり虐めないでくれ」と嗜めたことで、事なきを得た。

 後日、ラグナルからこの話を聞かされた兄王アーサーは、「貿易摩擦で戦争を起こす気か……!」と頭を抱えていた。


 ラグナルがふと、新たな話題を切り出した。

「ところで――マグノリア夫人とは、どんな話をしていたんだい?」

「ロザリンド?」

 アデルは茶を運ぶ手を一瞬止めた。

「ただの雑談ですわ。従姉妹ですもの、王都の話やら、流行の服やら――」

「僕の噂も含めてか?」

 アデルは一瞬ぎくりとしたが、すぐに表情を整える。

「……それは、まぁ。国外からお戻りになったばかりなのに、大胆な立ち回りで国内の改革を進めていらっしゃる。噂にならない方がおかしいでしょう?」

 ラグナルはその様子にくすりと笑う。

「僕のことが話題にされているのなら、良い噂であることを願おう」

「悪い噂なら、私もさすがに庇ってさしあげます」

 アデルが軽く肩をすくめた。

 温かな笑い声が室内を包む。冷たい初冬の風が、窓の外を通り過ぎていく。しかしこの部屋には柔らかな茶の香りが漂い、時間がゆっくりと流れていった。

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