この世界のヒロインは私なのに!
「あの女よくも私の殿下を!許さない、許さないわ―――!!」
「ま、まあまあ落ち着きなよアリー、一体何があったの?」
お茶会をいつもしているテラスの机を叩いて遺憾の意を示すもまともに取り合ってくれない親友に私は説明してやることにする。
「端的に言うとフェネロペと殿下が図書館でキスしてるのを見たの。しかもフェネロペと最後目あったのよ、あの性悪そのあとすぐに逃げた私を嘲笑っていたに違いないわ!あぁおいたわしい殿下......きっとあの女狐に騙されてるの」
「ああ、あの二人が良い雰囲気だったのは有名な話だからね。むしろやっとくっついたのかぁ。」
「しかもフェネロペは他の男ともデキてるの!従者に伯爵令息に幸相に王弟殿下に―――今やこの国がフェネロペの手中と言って良い程。こないだなんて『もしかしてこれ悪役令嬢ルートですの?』とか不審な単語を呟いてて......きっとアイツは敵国のスパイよ!!」
「あくやくれいじょう...?はよく分からないけどフェネロペ様は良い方だよ。公爵令嬢で王太子殿下の婚約者候補なんて高貴な身分なのに僕みたいな平民上がりにも親切で優しい。沢山の男性と関係を持ってるって悪評も結局嘘だったらしいし。......アリーが殿下を好きだったのは知ってるけど二人は両想いなんだろう?もう諦めようよ」
「もう、ユフィはどっちの味方なの!そんなこと言われたっておかしいじゃない!―――この世界のヒロインは私なのに!!」
茶髪に優しげな緑の瞳という美貌を歪ませながらユフィが私を諭してくるが聞き入れられないに決まってる。
私はこの世界の中心なんだ。主人公でありヒロインであり王子様に愛されて幸せになる権利がある。―――アリシアは物心ついたときからそう盲目的に信じてきた。
「入学式で殿下を見たとき気付いたの、この人こそが私の王子様。運命の人なんだって!」
アリシアたちが通っているこの学園は貴族の子息令嬢のための学舎だ。稀にユフィのような優秀な特待生として入学した『平民上がり』もおり、学園側は身分を気にせず振る舞うよう宣っているが身分差はどうしようもなくあり平民上がりは馬鹿にされることが多い。ユフィもなかなかに苦労してきたのを見ている。
「でも運命の人って意外と身近にいるものかもよ......例えば、その、......僕と―――」
「こうしちゃいられないわ!あの女に復讐よ、ついてきてユフィ!」
「あ、はい」
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「いたわ!フェネロペと殿下よ」
木の影に隠れながらユフィに囁く。全力で身を隠している私と一歩距離をとるようにユフィは立っていた。
ユフィったら本気で隠れる気あるのかしら!
「ふふふ...今に見てなさいフェネロペ、化けの皮を剥がしてあげる!そうね、まずは手始めに頭の上から水をかけて―――」
「あらアリシア様!ユフィ様も。そんなところでなにをしてらっしゃるの?」
「やあ、二人とも」
「あ、お久しぶりです。フェネロペ様、殿下」
フェネロペと殿下に話しかけられて驚く。
な、何で気付かれたの!私の隠れ術は完璧だったはず......ユフィが真面目に隠れないせいよ!
ていうかなんで普通に挨拶してるのよユフィ!!その女と喋るんじゃないわよ!!
実際には隠れ術(笑)はバレバレだったのだがそのことを露知らぬアリシアは憤慨していた。それこそ自分と相手の身分差を忘れて激昂するくらいには―――
「―――いい加減我慢ならないわッ!!悪役令嬢フェネロペ!あなたに大事な話があるのよ!!」
「ちょっと君―――!」
「ちょ、ちょっとアリー?!すみません、フェネロペ様―――」
「ユフィは黙ってて!」
殿下とユフィが声をあげる。ユフィがフェネロペを庇うのに更にイラついた。なぜか分からないけど、ユフィがフェネロペのことを好きになるのは嫌だった。
え?―――いやいや!そう、これはあくまで親友が悪女に籠絡されるのが気にくわないだけでそういうのじゃ......!
「アリシア様。あ、あなた今もしかして『悪役令嬢』って言った......?分かったわ、大事な話ね。―――殿下、少し待っててくださりますか?」
何故かフェネロペが口を押さえて震えている。
「―――ああ、そういうこと。分かったよフェネロペ。」
フェネロペは私たち二人を連れて少し離れた場所まで移動する。なぜかトントン拍子に進んだ話に私とユフィは目を白黒させた。
「アリシア様に言わなきゃいけないことがあるの。実はわたくしもあなたと同じ地球からの転生者よ」
―――そこからこの女はこんな話をした。
自分がもともと日本という国に住んでいた学生だったこと。
ここが乙女ゲームの世界だと気付き、仲の良い殿下、従者、伯爵令息、幸相、王弟は攻略対象で、将来彼らに悪役令嬢として断罪される運命にあることに絶望したこと。
乙女ゲームのヒロインがアリシアだということ。
しかしみんなとの関係性は変わることなく乙女ゲームシナリオが終わり、これが乙女ゲームの都市伝説の隠しルート・悪役令嬢をヒロインとした『悪役令嬢ルート』であったことに最近気が付いたこと。
殿下のことが好きだったが将来断罪される未来が気がかりで気持ちに答えることができなかった、しかし隠しルートであることを気付いたので安心して殿下に前世を打ち明け最近結ばれたこと。
「わたくしの他にも転生者がいて気持ちが少し軽くなったわ。もしよければ.....これからはわたくしたち、親友にならないかしら?」
そう言って紫の髪をたなびかせ、あの女は笑っていた。
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しかし、これくらいで諦める私ではない!
フェネロペが前世だのなんだのを信じている頭のおかしい危ない女だと言うことは分かったがこれは更に殿下がおいたわしい。きっとあいつの妄言に毒されてるに違いないのだ。
私は復讐を続けることを決意した、が―――、
水をかけようとすれば偶然火事になり感謝され、教科書を破こうとすればあの女の落とし物を見つけてしまい感謝され、殿下にアピールしようとすればフェネロペと喧嘩の仲裁をした扱いになり感謝され、突き飛ばせば上から瓦礫が落ちてきて感謝され―――気付けば私はあの女の一番の親友ポジションと周知されることになったのだ。
必死にフェネロペに向かって親友であることを否定しても本人にも周りにも「素直じゃないなぁ」なんて笑い飛ばされる。
「シュート様ってば最近わたくしがアリシアとばっかり話してるから嫉妬しててね―――」
「? シュートって誰よ?」
「え?誰って......殿下のお名前だけど」
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「頭おかしいわ、あの女」
「あんなに仲いいのに......?」
「だーかーらー!仲良くないって言ってるでしょユフィ!」
テラスでお茶会をしながらユフィと話す。
「あ、でもそういえばさ、アリーには『前世の記憶』?はないんだよね。フェネロペ様はアリーにもあるって勘違いしてたけど誤解を解かなくてもいいの?」
「ええ、これをとっかかりにしてフェネロペをぎゃふんと言わせてやるのよ。......大体、あの女の前世とやらが本当だとして『悪役令嬢ルート』って何よ?!『乙女ゲーム』のヒロインは、この世界のヒロインは私のはずでしょ?!―――運命の人はいないっていうの?私はヒロインじゃないの......?」
「アリーはずっと、僕にとってのヒロインだよ」
「え......?」
俯いていた顔を勢いよく上げると微笑むユフィがいた。
「昔から君の事が好きだった、アリー。僕と結婚してくれないか?
......それともやっぱり殿下がいい?」
私は気付いた。すごく単純なことだった。
物語のヒロインはお姫様、お姫様は王子様と愛し合い幸せに暮らす―――王族も貴族も平民も関係ない。皆がきっとひとりひとりのお姫様で王子様なんだ。
「私も気付いてなかっただけで、ユフィがずっと好きだったんだと思うわ。......結婚したい、あなた以外考えられないの!」
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今日、とある教会で結婚式が行われたという。
互いの親族に職場の同僚、友人代表として王太子ご夫妻が来られた結婚式は質素ながらも美しかったと語られる。
金髪の髪を結った花嫁と茶髪の花婿が神前で愛を誓い合う。二人の表情は世界で一番幸福そうだった―――。
―――これはそんな、お伽噺。
○アリシア・ヒロイーン(18)
主人公。金髪青目。男爵令嬢。自らを『ヒロイン』だと昔から信じ続けて来た。殿下の事は王子という身分のみで運命の相手だと信じていただけなので、好きなのは昔からユフィだけ。なんなら殿下の名前も覚えてない。
フェネロペの前世の世界にあった乙女ゲームのヒロイン。ゲーム内では素直ないい子だったが、+意地の悪さがこの世界のアリシアにはある。ツンデレなのでフェネロペになんやかんや絆されかけている。
○ユフィ(18)
ヒーロー。茶髪緑目。ヒロイーン男爵の領内の平民でアリシアとは幼なじみ。アリシアのことを『アリー』という愛称で呼んでいる。昔からアリシアが好きなのにアリシアが鈍感で好意に気付いてくれないし殿下に片想いした!と言い始められて好きな子に好きな男の話を永遠にされるということを学園で三年間やられていた。
○フェネロペ(18)
公爵令嬢で殿下の婚約者候補。紫髪。乙女ゲーム内では悪役令嬢でヒロインをいじめて攻略対象に断罪され処刑される。断罪回避のためにやれたことはアリシアをいじめないように心がけることだけでたいした対策はできていなかった。だが乙女ゲーム終了後(本編時間軸はここ)自分が転生したのはネットで囁かれていた都市伝説の『悪役令嬢ルート』だったことに気付いた。前世は日本の女子高生。普通に性格良い。テンプレ転生悪役令嬢をイメージしました。
○シュート(18)
王太子殿下。金髪。昔からフェネロペが好き。ちなみにフェネロペは気付いていないが攻略対象全員に好意をフェネロペは寄せられておりシュートはライバルたちに勝ったらしい。くっついた段階では他の攻略対象とは和解して祝福されていたそうな。