焼きプリン
【一人称】
天井のクロスの木目が、ぐにゃぐにゃ歪んで見える。目の焦点が全く定まらず、天井が高くなったり、低くなったりしているような感覚に襲われる。体は一切言うことを聞かず、私の体はベッドに深く、重く沈んでいる。先日夏風邪と診断されたが、ここまで酷くなるとは思わなかった。肩で浅く呼吸をする。頭痛が酷い。
「大丈夫?」
ふいに声がする。重い頭を傾げると、彼が不安そうな面持ちでこちらを見遣っていた。
「なにか食べたいもの、ある?」
ベッドに腰かけた彼が、ただでさえ垂れた眉をさらに八の字にして私を見下ろした。
「…焼きプリン。」
「え?」
「焼きプリンが食べたい…。」
自分でも驚くほど情けない声が出た。すぐに買ってくる、と、彼が部屋を飛び出す。
焼きプリンとは、カスタードプリンの一種で、プリン液をその名の通り焼いて作られたプリンである。蒸されたものと違い、その表面にはほのかな焦げ目が残るのが特徴的である。
食欲など一切ないのに、私はそれを欲していた。幽かな冷たさと、温かな甘さと、やわななめらかさを。ふわりとしていながらもほのかに苦い表面部とカスタードの愛称は抜群で、ほろ苦いカラメルがそこにアクセントを加える。
「買ってきたよー。」
玄関で音がして、彼が部屋に顔を出す。よほど急いだのか、彼の髪の毛はくちゃくちゃで、肩で息をしているようだった。必死な姿を目に留めようと、未だ焦点の合わない目がぼんやりと彼を見つめる。
「食べさせてあげるね!」
ガサガサと騒がしい音を立てて、彼がビニール袋から焼きプリンと、小さなスプーンを取り出す。彼がうすいフィルムを剥がすと、ほのかに甘く柔らかい香りが鼻腔をついた。
彼は細く長い指で、小さなスプーンを器用に操りながら……焼きプリンの「焼き」の部分だけをぐるりと巻き取った。
「……は?」
小さくも、確かに声が出る。
「はい!」
そんな私に気付かずに、彼は無邪気に「焼き」の部分だけを私に差し出した。
「マグロで言ったらトロだよ。」
美味しいところから食べないとね、と彼がやさしく微笑む。
「……冒涜だ……。」
これは焼きプリンに対する冒涜だ、と熱に浮かされた頭でぼんやり思う。あれは「焼き」も含めて一つの作品だ。これは言わば、メロンパンの表面部分のみを食べる行為と一緒である。私はメロンパンの表面をクッキーとして商品化されたものを、未だ許していなかった。一つの作品を分解することは、傲慢であり、食品においては企業努力に対する冒涜であろう。まさか彼がそっち側の人間だったという事実に、気が遠くなるのを感じる。
「やっぱ食べられない?俺、食べちゃうね。」
私が食べることを躊躇している間に、彼がそのまま「焼き」の部分のみを自らの口に放り込んでしまった。自分には理解しがたい行動に、私は意識を手放した。
【三人称】
小さなワンルームの部屋に据え置かれた小さなシングルベッド。肩で浅い呼吸をしながらベッドに深く横たわった女は、ぼんやりと天井を見つめているようである。先日夏風邪を患った女の体調は一向に良くならないようで、未だに高熱が続いていた。
「大丈夫?」
ガチャリと部屋の扉が開いて、人の良さそうな顔をした優し気な男が顔を出す。男は心配そうに女を見遣った。
「何か食べたいものある?」
ベッドの端に腰かけた男が、ただでさえ垂れた眉をさらに八の字にして女に問いかけた。
「……焼きプリン。」
掠れた声で女が呟く。すぐに買ってくる、と、男は部屋を飛び出した。
焼きプリンとは、カスタードプリンの一種で、プリン液をその名の通り焼いて作られたプリンである。蒸されたものと違い、その表面にはほのかな焦げ目が残るのが特徴的である。
「焼きプリンかあ。」
男はコンビニのスイーツコーナーで焼きプリンを吟味しながら小さくつぶやいた。
「焼きプリンの焼きの部分って、なんであんなに旨いんだろう?」
メロンパンの表面部だけをクッキー化した商品を思い出す。焼きプリンも、「焼き」の部分だけで商品化されれば良いのに、と男は思った。
「買ってきたよー。」
男は慌ただしく玄関を潜り、女の伏す部屋へ一目散に駆ける。女はくちゃくちゃの男の頭を見てふわりとほほ笑んだ。
「食べさせてあげるね!」
ガサガサと騒がしい音を立てて、男がビニール袋から焼きプリンと、小さなスプーンを取り出す。男がうすいフィルムを剥がすと、ほのかに甘く柔らかい香りが漂った。
男は細く長い指で、小さなスプーンを器用に操りながら、焼きプリンの「焼き」の部分だけをぐるりと巻き取った。女が目を丸くする。
「……は?」
女がか細く、しかし確かに怪訝そうな声をあげる。そんな女に気付く様子もなく、男は嬉しそうにスプーンを差し出した。
「マグロで言ったらトロだよ。」
美味しいところから食べないとね、と男がやさしく微笑む。本当は自分が食べたいが、愛おしい彼女のためなら、と内心で唇を噛む。
「……冒涜だ……。」
これは焼きプリンに対する冒涜だ、と熱に浮かされた頭で女はぼんやり考えた。あれは「焼き」も含めて一つの作品だ。これは言わば、メロンパンの表面部分のみを食べる行為と一緒である。女は、メロンパンの表面をクッキーとして商品化されたものを、未だ許していなかった。一つの作品を分解することは、傲慢であり、食品においては企業努力に対する冒涜である。
男はただ愛する者を思った行動に過ぎなかった。しかし彼は「焼き」の部分をこよなく愛していた。一向に手を付けず、顔を青ざめる彼女に男の限界が来た。
「やっぱ食べられない?俺、食べちゃうね。」
男がそのまま「焼き」の部分のみを自らの口に放り込む。そんな光景を目の当たりにして、女は意識を手放した。
授業内課題
同じ作品を、一人称、三人称で書き換えてみる
これ気に入ってる(笑)
先生もめっちゃ笑ってた
ウザイ彼氏やな!って、そうかなぁ(笑)