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超高速令嬢転生 〜いじめ、溺愛、婚約破棄まで一時間って倍速再生ですか?〜

作者: ゆきや紺子



 早くしろ! 何してるんだこののろま! 急げ!!


 いつもの上司の罵声だ。その声で目が覚めると、私の目の前には美しいレースの天蓋。信じられないぐらい柔らかなベッドの上で、重い体を起こす。おかしい、私は終電を乗り逃してタクシー帰宅し、床に直接ひいた薄っぺらなお布団に崩れ落ちたはず。


「クリスティアーナ様、お目覚めになられましたか!」


 見たこともない、フリフリの服を着たメイドさん。心配そうに私に近づいてくると、体中を掴まれる。


「旦那様! お嬢様がお目覚めになりました!!」


 慌てて出ていくメイドを私はぽかんと見送った。

 ブラック企業に勤めて朝から晩まで週六勤務の薄給だった。上司の「のろま! 早くしろ!」という声がBGMのアットホームな職場である。お肉を山ほど食べて、ふかふかのベッドで思う存分寝たいと思いながら、意識を失ったはず……


 豊かで美しい金髪が胸元まで伸びている。明らかに自分のぼさぼさの黒髪じゃない。これはあれではないだろうか。いま話題の、転生というやつではないだろうか! つまり私はきっと、現実世界で死んだに違いない!



 私は立ち上がり、ファンタジーの世界でしか見たこともないような豪勢な部屋を出た。その瞬間だった。


 バシャッ!


 頭の上から、何故が水が降ってきた。


「あーら、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましてよ!」


「……え!?」


 目の前にはきつい顔をした、縦ロール金髪の高飛車そうな少女。わざとらしく笑いながら、コップをこちらへ向けている。その後ろから、黒髪の根暗そうなイケメンが影薄く歩いてきた。

 高飛車少女はその根暗イケメンに「お姉さまにぶつかってしまったの!」などと供述しており……は?

 これは、あれじゃないのか? 令嬢系でよく見る、わかりやすい虐め的な何かじゃないだろうか! あらごめんなさい、とか言うやつ。いや、さっき言ってたな。


 しかし、急すぎるでしょ!?

 今、目が覚めて……今、部屋を出たばかりなのですが!?


「おぉ! 私のかわいい娘、クリスティアーナ! 目が覚めたのか! おお? どうして濡れているのかな?」


 また、いかにもちょび髭はやした金持ちそうなおじさまが出てきた。このしゃべり方から見て、きっと父親だろうか。


「まぁお父様! お姉様がお水を飲みたいというからお持ちしましたの。そしたら急に頭からかぶられて、わたくしのせいだとおっしゃるの! いじめられていますの!」


「そんな! クリスティアーナ、また妹をいじめているのか!」


 また?? 私がこの体に入る前のクリスティアーナは、妹を虐める悪いお姉さまだった?

 しかし、どこかで見たことがある流れ。きっとこのまま私は、もう許さない、勘当だ! 的な理由で追い出されるのだろう。

 そして白馬の王子様が助けにきて幸せいっぱい溺愛コース確定なのでは!?


 ブラック企業に就職して一年。彼氏もいなくて、そのへんのモブAだった私。友達と楽しく遊ぶこともなく過ごした学生生活。思い起こせばいい事なんてなかった。


 そんな私は、ついに転生して幸せを、手に入れて。

 そうだ、絶対そういう流れ……!


「クリスティアーナとアリシレッタがぶつかりました」


 じゃなかった!!

 後ろの影薄い黒髪イケメンが、アリシレッタというたぶん私の妹に気を付けるようにと注意をしている。あんた誰よ!! と、叫びたくなった。


「そうなのか! さぁ、お腹がすいているだろう。お前の大好きな肉料理を用意しているぞ」


 ちょび髭父親が私の手をひいて嬉しそうに言う。戸惑いよりも何よりも、私が最初に思ったのは……。


「肉があるの!?」


 いや肉! もはやなんでもいい。そういえばとんでもなくお腹がすいている。昨日はご飯を食べてない。なんだったらお昼も菓子パンかじっただけだった。

 だから、肉の誘惑には勝てなかった。私は何故ここにいるのとか、この人たちは誰なのとか。そんなのはいい、肉だ肉。


 後ろで根暗イケメンが何か言いたげにしているがそんなものは知らん。

 ちょび髭親父にエスコートされ、案内された豪華な部屋。目の前の食卓には、肉の他にも信じられない程おいしそうな料理が並んでいる。


「いっただっきまーす!!」


 本気モードの女の子は、髪の毛を結ぶのです。けれど、普段手首にしている髪ゴムがなくて、結ぼうとする仕草を周りのメイドさんが不思議そうに見ているだけで終わった。

 さぁ、食べるぞ! と、肉をフォークで串刺した、その瞬間。


「おぉ! 愛しのクリスティアーナ! 結婚してくれ!」


 私が肉をほおばっていると、すぐ隣で金髪碧眼の美麗な男性が、膝をついて手をさし伸ばしてきた。


「目が覚めてよかった! さぁ、結婚しよう!」


「ふぉおおうふおふふう??」


 これは、私は知っている。いじめられているご令嬢を助ける白馬の王子様だ。溺愛してくれる人に違いない。なんというイケメン男子。さっきの黒髪根暗といい勝負。そういえばさっき、黒髪イケメンは私の事を気にかけていた様子だったな。


 しかし、これもまた急じゃない!?

 私、さっき目覚めたばかりなんですけども??

 会社でも急げ、早くしろと言われていたのに。転生した先でもこのスピード感なの?


「それは結婚を承諾するという事だね! ああ、聞いてくれみんな! ついにクリスティアーナが」


 と、両手を広げて喜ぶ、よくわからない金髪のイケメン。私の横に座った彼は、お肉をあーんしようとしてくれる。デレデレの表情で、君の欲しいものは何でも買ってあげるからね。なんて、どこかで聞いた事のあるセリフを吐いた。

 クリスティアーナ、あなたとても愛される女の子だったのね……。


 これで溺愛も回収。早すぎる展開。しかしすぐに。


「大変ですピエール殿下! 殿下の浪費癖がばれてしまいました! 王位継承権をはく奪すると……!」


 部屋に慌てて入ってきた、全身鎧の騎士が大声で言い放った。


「なんだと!?」


「はく奪だって!? そんな男にクリスティアーナを嫁にはやれん! 婚約破棄だ!!」


 超特急婚約&破棄……。


 目まぐるしすぎでは!? 私は目覚めてまだ、おそらく一時間も、たってませんよね??

 ブラック異世界転生……私は大丈夫なのだろうか。ここでも急がしてくるの?


 最初の肉を飲み込んだ私。落ち着きたい、そう思った瞬間。再び頭の上から水が降って来た。


「あーら、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましてよ!」


 妹のアリシレッタが再びコップをこちらに向けている。

 いや待って、ちょっと待って。お前それしか言えないのか。


「お姉さま大変ですわ、お着替えをしなくては!」


 白々しい。この縦ロール高飛車妹。

 私の腕をひっぱり、立ち上がらせた彼女は、嬉々として叫んだ。


「まー、大変! わたくしの大切なネックレスが粉々だわ! お姉さまが壊した!」


 アリシレッタが指をさすのは、私が先ほどまで座っていた椅子の座面。そこに、絶対座った時はなかった粉々のネックレスが置いていある。


「お父様! 助けておとーさまー!」


「クリスティアーナ! もう許さんぞ、お前は勘当だ!! 王子とも結婚できない娘など、どこへなりへと行くがいい!!」


 そしてとんでもない速さで屋敷を追い出された。絶対に予め用意してあったであろう鞄を投げつけられ、屋敷の扉がぴしゃりと閉まるその間際、勝ち誇った妹の顔があった。




「……え!?」


 異世界転生をして約一時間。

 いびられて、婚約し、破棄されて勘当と言われ……家を追い出されました。


 倍速再生かよ!


「どーいう、ことーー!!!」


 もうすぐ日が沈む、肌寒い風が痛い。立ち上がると泥まみれの服。よく見るとすごくいいドレス。屋敷もとんでもなく豪華だ。きっと転生した私はとても凄い家のご令嬢だったのだろう。

 一瞬で無くなったが。

 ブラック企業よりハードモードのスタートすぎでは??


 右も左もわからないとはこの事だ。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。


「どうしよう……」


「クリスティアーナ」


 静かな男性の声がして振り返った。日が沈み、暗い道の向こうから歩いてくる人。それは、先ほどアリシレッタの後ろにいた黒髪根暗のイケメンだった。


「えっと……えっと……」


 誰……??


「根暗さん?」


「ネクラサン?」

 

「あ、いやえっと……」


「オーリエスだよ、覚えている?」


「お、オーリエス! お、覚えてー……ません」


 オーリエスと名乗る黒髪根暗イケメンは、くすりと笑った。


「このままじゃ風邪をひいてしまう。よかったら私の屋敷に来るといい」


「え、ほんと!?」


 にこりと微笑むイケメン紳士。差し出された手を私は迷わず手に取ろうとした、が……。


「待って、すぐ用無しって追い出すのもやめてくれますか? 掃除のバイトでもいいので雇ってください」


「掃除のバイト? よくわからないけど、追い出したりはしないよ」


 いや怪しい。いまさっき、私は一時間でお決まりコースの半分以上を経験した気がしないでもない。いや、絶対した。だから。

 私の疑いの眼差しを、彼はひらりとかわすように声を発する。


「ただひとつ、願いを聞いて欲しい。ほんの少しでもいい、君の時間を私にくれないだろうか?」


 私は、怪しみながらもオーリエスの手を取った。



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 それから一週間。実は騎士隊長だったオーリエスの屋敷で掃除洗濯といった家事を、半ば無理やり横取りして働き始めた。社畜根性、追い出されて行くところなどない。しかもその後、一番偉そうな執事の人にたまたま助言をしたら、事務作業まで手伝う事となった。

 急げ! 早く! こののろま!! と罵られて鍛えられた事務能力は、この世界では光速の神業らしく、今ではとんでもなく大切にされている。


「クリスティアーナ、君は働かなくてもいい。少し落ち着いてくれないか」


 オーリエスはばたばたと騒がしい私を気遣ってくれる。でも今まで、あーはいはいと適当にあしらっていた。

 なんとオーリエスはこの国でも一番の騎士で、とんでもなく強いらしい。倍速実家の時は、王子の付き添いだったそう。そんな彼が今日は逃がさないとばかりに、私の前に立ちはだかる。


「落ち着いて」


 小走りで動く私を、オーリエスが捕まえる。いやでも、この書類をこっちにしたら、次はこれをしてこれをして……と、私の頭の中はいっぱいだ。


「約束しただろう。少し、時間が欲しいと」


「そうだった……!」


 そんな約束をしたのに、屋敷に来てからというものオーリエスと二人で過ごした事など一度もない。このままではまた、追い出されてしまう。


「今度、湖畔の別荘に遊びにいこう。そこでよかったら。一緒に湖を見て話さないか」


「そんな事したら、仕事が滞るわ」


 私は、その優しい誘いを疑いの眼差しで見た。

 急げ、早く! その言葉に私は呪われている。ちゃんとやらないと、追い出される。


「君は急ぎすぎだ。ゆっくりしよう。よかった、少しは私の言葉を……聞いてほしい。君を急かすつもりはない、だから」


「ちょっと、結論から話して欲しい」


 私の突っかかった発言に、彼は嫌な顔をするどころか苦笑いをした。


「君を、愛する気持ちを、伝えさせて欲しい」


 そう言って、オーリエスは私を抱きしめた。

 倍速再生の異世界転生、ついに最後の、これは……溺愛のフラグでは??


 私は大きく深呼吸をして、オーリエスの胸の中に真っ赤な顔をうずめた。






 





 







最後までお読み頂きありがとうございます。

人生初挑戦の令嬢もの短編です。


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昔懐かしいファンタジー。ゆっくりと進む静かな物語と、永遠の両片思いで綴るお話です。本編完結済みです。

↓↓↓↓

『白の魔術師と治癒の力を持つ少女〜終わりゆく世界の果てに〜』
― 新着の感想 ―
[一言] どうせならざまぁ辺りまで高速に過ぎ去ってほしかったな。
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