一話
道路を走る車の騒音はなく、まして鳥の鳴き声もない漫画で出てきそうな灰色一色の空間。そこで俺はアセラと名乗った人物と相対している。
傍から見たら、寝起きドッキリを仕掛けて怒られる人と怒る人の構図だろう。俺は寝間着のまま布団の上で胡坐をかいているからな。
「さて……」
「っ!?」
「改めて、あなたは何者なんだ?」
「わ、私は……アセラ。こことは別の世界で神様をしています……」
「……なるほど、別の世界で神様をしていると」
コイツは開口一番何を言っているんだ? カミサマってことは、あの神様で合っているのか? 世間一般で言う、あの八百万の神々とかの神様?
……うん、何を言っているんだこいつは? 改めて聞いてもわからん……あれか、そういう設定なんじゃないか? それなら納得だ、中二病的なノリなんだろう……大変だな。
「そういう設定で行くんだな、大変だな」
「いや、あの……ちゅうにびょう? ともかく、貴方の言うようなものじゃないことは確かです。あと、そのなにか可愛そうな子を見る目はやめてください」
「いやいや、大人になってもそういう子供心を忘れないのは良いと思うが、さすがに常にそれでいるのは大変だろう?」
「いや、だから……、はぁ……なんで信じてくれないかな」
「うん?」
「何でもありません……」
……なんだか、諦めたような表情になってきたぞ?
まぁともかく、コイツが神様を自称する設定で、寝起きドッキリを仕掛けようとしていたのだろうな。どういった経緯でそうなったかは知らないが、いい年した大人がこれを普通のテンションでするというのは辛いだろうな。
何はともあれ、こんな訳の分からん空間に閉じ込められていては頭がおかしくなりそうだ。
「まぁ、そういう設定なのは置いといて、とりあえずここから出してくれないか?」
「……え?」
「え? じゃななくて……どうせプレハブ小屋か貸しスタジオでやってるんだろ? 家に帰らせてくれよ」
「ぷれはぶ……? かしすたじお……? さっきから知らない言葉が出てくるんだけど……何のこと?」
「はい?」
コイツ、さっきから何なんだ? プレハブはともかくドッキリぐらいは通じるはずだろ?
……いや、ちょっと冷静なって考えよう。
言葉は通じている……そうじゃなきゃ会話が成り立ってないしな。けど……何なんだ? この違和感というか……何か言いようのない感じは?
そもそも、さっき俺がプレハブだとかドッキリだとか中二病だとか、声に出していたか?
……そういえば、さっき『ううん、一切出してないね』とも『ごめんなさい、聞こえちゃったから……つい』とも言ってたな。
おかしい……口も動かしていないから読唇術で読み取るなんてこともできないはずだよな?
仮に……仮に、だ。目の前の存在が、その言う通りの存在だったとしよう。
『私はアセラ、ここは私が創った場所……かな?』
つくった……そう言っていた。日本語って難しくてな……同じ音でも意味が全く異なるってことはよくあるんだ。つまり、音声による情報と文字による情報に相違があったなら……コイツの言う『つくった』は―――
「ねぇ、さっきから黙ってるけど……一応聞こえているからね?」
「やっぱり、そういう反応になるよな……」
さっきはコイツが汗をかいていたが、今度はこちらが嫌な汗をかいている。それに、いつの間にか冷静な表情でこちらを見据えているし。
ここまで来たら……どうすればいいんだ?
「ねぇ、どうしたら信じてくれる?」
「うん?」
「貴方は私が神様だって言っても信じてくれない。この場所についても信じてくれない……じゃあ、どうしたら貴方に信じてもらえるの?」
さっきの冷静そうな表情はどこへやら……うつむき気味でこちらに問いかけてくる。
信じる信じないの問題ではない気がするのだが……。
「信じるも何も……まず、前提として俺とお前は初めて会う。そこはいいな?」
「……うん」
「たとえばの話だ。お前が町を歩いていて、いきなり声をかけられた相手に『私の話を信じてください』なんて言われて、信じられるか?」
「うぅ~ん……どうだろ? そういったのが想像つかない」
「……そうかい。例えが悪かったのかは置いといて……ともかく、さっきも言ったが、初めて会う相手の言葉ほど信じられないものはないんだよ。信じてほしかったら証拠でも出すんだな」
「しょうこ?」
「ああ、私はこういう人物ですってことで名刺を出したり、あとは……そうだな実際にこういうことができますって実演してみたりな」
「めいしってなに?」
「いま言ったが、私はここに所属するこういう人間ですって名前が書いてある紙だな」
「ふぅ~ん」
なんで俺は初対面の相手にこんなことを話しているんだ? コイツの見た目がアイドル級だからか? それとも申し訳なさからか? はっ……よくわからんな。
「いい言葉を教えてやるよ」
「……何?」
「今みたいに、話で信じさせるんじゃなくて証拠で信じさせることを『論より証拠』っていうんだよ、覚えとけ」
「ろんよりしょうこ……」
「あとは、言葉で伝えるよりも見せた方がわかりやすいって意味で『百聞は一見に如かず』って言葉もあるぞ。似たような意味だけどな」
「ひゃくぶんはいっけんにしかず……」
何なんだろうなコイツ……不思議だ。いま教えたことわざを何度も口にしてる。
さっきまで不気味でヤバいと思ってたのに、ネトゲの初対面のヤツといつの間にかチャットで打ち解けているような、そんな感じになってる。
「……うん、わかった。私が神様っていうしょうこを見せてあげる!」
「そうかそうか……うん?」
待て、なんか雲行きが怪しくなってきてないか? さっきまできょとんとか、俯いてたのにめっちゃキラキラした顔になってるんだが?
「ふぬー!!」
「……何やってんだ?」
「ねえ、私のからだ……ちっとも動かないんだけど……どうして? ふんーー!!」
「いや、知らんがな」
そういえばコイツ、ずっと正座のまま話を聞いてたな……足が痺れたのか? 痺れてても結構動けるはずなんだがな……。
いや、さっき俺はコイツに正座させるつもりで言葉を浴びせたが……その時どうだった?
『体が勝手に!?』
うん、今になって考えれば……この時点で色々おかしなことがったじゃん。言葉だけで体が動く? 催眠術にかかってるわけじゃないんだから、普通はありえない。
つまり、この場所は普通じゃないってことでいいのかな?
「初めからそう言ってたのに……。 むんーー!! うぅ~、やっぱり動けない……」
「……考えてることと会話ができてるのも、そもそもおかしいわけよ」
「そうなの?」
「ダメだこりゃ」
認めたくないが、おそらく相対性理論とアインシュタイン先生が裸足で逃げ出す状況にあるんだろうな……俺。
「ねえ、私の体を動かせるようにしてよ。でないとしょうこも見せられないからさ」
「そう言われてもな……どうすりゃいいんだ?」
「さっき私に言ったことと反対の言葉を言ってみたら?」
「なるほど……じゃあ『もどってよし』」
「お? やったー! 動いたーー!!」
「……嘘だと言ってよ、誰かさん」
まさしく、相対性理論どころか物理法則が裸足で逃げ出す現象を目の当たりにしている。
おかしいだろ、人が浮いてるんだぜ? しかも外部からの力学的影響なしだ。ワイヤーアクション? それを留めるベルトが見当たりませんよ。
「よぉーしっ! では、しょうこを見せようじゃないか!」
「え? あ、え?」
浮かんでいるのを見ていたら、いつの間にか両手を取られていた。眩しいくらいの笑顔が近くに来たのでドキッとしてしまう。
混乱しているこっちはほったらかしで話が進んでいっている……だ、大丈夫なのか?
「大丈夫だよ! 一瞬だから!」
「っ!?」
急な眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。目がー! とか叫んでるのを見るけど、そんなのを叫ぶ余裕なんてないぞ?
「さぁ、着いたよ!!」
そう言われて目を開けると、さっきまでの灰色一色の空間はなく、緑豊かな草原に座っていた。
澄んだ青空と照り付ける太陽、視界いっぱい広がる緑の絨毯と、その奥に佇む白い冠を被った雄大な頂……頬を撫でる風が夢ではないと告げてくる。
「……は?」
「ふふん! どう? 奇麗でしょ?」
「……はい?」
いや……わけが分からない。
……え? ここどこ?
「ようこそ、私たちの世界へ!!」
混乱したまま元凶たる相手の顔を見ていたら、とびっきりの笑顔でそう告げられた。
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