プロローグ ②
ゆっくりと意識が浮上していき、瞼に照り付けているであろう隙間明かりに覚醒を促される。
やはり、目覚ましで叩き起こされない目覚めは良い。
「ぅう~ん………ふぅ」
伸びをして目を開けたら、真っ白な天井がおはようをしてくれる。
でももう少し、布団に包まっていたい……おお、神よ、布団は偉大であるぞ。
………あれ? 我が家の天井は確かに真っ白だが……こんなに透き通った色だったか?
というか……天井の電気はどこだ?
「……うん?」
体を起こして周りを見ると、どこまでも続く白い世界が広がっている……布団はそのままで。
えーっと……うん、寝起きでわけが分からないし、寝よう。
それに、こんな訳のわからない場所が見えるなんて……夢なんだろ? それならいつか覚めるだろうし……
「え~っと……初めまして、かな?」
……仰向けになったら目の前に、何か浮いてるんだけど?
え? 何? 自分以外が出てくるなんて久々なんだか……まぁ―――
「おやすみなさい」
「……え? いや、あのちょっと!?」
「御用は起きてからお伺いします」
「え? あ、え? えぇ~……ぅう~」
瞼を閉じて寝の姿勢となるのだが……まぶしい。もっと暗くなってくれないかな……お、なったなった。ありがたやありがたや……。
◇◆◇
静かに寝息を立てる男の上で、ふわふわと浮く人のカタチしたものが一つ。黒髪を靡かせ、煮え切らないような表情で男を見つめている。
「ぅうー、せっかく見つけたのに……はぁ」
諦めた表情で男から少し離れる。白一色だった空間は、いつの間にか濃い灰色に染まっていた。
「せっかくここ創ったのに、夢だって思われるし……驚かれると思ったら寝られるし……眩しいって言われたから暗くしちゃったし……はぁ~ぁ」
ぶつぶつと男に対する文句を言いながら、座り込んで男を眺めるソレ。徐に腕らしきものを上に突き上げると、頂点に光が集まり始め、棒状の形となった。
「試しに無理やり起こしてみようかな~……いやいやいや! それで行きたくないって言われたら嫌だし、やめとこ」
集まった光が霧散して、上げていた腕らしきものを縮め、再び静かに男を眺める。
「早く起きてくれないかな……ふふっ、待ち遠しいなんて思うの何回目だろ? 二回目かな?」
薄暗い空間に、規則正しい寝息が響く。ソレは静かに目覚めを待っていた。
◇◆◇
ゆっくりと意識が浮き上がってくる。二度寝からの目覚めは少し眠い……が、休日の特権だ、この眠気も心地よい。
「ぅう~ん……ふぅ、うん?」
おかしいな……いつから我が家の天井から電気がなくなったんだ? というか、こんなにくすんだ色だったかな? いや、そんなはずはない。
体を起こすと、視界に入るはずのいつもの光景はなく、さっきまで包まっていた布団と濃い灰色の空間がどこまでも広がっていた。
「……え? いやなんだここ? ……いててて」
夢かと思って頬をつねってみたが、普通に痛い。いや、なんだここ!?
「あ、やっと起きてくれた」
「うん?」
声のした方を向くと、黒髪の人が座っていた。長い髪は地面に広がり、纏っている服装も相まって、イラスト投稿サイトで見る一枚絵のような不思議な雰囲気を醸し出している。
「初めまして……ってこれ言うのは二回目なんだけど、まぁいいや。ともかく初めましてだよ、サガラヨシキさん」
立ち上がって近づきながら話しかけてくる。声色からして女性だろうか?
膝の下くらいまである黒髪、整った顔立ちとスタイル……目の色がちょっと普通じゃない気がする、あれは何色だ?
服はフリルがついているからドレス? いや、腰のあたりに結び目があるから袴? 何とも形容しがたい服を着ている。
「えっと……どちら様で? なんで名前知ってんの? あと、ここどこ?」
「ああ、名前言ってなかったね。私はアセラ、ここは私が創った場所……かな?」
「つくった……? ……は?」
待って、なんかとんでもない情報が飛び出したよな? 作った?
あれか? 寝起きドッキリ的な? ということは……これは言わばプレハブ小屋の中か?
いやいやいやいや、ありえんだろ……!? 第一、うちの家族にそんなこと依頼するような人はいないはずだし。それに、そんなことをされる側になった覚えもないし……。
……ダメだ、考えれば考えるほどわけが分からん。キャパオーバーだよ……。
「えぇ~っと……ねおきどっきり? ぷれはぶごや? っていうのはよくわからないけど、ともかくあなたが思っている場所ではないってことだけは確かかな?」
「……え?」
ちょっと待て……今、声に出してたか?
「ううん、一切出してないね」
「デスヨネ!? 何!? 何なの!?」
「ごめんなさい、聞こえちゃったから……つい」
「わぁーお……」
困り笑顔で謝ってくるアセラと名乗った人物。何? 考えてることが聞こえるって? そんな、マンガじゃないんだから……うん……考えるのは……やめよう。よくわからないけど……諦めよう。
ともかく、アインシュタイン先生もビックリして逃げ出すかもしれない状況に陥っているのかもしれない。
「その……話の続きをしても大丈夫?」
「……俺は死んだかもしれんしな。よくわからんが、もう何でも来い! ハハハ」
「あの、死んではいないから安心してほしいかな?」
思わず乾いた笑いが零れてしまったが……そうか、死んではいないのか……
『あなたは死にました! だけど手違いなので転生してもらいます!』的な展開ではないんだな。
それなら安心―――
「できるか! この阿保が!!」
「っ!?」
「死んでないなんて誰が証明できる! 大体、お前の話も信用ならん! と言うより、初対面で訳の分からん存在の話なんぞ聞く耳を持つと思うか!? ええ!!」
「えっ……その……あぅ」
「答えんかいワレ!!」
「ぅう……その……」
こちらの怒声に驚いたのか、一瞬きょとんとした後しどろもどろになっているアセラと名乗った存在。
そもそもコイツは何なんだ?
プレハブも寝起きドッキリも通じない……まして、今俺が言い放った言葉も強い口調で話したから雰囲気は察したのだろうが、言葉の意味を理解できていないんじゃないか?
「なるほど、あくまで沈黙を貫くと……アセラと名乗ったな、そこへ直れ」
「えっと……なおる? 何をするの?」
「そ・こ・へ・な・お・れ」
「え? あ、あれ!? 体が勝手に!?」
本人はよくわかっていないらしいが、きちんと正座してくれた。それじゃあ俺も、いい加減布団から出て向き直るとしましょう。 アチラさんなかなか焦っているようで、視線がこっちと自分の体を行ったり来たりしている。それを見て、何故か口の端が持ち上がっているのに気が付いた。
「あ、あはは……」
説教直前の学生のように、今にも泣きそうな表情でこちらを見つめてくる。
まぁ、悪いようにはしないさ……多分な?
では、話し合いと行こうじゃないか?
―――これが、これから長い付き合いになるこの女神様との初顔合わせだった。