プロローグ ①
窓に流れる町の灯りを見送りながら、今日も勤めが無事終わったことに安堵する。
帰宅ラッシュから外れた時間の列車内は、すし詰めほどではないが座席定員程度プラス立客の混雑だ。乗車率にしたら120パーセント程度だろうか? この時間帯にしては空いているかもしれない。
乗客の大半はスマホを弄っているか、一時的に夢の世界へ意識を飛ばしている。
こんな時間に帰宅する企業戦士の夢は……なんとなく想像できてしまう、どうせ悪夢なんだろ?
そんなことより、今夜の晩飯をどうするか考えないと、だ。
今日は、いつもより一本遅い列車に乗っているから……近所のスーパーには20時過ぎくらいにたどり着けるだろうか? 半額の惣菜たちが残っているか微妙な時間帯である。
『半額』……それは浪漫と魅力と、ほんの少しの絶望が入り交ざった素晴らしいもの……ということは無いが、誘蛾灯が如く客を引き寄せるのは間違いない。
俺も平均的な給料の一般リーマンではあるが、あのシールが貼られているだけで高くて手が出ない惣菜も購入を検討してしまう。ここまできたらもう、魔法のようなもんだろ。
いつだか本屋で見つけたラノベでは、この半額モノを激しく奪い合う戦いを描いたやつがあったな。 フィクションと分かってはいるが、なかなか面白そう、とはどこかで思ってしまう。
激しい競争を乗り越え手に入れる目当ての半額モノ……うん、いいんじゃないか?
『まもなく、大船 大船 お出口は左側です。横須賀線、根岸線と湘南モノレールはお乗換えです。電車とホームの間があいているところがありますので、足元にご注意ください。 The next station is Ôfuna. The Doors on the left side will open.――――』
いつもの自動放送が聞こえ、つり革から手を放して降りる準備をする。今日の車掌は案内放送をしない派のようだ。
『大船、大船。ご乗車、ありがとうございます。 横須賀線、根岸線、湘南モノレールはお乗換えです』
扉が開いたら周りの流れに乗って改札口を目指す。ラッシュじゃないとは言え、やっぱり構内は人が多い。
改札を抜けたら、速足でいつものスーパーへ急ぐ。とりあえず、寿司が残ってたら迷わず確保だ。
この目的地までの不安と微妙な高揚感がたまらなく楽しい。
さぁ、今夜は宴の予定だ!
◇◆◇
成績発表ー! 以下税抜きのお値段です。
・握り寿司一二貫入り 定価598円 半額 二つ
・海鮮太巻き 定価458円 半額 二つ
・味自慢、若鶏のから揚げ(中) 定価292円 半額 一つ
うむ、この時点でもかなりホクホクである。握りと海鮮太巻きが残っている時点で最高だ。
しかし、お待ちいただきたい。今回なんと、さらに目玉商品がございます。
それがこちら!
・限定! 特上お刺身盛り合わせ 定価1550円 六割引 一つ
奥さん、六割引ですよ六割引! 半額以下! 普通、スーパーじゃまず見ませんよ?
さすがに買いすぎた感は否めないが、満足である。馴染みの店員に「ニヤけていてキモイぞ」とレジで言われてしまうくらいだ。……いや、馴染みとはいえお客に向かってキモイはないだろ。
ちなみにこの六割引き、レジ経由で鮮魚の担当者に確認してもらったが、これでいいらしい。曰く『これで残ったらあんたに無理やり買わせたから大丈夫』だそうで、店長もゴーサインを出したとかなんとか。そこまでしても売れ残るって、何があった……でも、オイシイデス!
何はともあれ、今夜は握り、太巻き、ダメ押しのから揚げで腹を満たそうではないか!
え? 目玉の盛り合わせ?
私、おいしいものは最後に食べる派なので、明日じっくり味わいます。賞味期限なんて目安です。
「ではでは、いただきますっ!」
先ずは握りから、玉子。ほんのり甘めの卵焼きとシャリの酸味が絶妙なハーモニーを生み出す。うん、何歳になってもこれは美味しいと思う。
続いて軍艦ものより、ネギトロ。濃厚な脂に薬味の葱がサッパリ風味を効かせてくれる。
変わりまして……海鮮太巻き。大葉、マグロ、玉子、サーモン、甘エビ、いくら、きゅうりを贅沢に巻いた一品。控えめに言って、最っ高です!
口直しにガリを少々、味覚をリセットしてから今度はから揚げへ。
さすがに揚げたてのカリカリ食感はまったく無いが、じゅわっと口いっぱいに広がる若鶏の旨味! さすがは冷めても美味しいから揚げ先輩、シビレルゥ。
嗚呼、至福のひと時、たまりません。
◇◆◇
「はぁ~……、ご馳走様でした」
いや~、満足満足。残りは明日戴きましょう。ふっふっふ、朝からお寿司、であります。とりあえず生ものは冷蔵庫へしまって……って、そろそろ買出しに行かないといけないかな?
チーズの在庫が少なくなってきてるし、明日辺り行こうか……ま、それはまた考えるとして、さっさと風呂へ入って歯磨きして寝ましょうか。
明日はゆっくりしたいし、携帯の目覚ましを切っておかないとね。
ささっと風呂へ入り、食器やパックを片付け、歯を磨き、布団に潜り込む。
なんやかんやでいつの間にか時計は22時を半分過ぎていた。明日はごみの収集日でもないし、ぐっすり眠ろう。
さて、起きたら何をしようかな? そんなことを考えながら、重くなってきた瞼を閉じる。
今日もお疲れさまでした。
賞味期限に関する話はあくまで主人公(予定)の持論です。
食品は賞味期限・消費期限以内に食べましょう! フードロス削減!