9 僕は女騎士と文化祭に行く 中編
僕はドラニカのもとに急ぐ。
2人が話している内容が聞こえる距離になってきた。
「お姉さん外国の人?学校に知り合いがいる系?」
ドラニカの近くに居たのは、茶髪の男だった。
制服を着ていない。ていうか校則違反のピアスやらネックレスやらがガチャガチャと着いており、動くたびに音を出している。
間違いなく学校外部の人だ。
「あ?ナンパならよそを当たれってんだよ……。」
ドラニカは露骨に嫌そうな空気を身にまとっている。
……やばい。あれはとんでもなく不機嫌なときの顔だ。魔物を討伐した結果、返り血まみれになって僕の部屋に帰ってきた時と同じような顔をしている。
ところが茶髪の男はどこ吹く風。全く引き下がるつもりはないようだ。
「ナンパじゃないよー。お姉さんこっちに慣れてないでしょ?俺なら案内できるからさあ。親切心からのご提案だよ、親切心。」
茶髪の男はニヤけながら手をひらひらと振った。
「俺去年までこの高校通ってたからさあ。案内役にはもってこいでしょー。」
「……悪いが案内役は間に合ってんだ。お前に頼む理由はねえよ。」
そう言ってドラニカは立ち上がり、僕の方に向かってきた。どうやら僕が近くに来ていたのに気づいていたらしい。
「ごめんドラニカ。遅くなって……。」
「あ?なんでユーキが謝るんだ?とっとと行こうぜ。」
ドラニカはそう言って立ち去ろうとする。
良かった……。大事にはならなさそうだ。
そう思って気が緩んでいたのかもしれない。
いつの間にか机の反対側から僕たちの近くまで茶髪の男がやってきていた。
「ちょっと待ってよー。そんな男に案内役を頼むつもり?」
そう言うが早いか、茶髪の男はあろうことかドラニカの手首を掴んできた。
驚きでドラニカの目が見開かれる。
一方、茶髪の男は気にせずドラニカに笑いかけている。僕のことは目もくれない。
「そんな冴えない男なんてやめとけって。一緒に回っても盛り上がらねーだろうし。俺とならステキな時間をお約束しますよ。」
茶髪の男は早口でまくしたてる。最後にキマったとばかりにウインク攻撃。
……なにが彼をそこまで駆り立てるのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい!そんな事したらドラニカがさらに不機嫌に……!
「てめえ!触ってんじゃねえ!」
「おわっ!」
ドラニカがすごい勢いで腕を振った。その勢いで茶髪の男が倒れ込む。
まずい。このままチャラ男をボコボコにする勢いだ。
「ったくどいつもこいつもアタシの話は聞かずに自分のことばっかり喋りやがって……。」
ドラニカは拳を震わせている。
もしかして、騎士団時代のことを思い出してる……?
「てめえ……。勝手にアタシの手首を触るだけでも許せねえのに、ユーキのことも馬鹿にするたあ……。」
ドラニカが見たこともないくらいブチギレている。勢いどころか本当に茶髪の男をボコボコにしようとするんじゃないか。そんな迫力があった。
「ドラニカ……落ち着いて――」
「な、何だよ!ちょっと誘っただけだろ!?」
茶髪の男は狼狽している。まさかここまで大ごとになるとは思っていなかったのだろう。
「声かけただけで俺に暴力を振るうのかよ!?」
「いやいや、手を振り払っただけだぞ。こっちの男は鍛え方が足んねえなぁ?なあユーキ?」
いや、僕はヒョロヒョロの文化系だし間違いなく茶髪の人にボコボコにされると思います……。
「なっ……この女……大人しくしてたら調子に乗りやがって!」
茶髪の男が立ち上がった。ガラが悪いタイプだったのか、オラつきながら迫ってくる。
「ああ!?やるか?相手になるぜ?」
ドラニカも肩を鳴らしている。完全に臨戦モードだ。
そんな光景を、僕は見ていることしかできない。というか怖すぎる。なんで2人ともやる気満々なんだ。
怖いけど、このままドラニカに任せていたら喧嘩になりかねない。意を決して声をかける。
「あのー2人とも……落ち着いて――」
「うるせえ!ガキは黙ってろ!」
「ああ!?てめえユーキに何言ってやがる!?」
聞いちゃいない。
いや、聞こえているが聞く気がないって感じだ。ていうか僕のせいでさらなる火種が投下されてしまった気がする。
周りを見渡すと、うちの生徒2人がちらちらとこちらを伺っていた。誰かを呼ぶほどの騒ぎかどうか、悩んでいるようだ。
文化祭特有である喧騒のおかげで今はそこまで注目の的にはなってないけど、先生だったり実行委員が来たりしたら大事になりかねない。
そう思った僕は、ふっと息を吐いて覚悟を決める。
ドラニカを止めようとドラニカと男の間に再び、今度は間に立つように無理やり割り込む。
「すいませんっ!僕この人の親戚みたいな者なんですけど……。この人、日本に来たばかりで……その……あんまり、日本に慣れてなくて…………。」
まずい。勢いよく飛び込んだはいいけど、言い訳をしっかり決めてなかったし怖いしでどんどん尻すぼみになる。
「あ?お前親戚か何かか?」
茶髪の男は苛立ちながらこちらを向いた。
よくこんなに初対面の人間に対して高圧的に出れるな…………。
「そんな感じ……ですかね?」
「ふん……保護者ならちゃんと教育しとけよ……。」
「なっ……。ユーキ!こいつが先に突っかかってきたんだぞ。アタシは被害者だ!被害者!!」
ドラニカがヒートアップしていく。普段なら僕が割って入った理由ぐらいわかりそうなもんなんだけど……。ドラニカは僕が思っているよりも怒り心頭だ。
「まあまあ……。すいません、ちょっと待ってください。」
茶髪の男に形だけの断りを入れて後ろを向いた。聞こえないように気持ち小声で話す。
「ドラニカ聞いて。……こいつが悪いのは分かってるけど、今はこらえて。」
「なんでだよユーキ!アタシはなんも悪いことしてねえよ!」
ドラニカは察してくれたのか声を落としている。とはいえ音量過多ではあるが……。
「大丈夫。僕もそう思う。だけど騒ぎになるとドラニカは困るでしょ?」
異世界出身のドラニカを先生にどう説明すればいいのか僕にはわからない。さらに回り回って僕の親に話が行ったら最悪だ。
「それはそうだけどよ……。こんな奴に対して尻尾巻いて逃げるのはよー……。」
ドラニカだって騒ぎになると困るのは分かっている。でも心情的に納得できないようだ。
僕もドラニカにこいつを爽快にぶっ飛ばして欲しい気持ちはある。だけど……
「こんなやつにドラニカが構うことないよ。ぶっ飛ばしたら本当に警察沙汰になっちゃう。」
「……………………」
「それに僕らはこいつに構ってる場合じゃないでしょ?ほら、出し物とかも回りたいしさ。だから、」
「ユーキが謝らなくてもいいんだよ!――はー…。まあしゃーねえか。」
ドラニカは納得してくれた。良かった。後は僕がなんとか平謝りして――
「お前らそういうことかよ?」
茶髪の男がそう吐き捨てた。
「ムカつくぜ。お前の女ならしっかりリード繋いどけってんだ。」
茶髪の男は僕をにらみつけている。
これは……僕らの関係を誤解されている?
さっきまで僕らは茶髪の男に聞こえないように、顔を近づけて小声で話していた。それで付き合っているように見えたってことか?
「いや、別にそんな関係では……」
僕の否定をかき消すように、茶髪の男は勢いよくまくしたてる。
「こんな暴力女こっちから願い下げだ!体と面だけは良いと思ったのによ……。」
周りに未成年がたくさんいることに気づいていないのか、茶髪の男は止まらない。
「まあでも彼女じゃなくってそういう目的ならアリかもな。おめえも彼氏なら夜はヒイヒイ言わせて楽しんでんだろ――――」
パンッ!!!
テント中に響き渡るほど、大きな、乾いた音が響いた。
茶髪の男はびっくりしたように頬を抑えている。
抑えた手のひら越しに頬が赤くはれている。僕はそれを見下ろすように見ていた。
……掌がヒリヒリする。振り抜いた腕は攣りそうだし、肩もめちゃくちゃ痛い。
――ん?なんでこんなに痛いんだ……?
「おい、お前……何を……。」
そうか。僕がビンタしたんだ。こいつを。
茶髪の男が何かつぶやいていたが、僕にはそんなことを気にしている余裕はない。
冷静になってきたら急に怖くなっってきた。とにかくここから立ち去らなきゃ……!
「し、失礼します!行こ!」
僕は混乱したまま、何故か茶髪の男に対して謝った後、ドラニカの手を取った。そのまま人の居ない方向に向けて走り出す。
ドラニカは僕に手を引かれながら、黙って付いてきてくれていた。
――どれくらい走っただろうか。
ひたすらに人目のないところを目指したが、文化祭で人が居ないところなんて限られている。
気づけば、前回ドラニカが学校に来た時、一緒に弁当を食べた中庭まで来ていた。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
アドレナリンが切れたのか、運動不足の体が滅茶苦茶に酸素を求めている。
なんとか深呼吸して息を整える。まだ右半身が痛い。1回のビンタでどれだけ消耗してるんだ僕は……。
「でもまあ……よくやった、か……。」
あいつをこれ以上喋らせたくないと思ったら気づいたらビンタしていた。ほぼ何も覚えていないが、我ながらいいビンタだった……と思う。
「……ドラニカ?」
息が落ち着いてきたところで違和感に気づく。
「…………………………。」
付いてきてくれたドラニカがさっきから無言だ。
まさかあいつの言葉を受けてショックだったり……?
「ドラニカ、なんかその……気にすることないって。僕はそんな事思ったことないし、ドラニカと、その……一緒に居てすごい楽し――――」
「ククッ………クッ……。」
ドラニカは口を抑えている。いや、これは……ただ口を抑えてるんじゃなくて……
「あーーっはっはっは!!!!あーー面白かった!!!!ひーーー!!!」
ドラニカは急に大きな声で笑い出した。
「見たかよユーキ!あいつの顔!ぽけーってしてたぜぽけーって!あーー!我慢してたけどもう耐えられねー!!」
どうやらドラニカの様子が変だったのは、単に笑いを我慢していただけらしい。
思わず力が抜けた。
――僕はまだ緊張していたらしい。
文字通り笑い転げているドラニカを見ていたら、肩の力が抜けていくのがわかった。
「そんなに面白かった?」
「いやー傑作だった。ユーキのビンタなんて初めて見たぜ。」
僕も人生始めてビンタしたよ……。
ドラニカは笑いまくったからか、目に涙を浮かべている。
「あースッキリした!ありがとなユーキ。恩に着る。」
「ええ!?いいよ、全然……正直ビンタしたこともあんまり覚えてないし……。」
「覚えてねえのか!?もったいねえなー。アイツの叩かれた瞬間の顔、傑作だったぜ……ククッ……。」
またドラニカが笑い出しそうになっている。どれだけ面白かったんだ……。
「ふぅ……。ユーキ、本当にありがとな。」
なんとか落ち着いたドラニカが僕に改めてお礼を言った。
「アタシだけじゃ絶対喧嘩になってた。あいつもまさかユーキがビンタしてくるとは思ってなかったから、逃げ出す隙ができんたんだと思う。」
ドラニカは僕の顔をじっと見てきた。
ドラニカの碧眼と目が合う。
「ビンタした時のユーキ、ちょっとかっこよかったぜ。」
そう言ってドラニカは、笑った。
さっきまでとは違う、はにかんだような笑顔に、僕は思わず見とれてしまう。
そして見とれていたことを自覚した瞬間、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「ユーキ?」
キョトンとした顔でドラニカが僕を見てくる。
これはマズイ。照れ隠しに両手をパン!と叩く。痛い。
「なんでもない!何はともあれ無事解決!だね。」
「おう!」
ドラニカは、いつもみたいに得意げな顔で笑い返してくれた。
「じゃ、気を取り直して校舎の中を回ろ?コイミチに出てきたような出し物、探しに行きたいでしょ?」
僕がそう提案すると、ドラニカは露骨に目を輝かせた。
「おう!こうしちゃいられねえ!早く行こうぜ!!」
「ちょ!走らないで!!疲れてるから!!僕がいないと校舎の中何もわかんないでしょーー!!!」
僕は疲れた体に鞭を打って、校舎に向かってダッシュするドラニカの背中を追いかけた。
お読みいただきありがとうございます。間が空いてしまってすいません……。
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