8 僕は女騎士と文化祭に行く 前編
僕が通っている高校では9月に文化祭が行われる。
かなり凝った全体イベントがあったり、芸能人のゲストを呼んだりするなど、大学顔負けの規模で毎年行われている。
もちろん家族の多くは足を運ぶし、家族が通っていない近所の人たちもお祭り感覚でやってくる。1年の中でも1番大きな行事と言えよう。
当然僕も去年、高校1年生の時に文化祭に参加したはずだが、ほとんど記憶がない……。
確か、クラスの出し物の受付係だけやって早々に帰宅した気がする。母さんに「クラス行ってもアンタ居ないんだけど!?」というLINEを、ラブコメを買いに行った本屋で受け取った気がする……。
そんな去年の僕に、今の状況を伝えたとしてもまるで信じてもらえないだろう。
「うおーー!すげぇ!これが文化祭ってやつか!!」
「ちょちょちょ、静かに……みんな見てるから…。」
そう、僕はドラニカと並んで校門前に立っていた。
テンションが上がっているのかドラニカの声がでかい。
「あん?こんな人がいるんだ。ちょっと騒いでも大丈夫だろ?ほら行こうぜ!やりたいことは山ほどあるんだ!」
「わかったわかった…引っ張らなくてもいいから……って力つよっ!?」
ドラニカは僕の手を引いて校門へと歩き出す。
弁当を食べさせた時――以前ドラニカが学校に来た時に僕が引っ張っていたのとは真逆だ。
それに今回は前来たときとは状況が全然違った。
「あ、あの!よかったら2-3のお化け屋敷、見に来てください!」
「そこのお姉さん!こっちでカフェやってるんで寄っていきませんか!」
「焼きそば食べませんかー!来てもらったらサービスしますよ!!」
「おう!ありがとなー!」
そう、僕以外の人間から認識されない魔法を使っていないのである。
校門から校舎に向かうまでの間だけでも、呼び込みの生徒たち全員から話しかけられる勢いだ。
(すごい……みんなめちゃめちゃ話しかけてくる……。)
思わす小声でつぶやく。去年僕一人の時はここまで話しかけることはなかったと思う。
ドラニカが学外の人間なのが丸わかり、というか日本人離れした外見をしているというのが理由なんだろうけど……。それにしてもすごい。
「いやーやっぱ魔法を使わない方が落ち着くなー!自然体ってやつだ!」
そう言ってドラニカはご機嫌だったが僕としては気が気じゃない。学校、しかも人が大勢いる場所に魔法なしで足を運ぶとあって、今日のドラニカは騎士の格好をしていない。
ドラニカが動きやすい服装がいいと言って聞かなかったため、TシャツとGパンにスニーカーという休日の男子中学生といった出で立ちだ。
悲しいかな、僕よりも頭1つ高いドラニカには僕の服は合わない。
母さんが間違えて買ってきたサイズ違いの服や、なけなしのお小遣いを使って古着屋で買ったものを着てもらっている。
普段部屋で過ごしている服は……なんというか、異世界というか海外感がすごいのだ。流石に日本の文化祭だと目立ちすぎると思って身銭を切って購入したのだが……。
「何あの人……外国人?すっごいきれい……。」
「ね。うちの学校にハーフの人とかいたっけ?」
「おい!なんだあの美人!!お前今フリーだろ?ナンパしてこいって。」
「いや無理だって!あんなすっげー美人……そもそも日本語通じないんじゃね?」
「確かに……。一介の高校生にはお友達になるのすら厳しそうだぜ……。つか隣にいるやつ誰だ?」
道の端っこに固まっている呼び込みの生徒たちがヒソヒソと喋っているのが聞こえるし、すれ違う人たちがみんなこちらを注目しているのがわかる。
みんなドラニカのことをチラ見しているのだ。ドラニカ本人はあまり気にしてなさそうだが……。
ファッションよりも機能性重視のドラニカの指示に従って、僕が適当に買った服装でこの状況なんだ。もししっかりとおしゃれな服を着たら、これの比じゃない注目度だったかもしれない。
まあ僕もドラニカもあんまり服のことわからないんだけど……。
そんなことを考えながらドラニカと2人並んで慣れ親しんだ、でも普段とは違う道を歩く。
「すげえ活気だな!こっちの世界の学校は色々イベントがあっておもしれえなー。」
「文化祭は1年でこの日しかないけどね……。学校に通ってない人が校舎の中に入れるタイミングはこの日ぐらいだから良かったよ。」
「なるほど。いいタイミングだったわけだ。ま、その話を聞いたのはだいぶ前だった気がするけどな?」
「うっ……その節はごめんなさい。」
ドラニカを文化祭に連れて行くのを思いついたのは良かったが、実際に文化祭が開催されるのは1ヶ月以上後の話だった。
学校に、魔法を使わずに遊びに行ける、しかも文化祭というイベントもあるということでドラニカのテンションはすごく上がった。
ただ、話したのは7月の中旬……つまり2ヶ月ほどドラニカには待ちぼうけを食らわせてしまったのだ。
その2ヶ月の間はドラニカが安心して文化祭を楽しめるように、できるだけ魔物を討伐しまくってもらったり、コイミチの文化祭回である6巻まで一気に読んでもらったりと忙しい日々ではあったのだが。
……まあ忙しそうにしてたのはドラニカだけで、僕は魔物をおびき寄せるための寄り道が増えた程度だ。
「ま、いいってことよ!おかげで魔物の討伐もだいぶ進んだし、今日を気兼ねなく楽しめるってもんだ!」
ドラニカはもらったパンフレットを高く掲げた。
よかった。ドラニカと一緒に人が多いところに来たのは初めてだが、ドラニカは文化祭を満喫しているように見える。
そんなことを喋っていたら校舎前、模擬店が並んでいるまで到着した。
ドラニカは目をキラキラさせて模擬店たちを眺めている。
「お!なんかうまそうなものあるじゃねえか。なあユーキ。買ってもいいか?」
ドラニカが目を輝かせながらイカ焼きの屋台を見つめている。ドラニカはこちらの世界で使えるお金を持っていないため、今日のお金は僕の財布から出ている。
「いいよいいよ。今日は母さんからご飯代ももらってるし、ちょっと色も付けてもらったしね。」
あとこの2か月間、文化祭を目一杯遊ぶために貯めたお小遣いもある。2か月間もラブコメ作品を1作たりとも買わなかったのは久しぶりだ。せいぜい文化祭で使う分なら何とかなるだろう。
「こっちの世界には美味そうなもんばっかだな!ユーキ!このフランクフルトってのも食いたい!お、あっちからは甘い匂いもすんぞ……!」
――――もってくれよ、僕の財布……!
「っていうかまだ昼前だよ?そんな食べて大丈夫?」
「任せろ!むしろ動く前に燃料チャージは必須だぜ?」
買ったイカ焼きを片手にドラニカはニヤッと笑った。なんでそんな自信満々なのかわかんないけど、まあ、楽しんでもらえてそうで何よりだ。……僕の財布には頑張ってもらおう。
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ドラニカが目についた食べ物を手当たり次第に購入していったので、さすがに立ち食いというわけにはいかなくなった。
そのため僕たちは、出店が立ち並んでた場所から少し離れた飲食スペースに腰を落ち着けた。
テーブルには所狭しと屋台で買った食べ物が並んでおり、ドラニカは片っ端からそれを食べまくっている。当然僕の財布は瀕死である。
「うおおお!!うめえー!!佐藤たちもこんなの食べてたのか!そりゃ楽しいわけだな!」
アツアツのたこ焼きをほおばりながらドラニカは頷いている。確かにコイミチ6巻では佐藤と桜に菫、さらに佐藤の親友である田中、さらには他のクラスメイトを巻き込みつつ珍道中を繰り広げる。
「いやまあ、それだけじゃないと思うんだけど……。」
「?」
ドラニカは焼きそばをほおばりながら僕を見ている。
……ま、シンプルに文化祭は楽しいものなんだろう。そう自分の中で結論付けた。
そうしたらドラニカの間抜けな顔が面白くて思わず笑ってしまった。
「ん?どうしたユーキ?」
「いや……何でもないよ。」
いつもキリっとした顔なのに口いっぱいにご飯を食べてる姿が可愛かった、なんて言ったら小突かれそうだ。
――ん!?僕は一体何を考えているんだ。
僕もドラニカと来た文化祭にテンションが上がってきたのかもしれない。
そう思いながら僕は焼きそばをかきこんだ。
「ごちそうさま!」
ドラニカは手を合わせた。あれだけ並んでいた食べ物たちはほとんどがドラニカのお腹に収まった。
僕も結構食べてはいたんだけど、途中から食べ物がぐんぐんドラニカの口に収まっていくのが面白くてつい眺めてしまっていた。美人がご飯を食べているのはすごく絵になるもんだ。
「ふー食った食った。」
「さすがに満足?」
「あぁ。やっぱこっちの世界の飯はうめえなー!学校の中も楽しみだぜ。」
「そうだね。じゃあ行こうか―。コイミチで佐藤たちが回ってたのと同じ感じの出し物とかあるし。」
僕は立ち上がった。
「ごみ、捨ててくるよ。ドラニカはここにいてね。迷子になると怖いし。」
「アタシは子供か?……まあわかった。アタシは場所に詳しくねえからな。」
そう言ったドラニカを残して、僕はプラスチックの容器をまとめて、ごみ箱がまとめられたテントに向かった。
そのテントは文化祭準備で、僕含めたクラスメイトが設営したから場所は分かっている。
ごみを捨てた後、飲食スペースに戻る。
すると、さっきまでの場所にドラニカが座っているのが見えた。
だけど……座っているドラニカの近くに人が立っている。しかも熱心にドラニカに話しかけているように見えた。
「いいじゃんお姉さん。一人なんでしょ?ちょっと付き合ってよ。」
そんな言葉が僕の耳に聞こえてきた。
これはもしかしなくとも、ナンパってやつでしょうか……?